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信頼の在処 後編

二話連続投稿です②

椿視点。



思いのほか屋敷には簡単に侵入できた。

あいつをすでに捕まえたことで、警備の手を少し緩めたのかもしれない。

どちらにしろおかげでこちらは動きやすかった。

手近にあった窓から侵入した俺と冴は、辺りを警戒しつつだだっ広い屋敷の廊下を進んでいく。

左右に本で見たことがあるような絵画や壺が飾られた仰々しい廊下はどこかほの暗く、不気味な感じがした。


「母様のところにいくんじゃないの?」


やはり体力的にしんどいのか、必死で俺の後に続く冴がそう疑問を投げかけた。

俺はそれに首を横に振る。


「必ずしもそうというわけじゃない。あいつがそこにいる可能性は高いが、どこかに閉じ込められている可能性もあるしな。

幸い俺はあいつの魔力の気配を知っている。これぐらいの範囲なら、集中すれば正確ではなくともあいつの居場所に多少の見当はつく」


「そうなんだ」と目を伏せた冴は、どこか安堵したようにも見えた。

まあ今の状態で母親に会うというのはなかなかしんどいだろう。

そう思いながら冴を横目で見てから、俺はあいつの気配を探ることに意識を集中させる。

やはり屋敷の中にいることは間違いないようだった。

場所は、この感じだとこの階にはいない。

上? いや、下か……。


考えを巡らせている間に、ふと近くで人の気配がした。

冴の手を引いて手近なところに身を潜ませる。

見回りか、使用人か。

こちらに気付くことなく通り過ぎて行った気配が完全になくなったのを確認して、隠れていた場所から出た。

なんにしろここでのんびりしている暇はなさそうだった。


「おい、すこしペースを上げるぞ」


後ろの冴にそう告げて、足音を立てず小走りで廊下を進んだ。



ペースを上げたためか冴の息がさらに荒くなった。

大分消耗しているようだが、無理をしてもらわなければならない。

やはり外に置いてくるべきだったかと一瞬思うが、そんなこと今更考えたところでどうしようもない。

それに冴の方も疲れた顔はしているものの、まだ目に力は残っているようだった。


おおよその見当をつけて先を急げば、やはり段々とあいつの気配が近くなるように感じた。

階段を下り、地下に降りれば上の階の華美な装飾とは違い、どこか殺風景で大分雰囲気の違う廊下になる。

その廊下を少し進んだところで、廊下の突き当りに人の気配を感じて立ち止まった。

誰かが話をしているようだった。

息をひそめて様子を伺えば、どうやら男が二人立ち話をしているようだ。


「継承者候補のガキはどうしたんだ?」

「今澪さまに眠らされて地下の牢屋に入れられているよ。どうもあの人を怒らせたらしいな」

「怒らせたって、でもまだ殺していないんだろう? なんでわざわざ牢屋になんか入れてるんだ?」

「さあな。あの人の考えていることはよくわからん」


二人の会話を聞きながら、やはりあいつは屋敷の地下にいるようだと確信する。

ほんの少し乗り出していた体をもとの位置に戻して、思考を巡らせた。

話を聞くに牢屋に入れられているのだとしたら、連れ出すには鍵が必要かもしれなかった。

普通の鍵なら魔法でどうにかできるかもしれないが、あまり目立つのはよくないし、何より一度魔法で牢屋を抜け出しているから魔法対策の牢屋の可能性も高い。

だから鍵を探すべきだが、けれど、いくらまだ殺されていないからと言って、のんきに鍵を探している時間はあるのだろうか。

ここは少し強引でも牢屋を壊して逃げ出した方がいいのではないか。

逡巡して、とにもかくにも一度牢屋の形状を見て決めようと思い、そこで冴を振り返る。

振り返って、目を見開いた。


「おい、大丈夫か!」


小声でそう呼びかけ冴の肩を掴む。

冴の顔色は随分と悪かった。

やはり廊下を進むのに少し走ったのが体力を使ったのか。

荒い呼吸で廊下に座り込みそうになる冴を支えつつ、グッと眉間にしわが寄るのを感じた。

どうする。このままこいつを連れて行くのは難しいのではないか。


「ごめん……僕、足手まといで……」


酷く申し訳なさそうな顔でそう告げる冴に首を横に振る。

こいつを連れていくと決めたのは俺だ。


「とにかく、一度場所を変えよう。どこか隠れられるところにでも……」

「おい! ここで何をしている!」


瞬間、背後から聞こえてきた声に心臓がどくりとはねた。

振り返れば、先ほど会話をしていた二人が眉を吊り上げてすぐそばに立っている。

しまった。見つかった。


「おい、こいつさっきのお嬢ちゃんと一緒にいたっていう檻人の小僧じゃないか」

「ああ。それに後ろにいるのはまさか、冴さまか!?」


「ガキのほうには逃げられたと報告を受けていたが」「どうして冴様まで」と驚いたように会話をする男二人を見据えつつ、思考を巡らせる。

どうする。どうする。

相手は二人。仲間を呼ばれない限り対処は可能だろうが、冴がいる以上前のように目くらましをして逃げるという選択肢はなかった。やるなら確実にこいつらを倒す必要がある。

