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私が死んだら従者が世界を滅ぼそうとするそうです。  作者: はなこ
高校生編―向かい合わない二人―
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そして始まる物語

二話連続投稿です②






新たな気持ちで私は、佳月たちとともに、入学式が行われる中央講堂へと移動した。

入学式はクラスごとに座ることになっているので、入学式が行われる講堂について佳月とはそこで別れる。

講堂内は、早い時間だったためかはじめは人もまばらだったが、時間に比例して次第に数が増え始めていた。

持ち上がり組が多いからか、ほとんどは見覚えのある顔だけれど、時折見かける、物珍しそうな顔できょろきょろしている見慣れない生徒は、高等部からの生徒だろうか。




「これより、月ヶ丘学園高等部入学式を開会します」


定刻になり、ようやく入学式が始まった。

小・中・高一貫校だから、入学式と言ってもそこまで物珍しいものではない。

ただ、新入生や上級生の座る座席に目を走らせれば、原作で登場していた人たちが目に入って、ちょっとそわそわする。

彼らとかかわることにも、私は何も後ろ暗いことはないんだなあ。

そう思えることが、純粋に嬉しかった。


「確か椿は、代表挨拶するんだったよな」


ぼんやりと人の様子を観察していれば、隣に座っていた環くんが思い出したようにそう言った。

椿くんの代表挨拶?

環くんの言葉に私は目を瞬かせた。


「なんだその顔。まさか知らなかったとかないよな?」


あきれたような顔でそう言われて、私はようやく何のことか思い当たる。

色々あって忘れていたけれど、そうだ。


今日まだ会っていない椿くんは、この入学式での所謂新入生代表挨拶をすることになっていた。

椿くんは中等部での成績も抜群によかったみたいだし、性格も品行方正で先生方からの評判もいい。代表挨拶に選ばれたと、ほんの数週間前に、椿くん本人から教えてもらったのだった。


原作では代表挨拶は違う人が行っていたのだけれど、今の椿くんには目立ってはいけない理由もないんだし、成績や評判、家柄的にも彼がやるのが妥当なのだろう。

ついつい気分が浮かれてぼうっとしてしまっていたけれど――――そうか。椿くんの挨拶は楽しみだなあ。



「続いて、高等部生徒会代表、生徒会長による挨拶」


そんなことを考えている内に、式は進行し、壇上に新たな人が立った。

アナウンスとともに壇上に上がったその人の姿に、講堂内が少しざわつく。


「うはー相変わらず美人だな伊織さん」


隣に座る環くんがどこか感心したようにそう言った。

翡翠色の瞳を携えて、ポニーテールにされた絹のような美しい黒髪を揺らしながら、きっちりと制服を着こなしたその人は、環くんが言う通りどこからどう見ても完全無欠な美女だ。


彼女、この高等部の生徒会長である菖蒲(あやめ)伊織(いおり)さん。

彼女はこの高等部での生徒会会長であり、そして、檻人の一人だった。そして、檻人ということで、もちろん原作にも登場していた一人である。


環くんは面識があるらしいが私はまだ直接話したことはない。

中等部でも生徒会をやっていたからこうして壇上などで顔を見る機会はあったけれど、彼女については非常に優秀な生徒であるという噂と、原作での知識しか持っていない。

環くんが言うには「悪い人ではない」らしいけれど。

同じ檻人として、またそのうち彼女と関わる時があるのだろうか。



「続いて、新入生代表挨拶」


「お、椿の出番だ」


伊織さんの挨拶が終わり、入れ替わりで今度は椿くんが壇上に上がる。伊織さんが壇上に上がった時と同様に周りがざわつき始めるが、伊織さんのときよりも女子生徒の声が明らかに多いのがわかった。


