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気掛かりな訪問


「はあ、如月家の方が今度いらっしゃるんですか」


そう何の感慨もなさげに言った佳月は、「どうぞ」とそのままの調子で私にお茶を差し出した。

まあね、とそれを受けとりながら、私はため息を一つついた。



夕食が終わると、私は早々に自室へ引き返した。

正直あれ以上父と話すと私の胃がもたない。

幸い父にも母にも引き止められることはなく、あっさりと開放してもらえたからよかったが、それでも部屋を出た瞬間は全身に酷い疲労感がまわった。

よろよろと部屋に戻れば、すぐに佳月が部屋を訪れてきた。

机に突っ伏す私に何か察してくれたのか、彼はねぎらうように私にお茶を入れてくれた。


「如月家の方がくることになにか思うところでも?」


ついでに私の好物の羊羹まで用意する佳月は流石である。

正直先ほどの夕食はあまり食べた気がしなかったのでありがたくいただきながら、私は佳月の問いに緩く首を横に振った。


「それは特に問題ないんだけどね」


菓子楊枝で一口サイズに分断した羊羹を口に放り込む。口に広がる甘さに、先ほどまでの廃れた気持ちが癒されていく感じがした。

佳月はそんな私を見ながら、不思議そうに軽く首をかしげた。


「それにしては随分と動揺されているようですが」


言われて、私は思わず羊羹を食べていた手を止めて佳月を見た。


「え、そ、そんなに動揺してるようにみえる?」

「それはもう。さきほどから百面相がおもしろい具合に」


からかうような響きに、私は両手で自身の顔に触れた。

おかしいな。これでも最近は、父の前では無理でも日常生活であんまり感情を顔に出さないように練習していたのに。

恥ずかしさを紛らわすようにお茶を口に含んで、私は言った。


「如月家の人が……椿くんが家に来ることが別に嫌とかじゃないんだよ」



そう。椿くんが、家に来る。それは問題ではないのだ。

じゃあ何が問題だって、この展開を、私は知っている、というのが問題なのである。


そう、つまるところこれは原作にある展開だった。

久しぶりに原作の展開が訪れることもさることながら、それ以上にそのシーンが中々重要なシーンであるということも問題だった。

如月椿が父に連れられて一宮の屋敷を訪問する。そしてそこにいる一宮凜と出会う。

それこそが、原作における椿と凜の初対面のシーンなのである。


ここにきて原作どおりにことが運ぶなんて。


ぼんやりと湯飲みに残ったお茶を眺めながら息を吐く。

というのも、椿くんに関することは以前より原作とは色々と異なることが多かったのだ。

例えば、原作では先ほどのシーンが二人の出会いのシーンなのだが、私は既に一度学園の入学式会っているといえば会っている。

その上学校では、話すかどうかは別としてもまあ毎日のように会っているし、最近では補習まで付き合っていただいている仲である。

些細なことと言えば些細なことだが――――いや、ちょっと待て。そういえば原作での凜と椿の出会いももう少し先のことだったような気もする。



急に黙り込んだ私に、佳月がまた不思議そうな顔をした。

それに私は笑って見せて、誤魔化すように再びお茶を口に含む。



何だか私の知っている原作と少しずつだがずれている。

椿くんのことが一番顕著だけれど彼のことだけでもない。佳月との出会いだってそういえば原作よりも数年早い出会いだった。

やはり、私というイレギュラーな存在が原作を歪めているのだろうか。

そこまで考えて、私はいやいやと大きく首を横に振った。


原作は関係ない。私は私だ。そういう生き方をしようと決めたじゃないか。


原作どおりじゃない展開は確かに怖い。でもそれでも私のやることに変わりはない。

逃げないで、できることをやる。

椿くんとはあまり仲がよろしくないので、彼が家に来るというのはどうにも不安を払拭できないのは確かだが、逆に彼との仲を改善するいい機会になるじゃないか。

だって、関わらないという選択肢はもう消したんだから。



「それにしても」と黙り込む私に、ふと佳月が思案するように言葉を発した。


「いくらご友人といえど、当主さまもまた微妙な時期に彼らを招待しましたね」

「え? ……ああ、まあ」


言われて確かに、と私は頷いた。


「如月の嫡男も連れてこられるというのもまた妙な話ではないですか?」

「うーん……言われて見ると、うん」


原作どおりの展開ということが印象的過ぎてすっかり失念していたが、確かに佳月の言うとおり、こんな時期に客人を、しかも如月家の人間を招くというのは少し妙な話だった。

檻人の継承第一候補である私が10歳になる年は一族内が少なからずぴりぴりする時期だ。そんな時期によそものを家につれてくる、なにより檻人である椿くんを連れてくるということは、一宮の状況的にも妙だし、彼の境遇的にも、どうなんだろうか。


