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大事な人

二話連続投稿です②




それから父と色々な話をした。

澪さんの事や、今回の事件の詳しい顛末。

冴は養育環境が色々と問題だったためにしばらくは入院するそうだが、今はもう精神的には落ち着いているらしい。退院後は一宮の中の信頼できる家が引き取るそうで、しばらくは難しいがそのうち会うことも可能だと教えてくれた。

また、父の今までの仕事についても教えてくれた。屋敷でも言っていたが、父は当主の仕事の傍らで、あの日、和恵さんに殺されかけた日から水面下でずっと動き続けていたらしい。

それだけ父にとってあの日の出来事は衝撃的なもであり、自らの油断を痛感させられた瞬間だったそうだ。

おまけにその日を境に私の態度があからさまに変化したことも、父はそれなりに堪えていたようで、酷く申し訳ない気持ちになった。

その場ですぐに謝ったけれど、いずれ何か、ちゃんとした形で父にこれまでのことへの謝罪や感謝を表せたらいいと思う。

恐らくすべてをありのまま話されたわけではないのだろうが、それでも父は真摯に私と向き合ってくれた。





父への不信感は完全に晴れた。

父は私の味方でいてくれる。

だがそうであるのなら、一つの疑問が浮かび上がるのも事実だった。


ならば、一体誰が「凛」を殺したのか。


原作とこの世界では多少異なることがあるのはわかっている。

けれど、「凛」が殺されたという大きな事実までねじ曲がっているとは考えにくい。

そして、殺されるとしたら、犯人は「父」であるはずだった。

その父がシロであるとすれば、では一体誰が、何のために「凛」を殺したのだろう。


一つの疑問は解決したが、また新たな疑問が浮上する。

しかし、疑心暗鬼になっても仕方がないということはもう嫌というほど理解していた。

私の立場的に、疑おうと思えば誰だって疑えてしまう。

けれどそういう生き方はもうやめると決めたのだ。

私は誰かを疑うのではなく、誰かを信じる生き方をしてみたい。




「凛さま、如月椿さまがお見えになっています」


障子の向こうから佳月の声が聞こえた。

あの日、父と話をしてからまた数日の時が過ぎていた。

私はまだ完全復活とはいかないまでも、もう起き上がったり近くの庭を歩いたりする許可はもらえるレベルにはなっていた。


「うん、今行くね」


そして今日は、椿くんが見舞いに来てくれる日だった。

バタバタしていて全然顔を合わせることができず、交流はあの置手紙以来だった。


『約束は違えない』。


私は約束を果たせたと思う。ならば、彼はどうだったんだろう。

ドキドキしながら、私は椿くんの通された客間へと足を向けた。




「久しぶりだな。相変わらず幸薄そうな顔をしている」


部屋ですでに座って待っていた椿くんは、あまり気落ちした雰囲気ではなく、そのことにまず安堵した。

しょっぱなから中々失礼なことを言われたが、気にせず彼の正面に腰を下ろす。


「久しぶりだね。その後、体は大丈夫?」

「ああ、問題はない。俺よりもむしろお前の方が重症と聞いたが」

「あーうん。まあ……でも大丈夫。もう歩き回れるし、そろそろ学校にも行けそうだよ」


そう答えれば、胡乱気な表情で、「普段から魔力を扱えていないからそうなるんだ」と、いつもと変わらない厳しい声色で告げられる。

相変わらずだなあと笑ってしまえば、「笑い事ではない」とさらに叱られてしまった。

それでも、以前よりも私に向けるトゲがなくなった、ような気もする。

彼の叱責が、純粋に私を心配してくれているからだと感じられるからだろうか。

普通に会話も続くし、話していてすごく楽しい。

こういうのが友達っていうのかな、とちょっとむずむずした気持ちになった。



今日は天気も良いことから開けられた、廊下を隔てた窓からは、涼しい風が入ってきている。

穏やかな空気に落とすように、唐突に椿くんはつぶやいた。


「————父と、話をした」


椿くんは私に視線を合わせぬまま、恐らく佳月が用意したであろうお茶うけに視線を落としたままそう言った。


「うん」


私がただ一つうなずいて見せれば、椿くんは数秒黙ったのち、ぽつりぽつりと話を始める。


「色々な話を聞いたから、自分でもまだうまく整理できていないんだ。ただ、父上はちゃんと俺と向き合って話をしてくれたし、俺もそれに応えて、ちゃんと受け止めたいと思っている」


