第20話 誠一の罪悪感。正の不満。謎の女
「もう・・・。お兄さん、いきなりあんなことするのはやめてよね・・・。」
さっきよりも強いジト目をした彼女に見られている誠一。
すごく居た堪れない。そんな気持ちで一杯になっていた。
自分が全面的に悪いわけではないのだが、誠一の性格が優しすぎるためなのか、はたまた正の視線があまりにも恐ろしいものへと変貌しているからだろうか。
誠一はただその怒りを受け止めることしかできなかった。
(本当にひどい目に遭った)
誠一の脳裏を掠める気持ちはまさにこれであろう。
まだ痛む頬を抑えながら、正の怒りを聞き続ける誠一。
どう考えても理不尽と言っても過言ではない状況ではありながらも、ここで口をはさんだり、批判をしたりしようものなら、火に油となる事は概ね目に見えていた。
妹やハルカなど親しい女性というものとの経験が頭の中で言っている。
女の子が怒っている時は黙っておいた方がいいのだと。
「もうほんとに・・・。反省しているようだからいいけど。女の子にいきなりあんなことしちゃ絶対にダメなんだからね!!」
下着を再度履き、ハルカから借りていたドレスに手を通しながら、念には念を押すように注意を重ねる正。
その様はいたって女性らしい様子で、ドレスにも少しばかり慣れたのか、すんなりと着ている。
誠一の目論見というか経験は正しかったようで、もうすっかり正の怒りは沈静化しつつあった。
(ほんと、最初に出会ったころとまるで別人だな。)
誠一はそんな落ち着きつつある彼女を見て、ふとそんなことを思った。
最初は男性の服を着て、汗びっしょりだった彼女からはボーイッシュな感じが微量ではあったがにじみ出ていたというのに、先ほどの情事の最中にはそんなイメージとはうって変わって、色気が溢れていた。そして今では最初に感じたイメージとはまるで逆のお嬢様然とした振る舞いになりつつある。
(女ってなんか怖いな・・・。)
まるで別々の3人の女性と触れ合ったようなそんなおかしな感覚だった。
女性というのは人によって態度が変わるというのはよくわかっていた誠一も、正のこの激しい変化の仕方には一種の恐怖さえも感じてしまい・・・
「あ、それにしても外、なんかうるさいですね」
そんな風に誠一が考えていること等、いざ知らず正は視線をドアの方向へ向けて呟く。
ドンドンドンと等間隔にせわしなく叩いてくる音。
そして老人の声が正の中で確かな”うるささ”に変わっていた。
「うるさい」という言葉を口にしてしまうほどに、その気持ちは次第に強く、そして不満へと転じられていた。
そんなにも音に敏感というわけではなかったはずなのに、どうしようもなくその音が鼓膜を揺らすたびに、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「あ、ああ、そうだね。」
そして、誠一はそんな正の感情の機微に気づいたのだろうか。
その扉の方へと歩いていく。
つい先刻、その扉をはるかにいきなり開けられてしまった時とはうって変わって、今の二人は服を着ている。
(なんだか気まずいな)
今から鍵を開けて、ハルカと兼正に事の釈明をしようと思う誠一ではあったものの、なんとも言えないこの気まずさまでは拭い去ることができずにいた。
ドアへ向かって歩を進める度に、胸の中に積もっていく、気まずさや罪悪感。
誠一にとって、あの光景はハルカに見られたくない光景に違いなかった。
そして、それはハルカにとっても同じこと。
兼正がドアをノックする度に、思考は落ち着いていた。
先ほどまでは誠一と見ず知らずの女性とのいかがわしい雰囲気に当てられて、戸惑いショックを受け、茫然とドアの前でしていた彼女。
しかし、もう今はすっかりと状況を飲み込んだのか、兼正の背後で誠一がドアを開けるその時をただ待っていた。