だが今の状態で、俺にそれができるのか。

仲間を呼ばれないため迅速に、かつ的確にこの二人を倒せるのか。




「――――あらあら。一体何事ですか?」


だが、その緊迫した空気は突如聞こえてきた声により崩された。

その声が聞こえた瞬間、後ろで、俺より先に冴がびくりと反応するのがわかった。

それを怪訝に思いつつ男たちの背後から現れた女を視界にとらえて、そして納得する。

砥粉色の着物に黒字に赤い花をあしらった羽織をはおったその女を、話したことはないが見たことはあった。


「一宮、澪……」


そう名前をつぶやけば、後ろで冴が気配を固くするのを感じた。

まずい事態になった、とグッと拳を握りしめる。

あいつを連れ出す以上この人と鉢合わせる可能性は十分あったが、まだあいつを見つけてもいない状態でかつ、冴を連れた今会うなんて、あまりいい状況とは言えなかった。

この家の主である一宮澪。如月の家でもいろいろうわさを聞いたことがある。

底知れない存在に自然眉間にしわが寄る。

大して彼女はそんな俺と冴二人を見やると、からからと楽しそうに笑った。

それはこの場に似つかわしくない、不気味な笑みだった。


「ふふ。今日はお客様が多いこと」


不気味な、けれど柔らかな笑みを顔に乗せた女は、俺と、俺の後ろにいる冴に視線を走らせる。

硬直する冴とは対照的に、「冴も嬉しくて外に出てきてしまったのね」とニコニコ笑うその人にはやはり気味の悪さを感じずにはいられなかった。


「あ、の……母様……僕……」


何かをこたえようと冴が口を開くが、それは言葉にならない。

母親に告げる言葉を見つけられないまま、冴はぎゅっと俺の服を掴んでうつ向いた。

それを横目で確認して、俺は視線を彼女へ向ければ、彼女の背後に控えた先ほどの男たちが恐縮したようすで口を開く。


「澪様、どうしてこちらに?」

「ええ、いえね。あの子がちゃんとおとなしく眠ってくれているか気になって見に来てしまったんです。あの子は大事なお客様ですからね、粗相があったらいけないでしょう」


男の問いかけに対して、女は穏やかにそう答えた。

女の言った「あの子」というセリフが気にかかる。

話の流れ的にあいつのことで間違いない。


「……あいつは、一宮凜はどこにいる」


女を見据え、正面切ってそう尋ねると、女はきょとんとした顔をした後小さく首を傾げた。

その幼い仕草はどこか冴を彷彿とさせる。

女は俺の言葉に何かを思い出したように「ああ」と一つうなずくと、笑みを浮かべて言った。


「あなたは確か、如月の檻人さまでしたね。お会いできて光栄です」


女は一歩こちらへ近づき握手を求めるように右手を差し出す。

握り返すわけもなくそれを無視するが、女は大して気を損ねた様子もなく「仕方ない」といった風に肩をすくめて見せた。


「そう、そうでしたね。あなたはあの子のお友達なんでしたね。だからそんな怖い顔をしているのね。でも、そんな顔をしなくても大丈夫ですよ。あの子はまだ生きています。眠っているんです。疲れているようでしたから、いい夢が見られるおまじないをかけて、眠ってもらったんです」


不気味な笑みを浮かべてそう告げる女の言葉に安心できる要素はどこにもなかった。

おまじないをかけたと言ったが、つまりあいつはなにかしらの魔法にかけられているのか。

面倒なことになったと女をにらみつけるが、女はまるで気にした様子もなく穏やかに笑う。


「残念ですね。時間があれば、是非もっとお話をしたかったわ。

でも、そう、そうね。檻人の家同士なのだから、これからその機会はいくらでもありますね」


一人で納得するようにうんうんとうなずきそう言った女はこちらを見据えて言った。


「今日はね、もうだめなんです。ごめんなさいね。もうすぐ、もうすぐ、私の一番大切なお客様がお見えになるのですから、準備をしなくてはならないの」


大切なお客様、という言葉がなんだか引っかかった。

だがそれよりもどこか恍惚としたような表情でそう告げた女に、なんだか嫌な感じが背筋を這い上がる。

慌てて距離を取ろうとする――――だが足が動かない。

まさか、と思い顔を動かそうとするが、それもできなかった。

顔を動かすこともできず、ただ、女の目から、目を離せない。

まずい。

何かしかけられたのだ。


「そう。いい子ですね。よおく見て。あなたにもおまじないをかけてあげましょう」


静かな声色でそう言った女は、俺に近づいて膝をおると、さらりと俺の頬を撫でた。

その冷たい体温に心臓を鷲掴みにされたような恐ろしさを感じる。

ぼんやりと光る女の目に目を閉じようとするが、それもかなわなかった。

女の魔法だと瞬時に悟るが、対処しようにもうまく思考がまとまらない。

女の目を見つめたまま、体が廊下に崩れ落ちる。


「さあ、あなたもおやすみなさないな」


「母様!」と叫ぶような冴の声を聴いたが、もう意識は保てそうになかった。




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