そして、椿くんは顔を上げ私をまっすぐ見据えた。


「話を――――聞いてくれるか」


私が首肯すれば、彼は落ち着いた口調で、私に真実を教えてくれた。





「お前も少しは、知っているのかな。

俺の母は、檻人だったんだが、俺を生んでから体が弱ってしまっていて、檻人の役目を続けられなくなっていた。

誰に継承するか一族はもめたが、結果として母は、今だ檻人を告げる年齢ではない俺に檻人の役目を託した」


身じろぎもせず、ただ黙って椿くんの話を聞く。

知っている知識だけれど、本当の意味では知らない話を、ちゃんと椿くんの口からききたかった。


「それは一族の総意ではなくて、母の独断だった。一族の非難は大きかったよ。権力に目がくらんだ、なんて噂もよく耳にしたし、俺も『そうかもしれない』なんて思っていた。母を信じるには、俺には檻人の役目は大きかったから」


そう話して、椿くんは微かに痛みを堪えるような顔をした。

あの、澪さんのかけた魔法の中で見た椿くんの姿を思い出す。

一族に誹られて、父親も母親も信じられなくて、それでも一人檻人として立っていた椿くんは、どんなにつらかったんだろう。

けれど、言葉を詰まらせることなく椿くんは話をつづけた。


「俺は檻人になどなりたくなかった。だから、自らのために俺に檻人を継がせた父と母を、俺はずっと信じられなくて、嫌いだった。だからずっと向き合うことから逃げていたんだ。信じない方が、俺には楽だったから。まあ、その結果があの体たらくなんだが」


自嘲するようにそういう椿くんについ口を開きかければ、その前に「いいんだ」と制止される。


「一宮澪の魔法に嵌ったのは俺の心の弱さが原因だ。それは事実だ。

だが、それではいけないと、そこで気付かされたのも事実だ。

だから。だからちゃんと、父上と話した。母上のことを、父上自身のことを、知りたくて、聞いたんだ」


真っすぐな目で私を見据えた椿くんは、しばし沈黙を落としてから言った。


「————『母も私も、お前を誰より愛している』。父が言ったそれが、すべての答えだったよ」


それは、その時のことを思い出しているように、穏やかな口調だった。



「実に簡単な答えだ。けれどそれが、たぶんずっと俺が望んでいた言葉だった。

本当は気付いていたんだ。母上が俺のために檻人の役目を与えたのだということを。もしあの場で母が死んで、俺が檻人になれていなかったら、後ろ盾を失った俺は次代の檻人最有力候補として真っ先に狙われる羽目になっていただろう。母は俺を守るために――――檻人の役目をくれたんだ。

でもそれを信じるには、色々足りないものが多くて

その言葉を聞いてようやく、その事実を認めることができた」


「……うん」


そこで初めて相槌を打てば、椿くんはふっと笑う。


「周りの継承者候補からしたら、勝手な話だ。俺もそう思うよ。子どものためとはいえ、母上がした行いが、正しいとはいえないと思う。

でも、それでも俺は嬉しくて……嬉しかったから、だから」


そしてどこか晴れ晴れとした顔で私に告げた。


「母の選択が認めてもらえるように、誰よりも強く優秀な檻人になると決めた。誰にも文句を言われないぐらいに、完璧な檻人になってやる。檻人であることを、誇りだと思いたいから」