「まあ、お父様のことだから何か考えがあるんだろうけど……」


再び羊羹を口に含みながら呟く。

あまりろくな考えの気がしないのは、私の彼に対する先入観によるものだろうか。

いやそれだけではない気がする。


そういえば、椿くんたちの話につられて、結局父とは大した話もできなかった。

色々聞こうと思っていたこともあったが――――いや、あの私の精神状態ではまだ父と普通に話すのは難しいか。


駄目だ。懸案事項が多すぎる。

私はまた軽く首を横に振った。

父の件は、父が何を考えているかという点も含めて、とりあえずまた今度にしよう。

目下はとりあえず、椿くんだ。


彼とどう渡り合うか。

まあ結局考えたところで私にはどうすることもできないので、当たって砕けろ戦法になるんだろうけど。






そして、やはり大した対策もねられないまま、ついに彼らが家に来る日は訪れてしまったのだった。


「よし」


鏡の前に立ち、とりあえず自分の身なりを確認する。

特に変なところはない。

身なりだけでいえばまあ、合格だろう。

問題はそれ以外なわけだけれど。

そう考えると、鏡の中の自分が苦く笑う。

あれから何度か椿くんに放課後補習に付き合ってもらったが、私は大して進化をとげられていなかった。

日に日に椿くんの私へのプレッシャーは大きくなり、正直休みの日まで彼に会うのは……。


「あーだめだめ! ネガティブ禁止!」


暗くなりかけていた思考を無理やり中断し、私は首を大きく横に振った。

今から椿くんに会うのだ。会う前からメンタルがやられているんじゃあ彼と渡り合えないに決まっている。



「凜様。如月 (ひとし)様と椿様がお越しになられましたよ」


障子の向こうで佳月の声がした。

私はよし、と気合を入れて、障子を開けた。


いざ、尋常に勝負だ。






と、言ったものの。既にもう負けそうなわけだが。

目の前には苛立たしげにこちらを見る椿くん。

周囲には後ろに佳月が控えているぐらいで誰もいない。

その佳月もなんだかいつもより纏っている空気が冷たいような。



椿くんのお父さんの仁さんへの挨拶もそこそこに、子どもは子ども同士で遊んでおいでと、私は早々に椿くんと二人外に放り出されてしまったのだった。

とりあえず遊ぶのならばと椿くんを庭まで連れてきたところまではまあ我ながら頑張ったのだけれど、そこからが問題だった。


「え、ええっと。な、何して遊ぶ?」


椿くんの不機嫌さに正直既にメンタルがやられかけている。

とりあえず子どもらしく無邪気にそう尋ねて見るが、彼の返答は苦い。


「放っておいてくれないか」


沈黙。

話は弾まない上にかなり気まずい。

そしてその態度に佳月の纏う空気がまたいっそう冷たくなった気がする。

何故椿くんだけでなく佳月まで機嫌を損ねているのか。



「で、でもあの、お父様に椿くんのお相手を任されていて……」

「別に相手をしてもらわなくてもいい。適当に一人で時間を潰せる」


鉄壁である。

彼はよほど私のことが嫌いらしい。話すのも億劫というように彼はふい、と私から視線をそらした。


まあ、それもそうだろう。

学校の時でさえ私に嫌悪感丸出しなのだ。

友達と家で遊ぶ場合大体その友達はそれなりに親しいのが普通だ。それなのに大して仲がいいわけでもない、いやむしろ悪いといっても過言ではない私たちがいきなり家で遊ぶというのは無理がある。



「ど、どうしよう……」


情けなくも早々に私はギブアップしてしまった。ああ自分の意気地無しめ。

思わず縋るように後ろにいる佳月を見れば、佳月はそんな私に困ったように笑って、「そうですね」と少し考えてから言った。


「椿さまはお年のわりに体を動かすことが苦手なようですから、のんびりできる場所をご案内するのはいいかがでしょう。

例えば、そう。凜様の花壇をご案内されては?」


「そ、それだ!」


何だか言葉の節々に棘があるように感じたが今は気にする余裕はない。

佳月の提案を受け入れて、既に一人で私達から距離をとっている椿くんのもとへ向かった。

花のことならば少しは話題も提供できるし、何より花を見れば少しは気分をやわらげてくれるかもしれない。

それは一縷の希望であった。






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