不思議な夜が明けて
目が覚めてリビングに行くと、お父さんはもう家を出るところだった。
「お父さん、おはよう。早番?」
「おお、おはよう朋哉。じゃ、行ってきまーす」
「うん、行ってらっしゃーい」
「行ってらっしゃーい、気をつけてねー」
僕の後ろで、お母さんも一緒に見送りをする。お父さんは車の鍵をいつものように右手に持ち、お弁当が入ったバッグを左肩にかけて出かけていった。
「朋哉、ちょっと早いけど朝ごはん食べちゃう?」
お母さんが冷蔵庫から卵を取り出しながら聞いてきた。今朝は何がいいかな。卵焼きか目玉焼きか、スクランブルエッグも好きだし。
「うん、食べる……あ!」
突然の気づきに、つい大きめな声が出てしまった。フライパンをコンロにかけようとしていたお母さんが、ビクッとして振り返った。
「え? 何!?」
「あ、えっと、目玉焼きがいいかな! って思いついて」
「なんだ、何かと思ったー!」
「あ、ごめんなさい」
コンロの方に向き直ったお母さんの背中を見ながら、僕は思い出していた。
「じゃあ、時間だ。またおいで、トモ」
あのウサギ、僕のことを「トモ」って呼んでた。
(僕、自己紹介してないよな? なんで分かったんだろう?)
ウサギは僕の心を読めるみたいだったけど、だったらなおさら「トモ」って呼ばれるのはあり得ない。なぜなら。
「さ、焼けたよ! 朋哉、運んで」
「はーい」
僕はいつものように、ご飯や目玉焼き、味付海苔と漬け物をテーブルに運ぶ。お母さんが味噌汁のお椀をのせたお盆を持ってくるまで、箸を並べながら目玉焼きを見つめた。僕好みに固めに焼かれた黄身の部分が、薄く雲がかかった満月のように、今朝は見えた。
「さ、朋哉、食べましょ! いただきます」
「いただきます」
……なぜなら。
僕を「トモ」って呼ぶ人は、いないんだ。
両親や親戚はみんな「朋哉」って呼ぶし、学校では「進藤」か「ポン」だ。
僕を気軽に「トモ」って呼んでくれる友達は、いないんだ。