その表情のまま、すがすがしくそう言い切った椿くんに、私は鼻の奥がツーンとなるのを感じた。


「うん……うん。そうだね」

「ばーか。なんでお前が泣いているんだ。相変わらずの泣き虫だな」


自分でもよくわからない。気持ちは色々複雑で、ただ彼がちゃんと自分の過去と向き合って、歩き始めたことは、すごく尊いことで。

私が泣いているのに気付いた椿くんはからかうように笑うと、立ち上がりこちらに歩み寄って優しく涙をぬぐわれる。

普段の私への扱いは雑なのに、やけに優しい手つきのそれに、なんだかさらに涙が止まらなくなってきた。


間近になった椿くんは「やれやれ」と仕方がなさそうに笑い、そのまましばし見つめ合う。

そしてごく自然に、彼はこつん、とおでこを私にくっつけてきた。

間近にある赤い瞳をジッと見つめていれば、彼は口を開く。


「こんなことをいうと笑われてしまうかもしれないが……なんだか初めて、父も普通の人なのだとわかった気がする」


小さな声でささやかれた言葉を黙って受け止める。


「俺はずっと、父という存在を言葉の通じない何か恐ろしいもののように感じていた。

話したところで、何か変わるわけではないと。俺にとって父は、とても遠い存在だったんだ」


「うん……それは、すごくよくわかるよ」


家族なのに、私たちの間には長い長い、悠遠の距離があった。

ううん、そうであると感じていた。

実際は、そんなものなんてなくて、ただ私たちが逃げていただけで、きっと私たちが歩み寄れば、すぐ隣に居たのだ。



「一瞬で父との距離が近づいたわけではない。それでも……今なら父に近づける気がする。手が届かない遠い存在なんかじゃない。父上と俺はきっと、歩み寄っていける。だって俺たちは、家族なのだから」


その言葉が、私たちがたどりついた答えだった。

そこに至るまでに、遠回りをしすぎたけれど。


「……うん。そうだね」



頷けば、椿くんの目が柔らかく細められる。



「お前との約束が、俺に勇気をくれた。お前が俺と、ともに戦ってくれた。

————ありがとう、凛」



額をくっつけあったまま、私たちはしばらく見つめ合っていたけれど、それが何だかおかしくなって笑いあった。




жж


佳月の様子がなんだかおかしい。

ちょっとよそよそしいというか、なんというか。


いつも通り私の従者として尽くしてくれているし、仕事に何かミスがあるわけでもない。

態度が変わった、というわけでもないと思う。

ただ……そう。なんだか、笑顔が。



「うすっぺらい……」

「はい?」

「あ」


慌てて口を押えるが、すでに佳月は訝し気に私を見ていた。

夕食後、私の自室にお茶を入れて持ってきてくれた佳月は、やっぱりいつもとどこか様子がおかしくて、ついじっと観察してしまっていたのだけれど、思わず口に出てしまっていたらしい。


事件からはもう数週間が経過していた。

私もいよいよ明日から学校に復帰する予定である。

ようやくいつもの日常に戻りかけた、というところで、佳月の異変に気が付いた。


不審そうに私を見る佳月に、どうごまかすか、と視線をさまよわせるが、上手いごまかし方も思いつかない。

けれど、いっそごまかすのではなく聞いてみた方がいいのではないかとも思う。

ちょっとというか大分気にかかっていることだし、何より心当たりがないわけではないのだ。


佳月の様子がおかしくなったのは、私が誘拐されて家に戻ってきてからだ。

それまでは普通だったし、違和感もなかった。しかし、私が目覚めた後から急に笑顔がうすっぺらくなったのだ。

これが意味することは、つまり……。


「……もしかしなくても佳月、私の事怒っているの?」


意を決して、私は佳月に尋ねてみた。

誘拐事件では佳月に色々迷惑をかけたし、わがままも聞いてもらった。

明らかに普通の従者がする仕事以上のことをさせてしまった自覚はあるし、あんな面倒なことに巻き込まれてしまって、佳月もさすがに怒ったのかもしれない、と考える。


嫌われた、愛想をつかされた、いやいや佳月がそんなこと思うわけない。でも私の安定のネガティブ思考は嫌なことばかりを想定してしまって、自然顔が俯いていった。


「あの……えっと、ごめんね。色々迷惑をかけてしまって。あんな危ないところまでついてきてもらったのも、ごめんなさい。だけど、あの」


「嫌いにならないで」とはさすがに言えなくて、思わず縋る子どものように、佳月の服の袖をぎゅっと握ってしまった。

佳月は何も言わず、しばらく沈黙が続く。

その痛い沈黙に耐え切れず、かといって佳月を離すこともできないでいれば、佳月は「はあ」とそれはそれは大きなため息をついた。


「あ、の、佳月?」


そのため息に思わず体をびくつかせ、恐る恐る佳月を見上げれば————その前に私は佳月の腕に抱え込まれていた。

……抱え込まれていた?