「あいつの人気も初等部から根強いなあ」

「本当にね」


環くんの言葉に同意してしまう。

椿くんも佳月同様ここ数年で随分と背が伸び、精悍な顔立ちになった。

背筋をピンと伸ばし、流麗に淀みなく挨拶を述べる椿くんは、やっぱりかっこいい。

隣に座る女の子も、何だかうっとりと聞きほれている様子だし。


壇上にいるその人は、とても見知った人なのになんだか全く知らない人のようにも思えた。

高等部に上がっても椿くんの人気は変わらないんだろうなあ。

そんなことを考えながらぼけっと椿くんの姿を見ていれば、挨拶を終えた椿くんがその場で一礼する。

そして頭を挙げたところで、ばちっと目があった。


「あ」


今、一瞬だったけれど、何か笑われたような気がする。

「笑った」のではなく「笑われた」という感じだったから、私はまた何か変な顔でもしていたんだろうか。

思わず自分の顔をぺちぺちと触っていれば、環くんに不審者を見るような目つきで見られた。悲しくなった。






「椿くんかっこよかったね」


滞りなく入学式が終わり、途中で一緒になった佳月とも一緒に一年生の教室へ向かう。


「はい。優等生を絵にかいたような、素晴らしい挨拶でしたね」

「お前表情と声のトーン一致させろよ」


椿くんの話題を挙げれば、佳月は柔らかく微笑んで同意をしてくれるが、話し方は棒読みだ。

環くんの突っ込みに佳月は「え?」と笑ってすっとぼけているけれど、相変わらず二人の仲はよくないようだ。

いや、話している様子を見る限り、悪いわけではないと思うんだけど……。


「同じクラスなんだから、その、あんまり喧嘩しちゃだめだよ?」

「はい。心得ております」


一応、念のため釘をさしておくけれど、前科があるだけにちょっと信用できない。

佳月は相変わらず二心なんてないような完璧な笑顔を見せてくれるけれど。




三人で並んで歩きながら、昇降口へとようやくたどり着いた。

昇降口の近くには一本の大きな桜の木が植えられていて、満開の花を咲かせている。

ここに来るまでにいたるところに桜の木は植えられていたけれど、ここに生えている桜の木が一番美しいように感じた。



「綺麗ですね」


佳月が桜の木を仰ぎ見ながら、穏やかな口調でそう言った。

なんてことない台詞だったけれど、私はなんだか胸がじんとする。



原作「桜の檻」に出て来る佳月はいつも悲しそうに笑う人だった。

世界を滅ぼそうと、色々なものを敵に回した時も、主人公と対峙した時も、いつも顔に笑みは浮かんでいたけれど、ひどく悲しそうだった。

色々な人を傷つけながらも、誰よりも1番傷ついている顔をしていたのが、佳月だったのだ。


その佳月が今、こうして、優しく笑っている姿が見れることが私はとても嬉しい。

ただ桜の花がきれいだと、笑ってくれるのが嬉しかった。



「一宮凜」は14歳で死ぬ運命を乗り越え、高校生となり、そして主人公が入学しないことで物語も始まらない――――

私はもう、ただの凜として、普通に生きていくことができる。

そして佳月もまた、ただの一人の男の子として、生きていくことができるのだ。

原作なんて関係なく、私たちは一緒に生きていける。

それはとても素敵なことで――――







「――――ねえ、そこのあなた」


その時、見上げていた巨大な桜の木を揺らすような強い風が吹いた。

さわさわと音を鳴らしながら揺れた木々からは、ほろほろと桜の花びらが零れ落ちて、宙を舞うように地面へと降りていく。


風に乗って聞こえたそのはきはきとした声に、私は振り返った。


「これ、落としたわよ?」


そこに立っていたのは、一人の少女だった。

腰にまで届きそうなほどに長く、柔らかな黒髪が、春の風にたなびいて揺れる。

日に照らされて輝く意思の強そうな瞳が、私をとらえた。


その瞳の色は、そう。

深海を映したような、青い、青い、瞳。



「………え?」



桜の下、ハンカチを片手に持ってたたずむその少女は、私をみて微笑む。

その人を私は初めて見るはずなのに――――私は、彼女の名を知っていた。


「……うん? どうかしたかしら?」


彼女は固まる私に怪訝そうな表情を浮かべるけれど、私は何の反応も返せない。

ただ、はくはくと、壊れた人形のように口を開閉する。


「–––」


ぽろり、と無意識にこぼれたその「名前」は、驚くほどに小さくかすれていた。

けれどそれを拾い上げた少女は、意外そうに眼を見開いた後で、にかっと明るい笑みをのぞかせる。


「あら、私の名前を知っているのね」


その返答に、私はぶわりと鳥肌がたった。

「私の名前」と彼女が言ったそれを、考えて、咀嚼して、ようやく理解する。



私は彼女を知っていた。彼女の名前を知っていた。



長い黒髪、強い輝きを放つ青い瞳。

気の強そうな、ガキ大将のようなその笑みを、知らないわけがない。



その物語の中で、彼女は、世界を滅ぼすほどに、少年にとって大きな存在だった。

なのに彼女は、14歳の誕生日前日に、死んでしまった。


彼女の名前は、そう。





「……凜?」



そこには――――私の目の前には、凜が立っていた。

正真正銘、まぎれもない。原作で何度も姿を見た――――一宮凜が。




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