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白い子ども

3話連続での投稿となっています。



扉はいとも簡単に開かれた。


扉から現れたのは「白い子ども」だった。

白い顔、白い髪、白い装束、そして装束の下から覗く白い包帯。

少女とも、少年ともとれる中性的な顔立ちのその子どもは、唯一色のついた琥珀の瞳を爛々と輝かせて私を見上げた。


「知らない人が来たの、初めてだ。すごい、すごい、すごいなあ。どうやってきたんだろう?」


明朗で、快活なその声はこの場の雰囲気には不釣り合いで、目の前に人がいることを忘れたかのように滑らかだった。

部屋と廊下の敷居を挟んで硬直する私に、その子どもは無邪気に笑いかける。


この子は誰だ。


硬直したまま視線だけ動かしてその子どもを凝視する。

明らかにこの子は異様だった。

そもそもどうしてこんな子どもがこんな場所にいるのだろうか。

この場所は木々にに隠れるようにして建っていた。人が住むのは、特にこんな子どもが一人でいるのは不自然だ。

そもそもこの建物自体もとても不気味である。すべての窓は固く閉ざされ、扉こそ施錠はされていなかったが、この障子には何かしらの細工が施され開けられなようになっていたようだった。恐らくは、この子どもを閉じ込める目的で。


子どもは明るい表情でいまだ一人きゃっきゃと楽しそうにしゃべっていた。

その子からちらりと視線を外して、開けられた障子を見る。

この障子。さっき私が開けようとしたときは開かなかったのに、この子はいとも簡単に開けた。詳しいことはわからないけれど、あの紙によって封じられていたのだとして、なのにこの子どもは、いとも簡単に開けた。

視線を子どもに戻す。パッと見た感じでは、無邪気で、無害で、か弱そうな子どもだ。だがこの状況において、その「無邪気さ」も異様さを更に掻き立てている。


ごくり、とつばを飲み込む。

どうする。逃げるか。だが、どうやって。


「お母さまが呼んでくれたのかな? そうかもしれない。だったらうれしいなあ」


子どものしゃべり方は、まるで私の存在を無視するかのようだった。

目は合っているし、私のことを不審者だと思っても仕方がないはずなのに、それに対する反応はまるでない。騒ぐことなく、私に何か言うでもなく、ただ一人で楽しそうにしゃべるその子どもには、私への敵意はないように思えた。

これならば、穏便にことを進められるかもしれない。


「ね、ねえ」


そう思い、意を決してその子どもに話しかけた。

間を置くことなくまくしたてるようにしゃべっていたので、それを遮るような形になる。

子どもは、私の声に先ほどまでしゃべり続けていたのを、不自然なほどぴたりとやめて閉口した。驚いたように、少し釣り目勝ちな子どものまん丸な瞳がこちらを向く。

先ほどまでの勢いが急激になくなるその豹変ぶりに思わず言葉がつまるが、何とかもう一度口を開いていった。


「ねえ。君は、誰?」


強張った声が廊下に響く。

一瞬の沈黙。

しかし次の瞬間、子どもの瞳がきらきらと輝きを増した。

「え、」と口を開く前に、子どもがめいっぱいに口角を上げて言った。


「しゃべった!!」

「は?」

「しゃべった! しゃべった!」


大きな声を上げて、子どもはその場でくるくると回りながら笑い声をあげた。

突然ひとりでに喜びだす子どもに、思考回路がついていかない。

しゃべったって、私は喋らないと思われていたのだろうか?

呆然と喜ぶ子どもに頬がひきつる。

そんな無口に見えていたのか。

そりゃあ最初は驚いて声が出なかったが――――


「ね、ねえ! あの、あの、あのね」


不思議に思う私に、頬を赤く火照らせ、興奮した様子の子どもが、ここにきて初めて私に対して声をかけてきた。

その興奮具合に思わずぎくりと身をすくませ、後ずさりしてしまう。

子どもはわずかにあいた距離を嫌がるように、その距離を詰めようと敷居を跨いでこちらへグッと距離を縮めてきた。


まずい、不用意に話しかけるべきではなかったかもしれない。

興奮した様子の子どもには相変わらず敵意は見えないが、近づくのはあまりよろしくないのではないか。

先ほどまではある程度距離があったが、ここまで詰められては何かされてもどうにもできない。


敷居を跨いだ子どもは私のすぐ目の前で立ち止まった。

身長は私の顎ぐらいまでしかなかく、私を見上げる形になる。

にっこり笑った子どもは、にゅっとその白い手を私へ伸ばしてきた。

避けようにも避けれずその場で固まる。



「————触るな」


だが、その手は、私に触れる前に誰かによって防がれた。

突然現れた第三者の声に体がびくつく。まさか、この家の人間に見つかった?