「か、かげ」

「黙って」


感情を抑えるような低い声で、言葉を遮られる。

普段あまり聞かない声のトーンに顔を見ようとすれば、させまいとさらに強く抱え込まれる。


「あなたが馬鹿なことをいうから悪いんだ。本当は言うつもりもなかったし、我慢しようとしていたのに」


相変わらず彼らしくない声の響きで、佳月は私を抱きしめたまま、耳元でぽつりとつぶやいた。



「俺は、あなたが大事です」


つぶやかれたにしては、その言葉は私の耳元へ力強く届いた。


「誰よりも、何よりも、大事です」


一言一句確かめるように、低くかすれた声でそう告げながら、佳月は私の首元に顔を埋める。

くすぐったくて身をよじれば顔は離されるが、拘束の腕は緩まない。

何かすることもできずに固まっていれば、佳月はさらに、「あの日、」と小さな声で言葉をつづけた。



「あの日、あなたがいなくなった部屋を見たとき、心臓がとまるかと思った。帰り際、青白い顔で倒れたあなたが、何日も目を覚まさない間、生きた気がしなかった」


その声は、震えてはいなかったけれど、私を抱きしめる腕が彼の気持ちを如実に表していた。


「こんな面倒な感情を俺に教えたのは、あなただ。

だから、お願いだから、責任をもってちゃんと俺に————大事にされて」


懇願するように私を強く抱きしめる佳月に、私は言葉が詰まった。

何か言おうとして、でも口を閉ざす。


けれど、その力強い腕から、ようやく理解することはできた。

私は彼を怒らせたんじゃない。

そうではなくて……怖がらせてしまったのだ、と。



「佳月」


少し黙って、私はようやく彼の名を呼んでみた。恐る恐る佳月の頭にも触れてみる。

柔らかい黒髪が手に触れて、そのまま撫でてみたが、嫌がられなかったので撫でていていいのだろう。


「佳月……顔が見たい。顔を見て、ちゃんと謝りたい。それから、助けに来てくれたお礼も言いたい」


髪を撫でながら促すようにそう言えば、しばらくしてゆっくりと腕の力がゆるむ。

ようやく見えた金色の瞳は相変わらず上手に感情を隠しているが、彼の本音に気付いた私には、彼が今何を思っているのかわかった。

だから、じっと彼を見つめて口を開く。


「ごめんなさい、心配をかけて。色々無茶をしたのも、ごめんなさい。

だけど、助けに来てくれて嬉しかった。ありがとう。佳月のおかげで、私ちゃんと帰ってこれたよ」


髪を撫でていた手を、微かに強張っている佳月の頬に移動させれば、ふっとそこでようやく微かに表情が緩められた。

佳月は私の前では何もないようにふるまってくれていたけれど、平気なわけじゃなかったのだ。

私だって佳月が突然誘拐されたとわかったら、普通の精神状態ではいられないだろう。

心配で心配で、失ってしまうかもしれない、と怖くて。

きっと佳月もそんな気持ちだったのだ。

感情を隠すのが上手な彼の笑顔にまで出てしまうほど、追い詰めてしまっていた。

そう思って、安心してもらえるようにそのまま瞳をジッと見つめていれば、再び彼に抱きこまれてしまう。

私をひし、と抱きしめる佳月はなんだか彼らしくない子どもっぽさで、でもくすぐったい。


「……ずるい」

「うん。ごめんね。ありがとう」


心配をかけてごめんね。助けてくれてありがとう。

繰り返すように、彼の心が落ち着くようにそう言葉を重ねる。

私が大事に思うように、佳月も私を大事に思ってくれている。

それが嬉しくて、それを大切にしたくて、私はえいっと佳月を抱きしめ返してみた。

微かに驚いたように体が硬直したのち、またぐりぐりと擦り付けるように佳月の頭が私の肩に寄せられる。


そしてそこで、そういえばまだ彼に告げていなかった言葉をふと思い出した。

このタイミングで言うのもへんかな、と思ったが、とりあえず私は告げてみることにする。


「————ただいま、佳月」


帰ってきたよ。私はここにいるよ。

そう言えば、佳月はしばらく黙りこくった後、小さな声で「おかえりなさい」と答えてくれた。




これにて「子ども編 悠遠の家族」は終了となります。

色々書きたくて書ききれなかった分はまた活動報告の方に上げてみようかなと思います。

何より、こんなスローペースな作品をここまでお読みいただいている読者様に感謝を。

次いで転章(1、2話で終わる予定)を挟んで、いよいよ原作軸、高校生編に突入します。

また新たな問題も勃発しますが、メンタルが強くなってきた凛のことを今後も見守っていただければ幸いです。もううじうじはしないはず(笑)

それでは。 はなこ

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