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暁 前編

二話連続投稿です①



それから間も無くして、次代の檻人に私、一宮凛が選ばれることになった。継承式の日取りは、私が14歳の誕生日を迎える日。

継承者候補二位の冴がいなくなったことや、私の安全を慮った父による働きかけのせいかもしれないが、私にとってそれはいささか性急な決定のようにも思えたけれど、「凛」が檻人になるということはある意味で決定事項でもあった。



そして時は流れて。



――――春の季節を迎えたこの世界は、暖かな気候とともに次々と春の花が開花し始めた。

私は明日、14歳の誕生日を迎えることになる。



継承式を前日に控え、屋敷内はあわただしかった。

私の準備も必要だけれど、今代の檻人である父の用意も必要で、屋敷のお手伝いさん達はバタバタと廊下を駆け回っている。


「そろそろ時間ですね」


私はと言えば、ここまでくればもう特にすることもなく、朝から母に着せられた装束のせいで特に動く気もわかず、部屋で佳月とのんびり過ごしていた。

佳月に言われて部屋にかけられた時計を見れば、そろそろ私の出発する時間を告げている。


継承式は「龍の祠」と呼ばれる場所で執り行われるのだが、檻人に選ばれた者は、継承式が行われる前の晩、その龍の祠の近くに建てられた社で一晩過ごすことになっていた。

それには穢れを払うためだとか、龍と対話をするだとか、色々な意味があるらしいけれど、父曰く「ただただ暇を持て余すだけ」とのこと。

一日でも何もない空間に閉じ込められるというのは苦痛そうなのに、大昔は一ヶ月も外界との接触を避け篭っていたと聞く。何代か前の檻人で、その慣例が「苦痛すぎる」と物申した人がいたらしく、その後様々な話し合いの結果徐々に短縮され、現代では一晩だけとなったそうだ。

元引きこもりの私でも、一ヶ月何をするでもなく1人で閉じ込められるのは勘弁したいので、歴代の檻人たちの奮闘に感謝したい。


私は母の用意してくれていた装束に身を包んでいた。白い衣に山藍で模様を染められたその装束は、社で過ごす際に着る伝統的な服なのだという。和服には慣れたし、嫌いではないけれど、やはり重たいし、歩きにくい。

