月面着陸?
まぶた越しに感じていた光が、ふっと消えた。僕は一度大きく深呼吸して、おそるおそる目を開いた。
「やあ、ようこそ月へ!」
巨大な動物の顔が、五十センチメートルほどの距離から僕の顔をのぞきこんでいる。
「ひゃっ」
思わず変な声が出た。手探りで後ろのベッドに倒れこむつもりだった僕は、すとーん、と尻餅をついた。
「おや、大丈夫かい? 驚いちゃったかな?」
……ウサギだ。
身長百八十センチメートルはあろうかというウサギだ。
耳が長くて、目が赤くて、白い毛がフサフサで、鼻をヒクヒクさせる、あのウサギのでっかいやつだ。
「痛くなかったかい? ほら、立って。お尻が汚れちゃうよ」
言われてようやく、自分が床に座りこんでいることに気づいた。ベッドに着地できなかったのだ。
手に、ざらりとした荒い砂の感触。
……床じゃない、地面だ。
フローリングでも、カーペットでもなく、つまり、外の地面だ。
「立てるかい?」
僕は訳が分からないまま、それでもなんとか立ち上がった。お尻は、意外に痛くなかった。
「さ、しっかりして! 時間がなくなっちゃうよ!」
巨大なウサギが、僕の目の前で両手をパンパンと打った、つもりらしかった。実際には、ポフッポフッと脱力する音を出しただけだったが、その手がまさしくウサギの前足そのものだったため、僕の意識は一気にはっきりした。
「よし、目が覚めたね! あらためて、ようこそ月へ!」
「……月ぃ!?」
自分でも情けないくらいにひっくり返った声を聞きながら、僕の視線はウサギの背後や足下、空、地平線へと忙しく動く。
テレビや雑誌、教科書、資料集、図鑑、とにかくこれまでに見てきた月の画像を思い起こす。そのまま、そのものの風景が目の前にある。
ここは、たしかに月だ。
僕はパジャマ姿で、裸足で月面に立っていた。
宇宙服も着ないで、巨大なウサギと向かい合って。