第4話 正の異変
「それで正、その犬はどこから来たのか分かるか?と言うか、母さんは?」
すると正は全く見当もつかないといった様子で首を横に軽く振った
「う~ん、私分かんないかなぁ。
あ、でもお母さん私が家に帰ってきたときは
いつものようにソファでお昼寝してたよぉ」
もう完全に妹口調になってしまっている正のことは
ひとまず頭の片隅に置くことにした。
そして正から教えられた情報を元に考えてみた。
するとすぐさまある仮説が頭をよぎった。
もしかしたら、母さんも正同様、性別が入れ替わっているのではないか。と
だが、その仮説を立証できるものはなく、俺は途方に暮れるしかなかった。
するとさっきまで正の腕に抱きしめられていた犬が、
正の手から抜け出して、俺の足にすり寄ってきたのだ。
俺はこの犬は心配してくれて近寄ってきてくれたのかもしれないという感情を抱き、
抱き上げることにした。
その瞬間、犬は俺の頬をぺろりと可愛らしく舐めてきた。
「うわっ!!くすぐったいなぁ。」
とそんな驚き方をしていると、正が勢いよくこちらに駆け寄ってきた。
「どうしたんだ?ま、さ・・・うわっ!!」
正は俺の腕から犬を奪い去るやいなや、俺のことを思い切り突き飛ばしたのだ。
これには俺も驚いてしまい、壁にぶち当てられて痛む腰を上げて、
正を怒ろうとした。
しかし、当の本人はと言うと、奪い去った犬を
自分の腕と胸の間にしっかり挟み込み、
もう逃げることはさせないと言わんばかりの態度で、犬を愛でていたのだ。
「さっきはごめんねぇ。痛かったよね?
でも、お兄ちゃんから引き離すためにはこれしかなかったの。
君のようなかわいい子犬をあんな汚い、臭い男なんかに近づけたくないもん。
男の匂いがついちゃうとか、もう最悪だからね~」と
俺にも聞こえるような声で言いながら。
(もう正のやつ完全に女の子の発想になっているぞ。これは
この年頃の女の子って確か異性のことをおもむろに意識し出すか、
避け始めるんだよなぁ。と言うか地味に傷ついた。
元が男でそれも弟だと分かってはいても、
やっぱり女の子にああいう罵言を言われると・・・)
正の急激な変化と共に俺は癒えない傷を与えられた。
しかし、落ち込んでいるばかりもいられなかった。
後数時間で兄貴が帰って来るという状況で、
弟は妹になり、母親は行方不明という未経験の事態に、
一刻も早く対応してこのことをこれから帰ってくる兄貴と父親に
正確に伝えなければならなかったことから、頭を整理することを考えた。
その頃、健一の通う大学の構内では
「はぁ、どう説明すればいいんだ?
こんな事を家族に伝えても分かってもらえるのか・・・と言うか、
そもそも俺だと言うことを理解されない可能性の方が高いよなぁ・・・。
これ。はぁ~」
そんなことを言いながら、大きなため息を吐いているのは、
銀髪ショートカットのスレンダーな美女だった。
ただそれだけならば、
ただのアニメのキャラクターのコスプレをしている女性に見られるだろう。
しかしながら、彼女はそれだけではなかった。
普通の人間であれば到底考えられないであろう頭頂部に耳が移動し、
お尻の間からは猫のような黒いしっぽが生えていたのだ。
それが彼女の愛らしさをさらに引き上げる結果にはなっているのだが、
当の本人は全く理解も納得もできないようだ。
しかしこんな姿にはなったとしても、家には帰らなければ行かず、
どう説明すればいいのかを考えていた。
耳をひくひくさせ、しっぽをなびかせながら。
「正、待て!」
俺は正を追いかけていた。
いや、正確に言えば犬を追いかけている正を追いかけているわけだが、
別にそんなことはどうでもいい。
正のやつ、女の姿になっているというのに早すぎる!!
普通は女の体になったら筋肉が脂肪に置き換わるとかで遅くなるはずなんだが、
元々の正の運動能力が変化した後にも反映されてしまっているのか、
さながら陸上選手のような走りを見せられていた。全然追いつけない・・
・
こうなってしまったのも、遡ること30分前
「ねぇ。お兄ちゃん!この子、散歩に連れて行ってくるね」
そう言って正は犬を連れて、外へと飛び出して行ってしまったのだ
俺が必死に父さんと兄貴にどう伝えればいいか
悩んでいる最中に起きたことだったため、少し出遅れてしまい、
家を出たときにはもう時既に遅しだった。
普通の散歩では考えられないようなスピードを持って
彼女たちは散歩という名の競争をしていたのだ。
もう俺の目には豆粒くらいにしか映っていなかった。
一般的な考えから行けば、何も焦ることはないだろう。
しかし、散歩しているのはさっきまで男だった女子の制服に身をつつんだ美女に、
散歩されているのは誰の犬なのかも分からない犬だ。焦らないわけがなかった。
その考えに至ってから、彼女たちを追いかけ始めたのだが、まだまだ追いつけはしない。
さらには「待て」と叫んでいるのに、楽しすぎて聞こえていないのか
全く止まる予兆は見られず、走らざるにはいられない状況になっていたのだ。