佳月に手を引かれて玄関へと迎えば、そこには父と母、そして私を迎えに来た一宮の人間が待ち構えていた。


「次に会うのは継承の儀の時だね。お前の晴れ姿を楽しみにしているよ」


待っていた父が、穏やかな笑みを浮かべてそう言った。


「ええ。私が腕によりをかけて飾り立てちゃうわ」


隣に立つ母も、どこか楽し気にそう言って笑う。

継承の儀で着る服関しては、やけに母が張り切って準備をしていたのだけれど、母には悪いが私は気が重たくて仕方がない。

今の衣装も結構つらいのに、更に明日には重たい衣装を着せられると思うと憂鬱でしかないのである。

まあ、母と父と、佳月まで楽しそうなので何も言わないで置くけれど。

儀式のときだけ、儀式のときだけ、と今のうちから自らに念じておく。


「凛さま、まいりましょう」


恐らく祭事に関わる人だろう、白い装束を来た男の人が、抑揚のない声で私を促した。

龍の祠と社のある場所は、ここから少し離れた場所、一宮の敷地の中央にある。

ここからは車で移動するのだそうだ。

白い装束の男の人に、私は一つうなずいて返答してから、一度振り返って屋敷と、父と母、そして佳月を見据えた。

みんなから柔らかな表情を向けられて、私の強張っていた心が少し解けていくような気がした。


「行っておいで。凜。また明日」


父の声に、私は一度だけ言葉に詰まって、けれどすぐに笑ってうなずいた。

また明日。うん、大丈夫だ。私はまたここに帰ってくる。


「————行ってきます」


屋敷に背を向け、白装束の男の人に先導され歩き出す。



私の14歳の誕生日が――――「一宮凛」が死ぬはずの時が、刻一刻と迫っていた。








一宮凛は、14歳の誕生日の前日に死ぬ。

それは何度も何度も頭に刻んだ、原作で描かれた「凛」の運命。






社は木々に囲まれる中ひっそりとたたずんでいた。

社と、ここからは見えないが龍の祠の周囲は結界が貼られているらしく、祭事の人もついてはこれないらしい。

迷うことなく社にたどり着いて中に入ると、中は狭く、本当に寝るぐらいしかできないような空間だった。


周辺には誰一人として立ち入れないということだけあって、社の中は異様なほどに静かだ。

ごろん、と社の中で寝転がってみる。

目に移りこむ天井の木目をぼんやり眺めた。



とうとうこの日がやってきた。

そっと胸元に手を当ててみれば、心臓はどきどきと早鐘を打っていた。


この日に備えて色々やってきた。

体を鍛えたりだとか、魔法もちょっと頑張ったりした。

それで犯人を迎え撃てるかどうかはわからないが、でもそれしかできることがなかったのも事実で。

逆に言えば、私にできるのはそれぐらいだった。


あれからずっと、誰が私を殺すのかを考えてきた。

同じ継承者候補の家の人間の可能性は高い。それ以外の人間でも思いつく人間がいないこともない。

自分なりに調べたり、父にそれとなく聞いてみたりもした。

それでも、「父ではない」とわかってから、それ以外の人間を考えるとなると、いまいち誰もぴんと来なかったのだ。


何より、どうして原作が変わったのかもわからない。

私にとってその変化は良いものだけれど、この世界は、「桜の檻」の世界ではないのか。

まあ、それを言い出したら実のところ、これまでにも色々おかしな点はあるのだけれど。

例えば佳月や椿くんと出会う時期が早かったことや、私の容姿のことだとか。


それに、こうして結界が貼られた社の中にいて、本当に「凛」は殺せるのだろうか、という疑問もある。

ここへは許可された人間しか入れないらしいし、反対に私から結界の外へ出ることもできないほど、この結界は頑丈だ。

となれば、許可された人間が犯人?

けれど、祭事の人間はあくまで中立だから、私を殺すメリットなんかないと思う。


もしかしたら、死なないんじゃないのか。


そう、ほのかな希望だって胸に宿る。

私というイレギュラーな存在がいることで、原作がいい方向にねじ曲がった可能性だってあるのだから。

だけれど、どうしても私には「凛」が死ぬという運命が覆る瞬間を想像できないでいた。





夜になった。

本当に何もすることがなく、何か起きるということもなく、父の言う通りただただ暇を持て余すだけの時間をだらだらと過ごしていた私は、その場にのっそりと起き上がった。

小さな小窓から外を見てみれば、もう辺りは暗い。

時計がないのでわからないのだが、暗くなってからもう随分時間がたっている感覚があるので、もしかしたらすでに夜中の可能性もある。


「凛っていつ殺されたんだっけ……」


記憶をさかのぼってみる。もちろん漫画の話だから、正確な時間までは書いていなかった。

というか、14歳の誕生日の前日って、いつまでが前日に含まれるんだろう。

0時を過ぎるまで?

それとも朝日が昇るまでだろうか。

どちらにしたって、私が「次の日」を判断できるのは後者の場合のみだけれど。


私はぐーっと伸びをしながらその場で立ち上がった。

色々考えすぎて、頭が混乱してきていた。

少し辺りを散歩しよう、と社の扉を開ける。

確か、この社と祠のある辺りは一面に結界が貼られていて、誰も入ってこれないようになっていると聞く。

ということは、この社に居ようがその辺りを歩こうが、安全さに変わりはないし、祭事の人も結界からでなければ大丈夫だと言っていたし。

私は気分転換もかねて、社から外へと出たのだった。




夜の森はしん、と静まり返っていて、なんだか物寂しい。

動物の声も、気配も何もないことが、少し不気味でもあった。


それでも、歩いているのは随分リフレッシュになった。

空気は綺麗だし、夜の風も心地いい。


私は夜の森を歩きながら、ぼんやりとこれまでにあったことを思い出していた。

佳月のこと、椿くんのこと。冴や、澪さんのこと。父のこと。母のこと。

今ではどうしてあんなに父に怯えていたのか不思議だし、最初は「かかわらない」と決めていた佳月と椿くんの存在も、今では二人とも私にとってかけがえのない存在になっている。

