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僕が行った月の話  作者: 坂本啓
往復
7/24

離陸

 相変わらずクラスで浮いた感じの一日を過ごし、家に帰る。五年生になって六時間授業のほかに委員会の当番もあり、帰りは四時半くらいになることが増えた。

 僕は図書委員会の副委員長だ。別に人望があるからじゃなく、塾にも習い事にも行ってなくて時間があるのは僕だけだったからだ。今日も、塾のために帰る人の当番を代わり、図書室を閉めてから帰ってきた。


 今夜、ウサギに会えたらどうしようか考えながら歩いていると、プップッ、と軽いクラクションの音が耳に入った。

 顔をあげると、車が正面に迫っていた。一瞬ビクッとなったけど、よく見たらお父さんだ。ウインカーをあげて駐車場に入っていく車を、僕は小走りで追いかけた。


「お父さん、おかえりなさい!」

「おう! 朋哉もおかえり! ぼーっと歩いてると危ないぞ!」

「うん、気をつける。お父さん、今日は早かったね」

 お父さんは、食品工場でライン長をしている。残業もけっこうあるみたいで、早番でもこんな時間に帰ってくるのは珍しい。

「ああ、今日は不良率も低かったし、季節品の切り替えがあったからな。朋哉はいつもこんなに遅いのか?」

「ううん、今日は図書室の当番だったから」

「そうか、帰りは気をつけるんだよ」

「はーい」

 久しぶりに、一緒に階段を昇る。うちは定住促進住宅の三階だ。僕が小学校に入る前はたしか雇用促進住宅という名前で、今でもみんな「コヨーソクシン」って呼んでる。

「ただいまー!」

「おかえりー! あら、二人一緒? 珍しーい!」

 僕がいつものように鍵を開けて声をかける。一足先にパートから帰ってきていたお母さんが、とりこんだ洗濯物を抱えたまま玄関で目を丸くしていた。




 夕飯のとき、僕は両親に聞いてみた。

「ねえ、もし月に行けたら何がしたい?」

「月に? どうして?」

 先に反応したのは、お母さんだ。

「昨夜、月に行く夢を見たんだ」

「夢かー。そうね、ウサギがいたらおモチ食べたい」

 食いしん坊なお母さんらしい答えだ。

「ウサギがいっぱいいたら、囲まれてみたいなー! 抱っこして、思う存分モフモフしたいー」

 お母さんのイメージでは、ウサギは普通の大きさらしい。僕はあの巨大ウサギがいっぱいな様子を想像して、ちょっと息苦しくなった。


「いやいや、月に行ったら『かぐや姫』だろ!」

 豚肉のしょうが焼きに夢中だったお父さんが、ようやく話に入ってきた。

「結婚を申し込んできた男たちに無理難題ふっかけて、全員振って帰ったんだぞ? どんな美人か、見てやろうってもんだろ!」

 なんだか、お父さんが振られたみたいな気合いの入り方だ。

「で、見てどうすんの?」

 おかわりのご飯を渡しながら、お母さんが半笑いで聞く。ご飯は山盛りだ。

「そりゃ、美人だったらお近づきにだな」

 今日のお父さんは、だいぶご機嫌だ。それにしても、お母さんよりお父さんの方がロマンチストだったらしい。僕もお母さんも、半分呆れながら笑った。

「お母さん、浮気だよ」

「きゃー夫が不倫してるわー」

「お母さん、どうする?」

「離婚ね! 朋哉、どうする?」

「僕はお母さんについてく」

「おいおい、ひどいな! 朋哉、一緒に月で暮らそうよー」

「いや、僕地球人なんで」

 だんだん三人ともノリノリになってきた。

「ふふふ……実はお前は月の子なのだ……」

「な、何を言ってるの……?」

「あなた……! それは朋哉が二十歳になってからって……!!」

「お母さん! ほんとなの!? 僕はいったい……」

「すまない……もう黙っていることはできない……朋哉、今こそ話そう、お前がここに来た日のことを……!」


 進藤家恒例の小芝居はさらに五分ほど続き、三人でさんざん爆笑したあと、思い出し笑いに耐えながらようやく夕飯を食べ終えた。




〈10:48 51〉

 

 パジャマに着替え、ベッドに入って電気を消し、僕は心を決めた。

 行けなかったら、夢だったと思えばいい。

 もし行けたら、聞きたいことがある。

 大きく一度深呼吸をして、目を閉じる。


「月に行く」



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