一瞬で体中に走る緊張。だがそれも、声の主を見た瞬間に杞憂に変わった。


「つ、ばきくん……」


子どもの手を掴んだのは、外で待っているはずの椿くんだった。

グッと眉間にしわを寄せた彼は、子どもの腕を掴んだまま、子どもの前に立ちふさがるようにして私の前に立つ。


「椿くん、一体どうして……」

「様子を見るだけだと言っていた割になかなかお前が出てこないから、様子を見に来た」


椿くんは、子どもに視線を向けたまま不機嫌そうな声でそう答えた。


「お前の大丈夫は全くあてにしていなかったが……やはり来て正解だったな。この馬鹿」

「う……」


椿くんの相変わらずの辛辣な言葉に、グッと言葉が詰まる。


「で、でも、まだ家の人に見つかったわけでは……」

「じゃあ、この目の前にいるのはなんだ? これはこの家の人間ではないと?」


椿くんの視線が子どもから私に移った。

その鋭い視線に、私は思わず椿くんから目をそらす。


「で、でも……まだ子どもだよ。こんな小さい子に見つかってもまだ……」

「お前はこの子どもが、『普通の』子どもに見えるのか。それならばお前は救いようのない馬鹿だということになるが」


その言葉に、私はそらしていた視線を椿くんに戻した。


「そ、それって、やっぱりこの子……」


「普通じゃないの?」と言いかけて、言葉を止めた。

子どもの様子が何かおかしかったからだ。


「……すごい」


掠れたような声が私の耳に届いた。

椿くんも視線を子どもに戻す。

子どもは、先ほどよりもさらに興奮したように頬を紅潮させて、目を輝かせた。


「すごい、すごいすごい……! すごいよ……!!」


勢いよく椿くんが子どもから手を放す。

瞬間、子どもの後ろの障子がはめ込まれた壁がみしり、と嫌な音を立てた。

ぎょっとして見れば、壁には大きな亀裂が入っている。

魔法だ。今、この子は魔法を使った。


唐突に入ったその亀裂は、恐らく子どもの感情に起因して起きたものだと考えられた。

ニコニコ笑う子どもの様子から考えて、意図して行ったわけではなさそうだ。

だとしたら、この子の魔力は相当不安定なのかもしれない。


「こんなの初めてだ! みーんな、しゃべってる!」


そして、やはり子どもは、先ほどと同じように人がしゃべった事に喜んでいるようだった。

さっきは、おびえて喋らない私がようやくしゃべった事を喜んだのかと思ったけれど、この喜び方からしてそうじゃないのかもしれない。


だって、これではまるで、人が喋っているところを初めて見たかのようだ。


思わず椿くんの顔を伺うと、彼はじっと、何か考えるように子どもを見つめていた。


「椿くん……?」

「お前は……」


「どうしたの」と尋ねる前に、何かを確かめるように、椿くんはゆっくり言葉を紡いだ。


「お前は、一宮 (さえ)だな?」


「一宮、冴……?」


椿君の発した名前を繰り返す。

それは、随分と聞き覚えのある名前だった。

だがどこで聞いたものだったか思い出せない。


「知らないのか」


私の声に、椿くんがちらりとこちらを見やった。


「一宮の継承者候補第二位。言って見れた今回の誘拐の原因ともなった、この屋敷の長子だ」

「この家の、長子……?」


その言葉に、一瞬で思い出されたのは、あの門のところでみた彼女の姿だった。

まさか。この家の長子ということは、つまり。


「彼女の……子ども?」


瞬間目の前に火花が走ったような衝撃が走った。

彼女の子ども。継承者候補第二位。一宮冴。

キーワードによってしまわれていた記憶が一気に引き出される。


そうか、一宮冴。

クラクラ揺れる頭で確信する。

間違いない。

彼は――――あの小説の登場人物の一人だ。



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