縁とは不思議だと思う。

これが「凛」の運命なのかどうなのか、私にはわからないけれど、ただ一つ言えるのは、今日という日を乗り越えられたら、私の運命は確実に変わるということ。


まあ、何事もなく夜が明けたらの話なんだけど。

と、そこで私は不意に空を見上げた。


「……月が」


何気なく空を見上げれば、やけに明るい大きな満月が、空に輝いていた。

じっとりと空に存在感を示すその時は、そこにあるだけなのに、存在感が異様にある。


いつだって、何かがあるとき、月は異様なほど輝いて私を照らしていた。

だからか、こういう明るい月は、苦手だった。

せっかくの穏やかな気分が、一気に台無しになったような気分だった。

もう社に戻った方がいいかもしれない。

何もないとわかっていても、こういう月を見るとどうにも嫌な予感がぬぐえなくて、私はそこで踵を返す。

けれどその直後、私は息をのんでその場に固まった。


「あれ、ここ、は……」


どうして今まで気づかなかったのか。

振り返った私の目の前には、鳥居に囲まれた小さな祠がたたずんでいた。

祠の扉には、精巧な龍の衣装が施されていて、月明かりに照らされたそれがぼうっと浮かび上がる。

ああ、ここが龍の祠だ。見たことはなかったけれど、すぐにわかった。

今まで全然気づかなかったのに、目にしたらその存在感に目を離すことができない。


祠をただ茫然と眺めていれば、不意につきりと後頭部が痛んだ。

頭を押さえてその場にしゃがみこめば、不意に脳裏に鮮烈なイメージが沸き起こる。

久しぶりの感覚だ。

そうだ、これは、原作を思い出すときの――――


瞬間、一つの光景が脳裏に浮かび上がった。


やけに明るい月の下、一人の女の子が血だまりのなかで倒れ伏している。

小さな短剣が胸を貫き、少女はその場でぴくりとも動かない。

倒れこむその少女の顔は――――

ああ、そうだ。


凛は確か――――このやけに明るい月の夜、この場所で、死んだんだ。





「————凛さま?」


突如耳に入り込んだ声に、私は大げさなほど体をびくつかせた。

慌てて辺りを見渡すが、人影はない。

当たり前だ。だってここに人がいるはずがない。ここは結界のなかなのだ。

でも、だったら、今聞こえた声は一体――――



「ここですよ、凛さま」


声に先導されるように視線を向ければ、祠の置かれてあるすぐわきの茂みの方で、微笑みを携えた佳月が立っていた。






「か……」


佳月!?

あまりのことに何も言うことができずその場で固まっていれば、佳月はがさがさと茂みをかき分けてこちらに近づいてくる。


「うーん……このあたりが限界か……」


そして私からほんの少し距離を開けたところで立ち止まった。



「か、かかかかか、かげ、なん、え? ここ、結界……」

「すみません。驚かせてしまって。でもまさか凛様がいるとは俺も思っていなくて」


驚きを隠せない私に佳月は苦笑する。


「あの、こ、ここ、結界張ってあるよね? なんで佳月がここにいるの?」


何が何だかわからないけれど、とりあえず驚きを飲み込んでそう尋ねる。

祭事の人が言っていた。ここはそうとう強力な結界が張ってあると。

破れるわけがないと思うし、第一破ったら破ったでまずいと思う。


「大丈夫ですよ。あなたが危惧されているようなことはありません。

ただ、ちょうどこのあたりが結界の境界線なんですよ」


私を安心させるように、佳月は言った。


「きょ、境界線?」

「ええ。この結界は相当高度なものですが、その分範囲が狭い。だからたぶん、あなたが寝泊まりをする社を中心に、ちょうどいま、俺が立っている辺りまで結界は張られている」


