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凜の選択


 一宮晃。一宮家の現当主であり、一宮凜の父親。温厚で、周りの人間からの信頼も厚い、魔力も才能も十分にある、檻人として申し分のない人物。けれど彼は、檻人としても最も重要な役目を果たせずにその人生を終えることになる。彼は、生きて次の世代に血の封印を渡せぬまま、殺されてしまうのだ。凜の死によって復讐の鬼と化した、「佳月」によって。






 私の記憶は、恐らく要所要所かけてしまっている。「前世」の記憶に比べるとサクオリの内容の記憶はある程度ハッキリ思い出せるけれど、それもあくまで、「前世の記憶と比べて」だ。私の頭の中に流れるサクオリの記憶は、まるで夢のように朧気で、少し気を抜くと忘れてしまいそうになるレベルだ。


 実際にサクオリの記憶は、思い出したその瞬間から、少しずつ忘れられているのだと思う。けれど、例え小さくても、記憶を思い出すきっかけがあると、夢の内容を思い出すようにその「きっかけ」に関する記憶が頭によみがえるのだ。



 最初私が前世で読んだサクオリの記憶を思い出した「きっかけ」は、「龍の絵」だった。だから私は、龍を中心として繰り広げられた、桜の檻の世界の概要を思い出した。そして次に私の「きっかけ」となったのが、「一宮凜を殺そうとした人物」だった。それがトリガーとなり、私は、原作において一宮凜――――つまりは「私」を殺した人物を思い出したのだ。



 その人物が、「一宮晃」。私の、父親だった。






「静かだ……」


 あの夜とは違う、明るい天井に手を伸ばす。部屋には、もう誰もいなくなっていた。水を飲ませてもらった後、私は私の体調を心配した父と母に再び眠りにつくよう促された。父はもう仕事に出かけなければならなかったようで、代わりに誰か部屋の中に人を残すつもりだったようだけれど、断った。正直、今の私はこの家の誰も信用できそうになかった。唯一できそうなのは母だったけれど、母にも母の仕事がある。いつまでも部屋に引き止めてはおけない。恐らくは部屋の外に私には内緒で誰か人は置かれているのだろうけれど、部屋の中は無人にしてもらった。一人の空間が安心するなんてこと、あまり思ったことはなかったのに、今はこの沈黙が何よりも私の心を落ち着かせた。



 今日はあの夜が明けた、次の日らしい。思っていた以上に、時間は経過していない。あの夜の事件のことは、少しだけ聞くことが出来た。父があの夜家に帰って来たのは偶然だったようだ。家に忘れ物をしたために偶然この家に帰って、異変に気づいたらしい。ただ、何か含みのある言い方だったから、私に隠していることがあるのかもしれない。正直、今は父の話はあまり信用できない。


 それから、覆面の男の話。どうやら、あの覆面の男の正体は、私に勉強を教えに来ていた家庭教師の男だったらしかった。これは、父や母が出て行った後、部屋の外から聞こえた、私が寝入ったと思ったらしいお手伝いさんたちの話からわかった。声に聞き覚えはあったけれど、いつも勉強を教えてくれていた声とはまるで違っていたので、気づかなかった。


 このことについて、母はかなり弱ってしまっているらしい。和恵さんにしても、あの家庭教師の男にしても、母が信頼して私の傍に置いた人物だった。こんな事態になったことに、深く責任を感じているのだと、彼女たちは言っていた。先ほど私と話したときは、私を心配するあまり顔を青くしていたけれど、そこに悔恨の色は見られなかった。母は気丈な人だから、ただでさえ色々と不安定な私を心配させまいとしていたのかもしれない。



 母も、そして父も、一切和恵さんのことについて触れなかった。彼女が私を狙った背景も、その後の処遇も。お手伝いさんまでもが、私の前ではまるで和恵さんは最初からいなかったかのような振る舞いだった。五歳の私にとって、身近な人間の裏切りは、きっと耐えられないだろうと思って、彼らは和恵さんのことを「無かったこと」にしているのだろうか。


 そんなこと、できるわけないのに。





 布団を頭までかぶる。明るい光が遮断されて、視界が暗くなる。息が少ししづらくなった。これから、どうしたらいいんだろう。




 「一宮凜」は、14歳の誕生日の前日、「凜」の父親の一宮晃に殺される。私の目標は、殺されず、生き延びること。けれど、それは可能なのだろうか?




 父が凜を殺した理由は、原作ではそれほど深く描かれていない。父には、幼いころからずっと想いを寄せていた相手がいて、けれど父とその彼女は結ばれることは無く、父も彼女も、違う相手とそれぞれ子どもをもうけた。父はそのことで彼女に対して何か負い目があるようで、彼女の子どもを檻人にするために、私を殺す、というのが、原作で語られていた理由だった。


 しかし、正直私が見てきた父がそんなことを考えているようにはとても思えない。そもそも、そのような理由で私を殺すということは、父はそれだけ激しい恋情を今もまだ母ではない相手に持っているということになる。父を見ていて、そんな素振りは少しも見えない。そんな、望まない結婚をした夫婦には見えないほどには、二人は仲がいいように思える。


 ただ、今の私は、自分自身でさえ、信じられそうになかった。父が私を殺す理由として、今わかっていることだけでは十分な理由にはならないことはわかっている。しかし、原作では確かに私は父に殺されるのだ。たとえそれがどれだけありえないことであろうとも、そこに私の主観は全く影響されない。

私の感じたことよりも、この世界が辿る「原作のストーリー」の方が信じられるのは当然だ。


 一宮凜は、父である一宮晃に殺される。それが、この世界(ものがたり)の理だ。




「死にたくない、な」



 暗闇に包まれたまま、つぶやく。

 それは、きっと限りなく不可能に近い願いだ。まず、私には14歳になるまで生きられる保証がない。原作の凜は運よく生き延びたけれど、凜ではない私が、彼女のように上手く生き延びられる自信はない。そして、生き延びられたとしても、最後には父に殺されるという絶対の運命が待ち受けている。

 この世界は、恐らく「凜」が生きるようには作られていないのだ。私はそのことを、この事件で痛感した。四方に貼り付けられた死の運命から、逃れられる場所なんて、ない。





――――「それならば、あなたに与えられた選択肢は二つですね」


 ふと、和恵さんの言葉が、頭の中に浮かんだ。



「……せんたくしなんて、あるわけない」


 だって、ここは既に決められている世界なのだ。


 布団の中にずっといて、息が苦しくなってきたけれど、外に顔を出したくなかった。布団をぎゅっと握って、必死で声をかみ殺す。泣いていることを、誰にも知られたくなかった。


 知られるわけには、いかなかった。







 この日、私は一つだけ、大きな決断をした。



 一宮凜(わたし)は、いつ死んでもおかしくない。生き延びられる可能性は、ほぼない。

 だから、決めた。それは、恐らく今の私が出来る最善の決定。(わたし)の、最善策。



 ――――「凜」を「佳月」と出会わせない



 これが正しい選択であることを願う。私がこの世界(ものがたり)にできることなんて、それぐらいしか思いつかないから。


たくさんのブックマークありがとうございます。

のんびり進んでいて申し訳ないです。

ここで気持ち的には序章が終わった感じです。

凜の根本的な性格が、ここで形成されました。

次はいよいよ「佳月」の話です。

今後もお暇なときにお読みいただけると幸いです

*はなこ

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