ただ・・・。
(気まずいわ。)
もちろん気まずさも感じていた。
今まで、何度となく誠一や兼正、他の使用人たちに止めるようにお願いを受けていたこの相手の確認や同意を得ずにドアを思い切り開けるという行為が招いてしまった結果なのだ。
おそらくは、「入るわよ」とでも声を掛けた上で、少し時間を空けて、ドアを開けてさえいれば、避けられたかもしれないこと。
これは言うなれば、自分が治そうと思えば治せたことを自身の傲慢から治さなかったことで招いてしまった事態であり、申し訳なさが胸中に募っていく。
ガチャ
鍵が開く音が聞こえる。
この時を今か今かと待ちわびていたからなのか、その音は余計に自分の鼓膜を揺らし、音が耳の中で反響していく。
(あ、開いた・・・)
その音は兼正の耳にもきっちりと届く、先ほどまでドアを叩いていた力が抜け、そのまま手は彼の側面へと動かされる。
ドアが開けられるのを今か今かと待つハルカと兼正。
逆にその向こう側にいる誠一はドアノブに手をかけるもまだ開けられずにいた
いくら女性の方から襲ってきたとはいえ、パッと見れば、主人であるハルカがいるにもかかわらず、女性を屋敷の中へ連れ込み、してしまったのだから。
当然と言えば当然のことだろうが、誠一の胸中はドアノブに力を加える度に不安に満たされていった。
開けたくはないけれど、開けなければいけないこの状況。
「はぁ・・・。」
誠一はもう一度深いため息をつくと、ドアノブに力を入れた。
その頃・・・。
「お姉さん、綺麗だね~!!なんかのコスプレイヤーさんかな?そんなやらしい恰好するなんて・・・。もしかしてエッチ狙いとか~??www」
銀髪猫耳の女性は見るからにチャラ付いた男に絡まれていた。
その視線はねっとりとその女性の胸や太もも、そして普通では絶対にありえないしっぽや耳に注がれていた。
どうせヤリモク゚であろう。
そんな事を女性も思ってしまっている。
「はぁ・・・。」
女性は深くため息を彼にわかるように着くと、面倒くさそうな視線でその顔を見る。
大学を出てからというもの、自分のことをまるでコスプレイヤーのように扱ってくる男たちに相手に彼女は辟易していた。
まあ、その外見を見て、そう思わない人間がいるわけがないわけだが・・・
「違う。」
とりあえず、彼女は先ほどの問いかけに対する否定を彼に投げかける。
そんなエッチ目的でこんな格好をしているだなどと思われるのは心外だったからだ。
「話しかけて来るな」
そして次に放ったのは拒絶の意志。
それを人でも殺しそうな眼力も込みでぶつけてやる。
「ぐっ」
その結果、男は案の定ひるんだ。
尻尾や猫耳、そしてその髪色などは人と違うが、その顔は見目麗しいと言っても遜色のないレベルの女性にそんな風な扱いをされたのであれば、それも当然の反応
「チッ」
そして追い打ちを掛けるようにこれ見よがしに舌打ちをする。
男の顔を見ると先ほどまでの威勢はどこへ行ったのか、慄いたようなそんな顔をしている。
(ふぅ~。また一人追い払えただろう。)
女はそんな男を一瞥し、もう付いてくるなよ。と言わんばかりの空気感を纏いながら、男の前から1歩また1歩と遠ざかっていく。
少し行ったところで振り返る彼女。
その視線の先には誰もいない。
道行く人は遠巻きに自分のことを見てはいるが、目線に入るや否やさっとその視界から外れていく。これが普通の反応。
こんな異質すぎる存在を普通の人は関わりたくがないのだ。
「はぁ・・・。ほんと災難という他ないな。こんな姿を母さんや正、瞬が見たらどう思うんだろうな・・・。というよりも俺だってわかってくれない可能性の方が高いよな。。。はぁ・・・・。」
女は深いため息とともに、不安を呟き、どこかへ向かって歩を進めていった…。