「だからほら、ここから先俺は進めない」と、コツンっと、見えない壁を叩く佳月に、私は開いた口が塞がらない。

危惧していたことは何もなかったとはいえ、色々突っ込みたいことがありすぎる。

でもとりあえずは。


「ど、どうしてここへ……?」


結界うんぬんの話は私にはよくわからないから、佳月に害がないならなんでもいい。

それよりも、どうしてこんな夜に、こんな場所へ来たのかが知りたかった。

私の問いかけに、佳月は少し困ったように微笑みを浮かべて黙り込んだ。

その反応に私が首を傾げれば、佳月は少し恥ずかしそうに口を開く。


「その、大丈夫だとは思ったのですが、少し心配になってしまって」

「……心配?」

「ええ。ここへ行かれる前、あなたがなんだか――――少し心細そうに思えて」


心配。その言葉に私は目を瞬かせる。



「来たところで、俺は結界の中に入れないし、どうにもできないと思ったんですが、何だか寝付けなくて。それで、少しでもあなたの近くに行けないかな、とここまで来たんですが」


「まさか本当にあなたがいるなんて」と佳月はまたどことなく困ったように笑った。



心配して、来てくれたんだ。

私はぼんやり佳月を見ながら、いつのまにか先ほどまで胸中にあった不安がなくなっていることに気付いた。

不思議だ。さっきまで怖くてたまらなかったはずなのに、どうして佳月と会っただけでこんなに安心したんだろう。

近くへ行きたくて、無意識に佳月へ歩み寄ろうとするが、その前に佳月に制止された。


「これ以上はあなたも行けません。明日の朝を迎えるまでは、許可なきものが侵入できないのと同様、あなたもそう簡単には外へ出られないはずです」


そう言われて、試しに手を伸ばしてみるが、確かに何もないはずの場所に固い壁のようなものがあって、先へ行けそうになかった。


「そんなことよりも、どうしてここへ?

いくら安全とはいえ、あまり結界の境界近くへは近づかない方がいい」


心配するようにそう言われて、私は素直に謝る。

なんだか寝付けなくて、散歩をしていただけのつもりだったんだけど、まさか境界近くにまで来ているとは思っていなかったのだ。

それに、こんなところに来るつもりも毛頭なかった。


こんな――――原作で凜が殺された現場になんて。


先ほど思い出した情景が再び思い起こされて、私は思わず身震いした。

知らなかったとはいえ、ふらりと足を向けた先がここだったなんて不吉にもほどがあるだろう。

容姿は多少違うとはいえ、自分が殺されているところを見るのは気分が悪いものだし。


「……やはり、少し顔色が悪いですね」


私の様子を見て、体調が悪いと思ったらしい佳月が眉を下げてそう言った。


「明日の朝は早いですし、もう社へ戻られた方がいいと思います」

「あ……う、うん」


佳月にそう言われ、確かにその通りだとうなずく。

この場所は確かに不吉だし、社にいる方がまだ安心できると思う。

けれど……。


私は俯く。


けれどどうにも、離れがたいのも確かだった。

それはきっと、佳月がここにいるからで。

黙ったまま俯いていれば、佳月はそんな私を見て少し逡巡するように黙り込む。

そして、徐にその場に座り込んだ。


「……え? 佳月?」


突然の行動に目を瞬かせれば、佳月は隣を指さす。


「言ったでしょう。俺はあなたを心配してきたんだって。

あなたがそんな顔をしているなら、俺はやっぱり帰れません。だから」


少しお話しませんか。

そう言って笑った佳月に、私は断る言葉を持たなかった。




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