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嵐を呼ぶ父



そして父は久々に帰宅した。


「お前の顔を見るのも久しぶりだな。学校のほうはどうだい? 楽しい?」


久しぶりに会った父から向けられる視線も声も、相変わらず柔らかなものだった。

何だって私はこんなに優しく話しかけられても引け腰なのかと己を情けなく思わされるほどには。


深夜になると思われた父の帰宅は思ったよりも早く、夕食前にはもう父は既に帰宅していた。

油断していた私は母に急かされるまま久々に家族での夕食の席に座らされ、恒例のように父から近況について繊細に聞かれることとなったが、まあ言わずもがな。そう易々と人は変われないもので。


「はい、楽しい、です」


父への受け答えは相変わらずおぼつかないものだった。父は色々聞いてくれるのだけれど、私は油をさしていない機械のようにぎこちない返答しか出来ない。

色々なものに向き合う覚悟はしたつもりだが、私にとって父への恐怖心は一朝一夕で改変できるほど単純なものではなかった。

そのことに自己嫌悪を抱えつつも、それでも父とこうして一応は普通に会話できていることはまあ進歩と言えなくもないかなと思う。

以前まではそれこそ父と目を合わせることすら忌避していたのだから。


父は私との会話に一区切りがつくと、母との会話に移っていた。

久々の帰宅ということで、母は酷く嬉しそうに見える。

私は、食事を口に運びながら母と話す父をぼんやり眺めた。




笑みを湛える父の顔は以前会ったときと変わらず優しいもので、眼差しも声の調子も温かさを感じさせるものだった。

これまでは父を恐れるあまりあまり父のことを見てはいなかったが、こうして改めて父を見ると、父は人の心を安心させる何かを持っている人だと思う。私はこれまでそれすら恐怖に感じていたけれど、元来父は温厚篤実で、周りの人間からの信頼にも厚い人なのだ。


けれど、とふと口に運んでいた箸を止めた。

母と話す父の横顔は真に優しいものであったが、今日はどこか陰りがあるように感じた。

陰り、というか。


そうだ、父は少し痩せたんじゃないだろうか。


疲れているんだろうか?

それはまあ、家にも中々帰れないぐらい働いているのだから疲れるのは当たり前か。

でも、父がそれを表情に出すのは少し珍しい感じがした。

父は仕事のことを家であまり話さない。それは仕事がしんどいとか、楽しいとか、そういう気持ちすらも含めて。

だから私は父が一体どういう仕事をしているのかこれっぽっちも知らないわけだが、よくよく考えてみれば、家にもなかなか帰れない仕事とは一体どういうものなのだろうか。

そもそも父は当主という立場なわけで、その当主である父が動かなければならない仕事とはどういうものなのだろう?

ただ、当主という立場上色々とやることは多いのだろうというぐらいで今までそのことについて深く考えたことはなかったが、考えてみれば疑問がいくつも浮かんだ。



「ん? どうした、凜」

「え!」


思わず父をじっと見つめてしまっていたらしい。

私の視線に気づいた父が、私のほうを見て微かに首をかしげた。

脊髄反射で思わず体が跳ねてしまうが、まあいつものことだから気にしない。

何と言ったらいいものか、何でもないと取り繕っておくべきかと辺りに視線を彷徨わせながら考えるが、いっそ今聞いてしまってもよいのではないかと思った。

これも自身の中の変化といえる。

せっかく父と向き合うことを決めたのだから、と。

父の仕事を聞くぐらい娘の無邪気な質問としてさして不審でもないのだし。


「あの、お父様はその、お仕事ではいつもどんなことをされているのですか……?」



思い切って質問してみたが瞬間後悔した。

問うた瞬間、父の瞳が愉快気に光ったからだ。


「へえ、気になるんだ。どうして?」


父は珍しく己のことについて質問してきた私を観察するように、しかしどこか楽しそうな表情でじっと私を見つめた。

う、と言葉に詰まるのは仕方ないことだと思う。

そういう切り返され方をされるとは思っていなかった。

父は声にも表情にも特に動揺は見られず、平素の父と変わらずである。

動揺したのは私だけだった。


「ええっと、あの、なんとなくと、いいますか」


不自然に父から視線をそらして、そのまま言葉に詰まってしまった。

どうして、って。気になったからとしか答えようがない。

というか、そんな予想外の返事をされてこの私が、口下手な私が何かそれらしい理由を言えると思っているのだろうか。

いやそんなことより一体この場をどうくぐりぬけたら。というかそもそも父も何でこんな嫌な返しをするのかもっと素直に普通に純粋に仕事について答えてくれれば。


「ああ、いじめているつもりは毛頭ないんだよ」


嘘をつけ。

実に愉快そうに笑う父を思わず睨みつけてしまった。

父はそんな私に少し声を上げて笑った。


「でも、お前が私のことに興味を持つなんて珍しいことだから、気になるのは当然だろう? 何かあったのかな?」


笑いを収めた父が微かに目を細めてこちらを見た。

思わず体が硬直する。

だから、何かなんて特にないのだ。思いつきというか、そう、心境の変化だ。

そうだ、今まで散々逃げてきたが、いい加減娘として父に歩み寄ろうとした結果なのである。

父が私の予想通りに答えず「どうして」なんて考えてもいなかった質問を返されたせいでこちとら思考は大パニックだ。

ああ、やはり勢いで行動するのは今度からよしたほうがいいかもしれない。

父と話すときはもっと事前に万全の準備をして望もうと、「やっぱりなんでもありません」と答えざるをえない己自身に誓った。



「――――ああそうだ。ちょうど仕事の話になったし、お前に伝えておこう」


再び自己嫌悪にひたる私に、不意に思い出したように父がぽん、と手を打った。


「え?」

「今度、お前の通っている学校はまとまった休みがあるだろう? 実はね、その休みの間に仕事仲間……といっちゃあなんなんだけど、まあ、その彼が数日ここに滞在することになってね」


「はあ……」


思わず呆けた返事を返す。それこそ珍しい。父が家に客人を招くなんて初めてかもしれないことだった。それはまあ、私がそういう他人を寄せ付けない状態にあったからではあるのだが。

先の質問のことなど忘れて驚いて父を見ていれば、父は愉快そうにこちらをみて笑った。



あれ。


私は己の嫌な予感センサーが急激にかつ激しく反応するのを感じた。

思わず後ずさりするが後ろは壁だ。逃げようがない。

父は胡坐をかいた膝に頬杖をついて私に言った。


「で、ここからが本題なんだが、その時に彼の息子も一緒に来るように誘ってあるんだ」


ぴきーんと、確かに私の背筋が凍る音がした。

顔がひきつる。

この感じはだめだ、何か最悪なことを言われる予感がする。

ああ、こんなことなら下手に父に質問なんかせずに大人しく母との会話を見ていればよかったんじゃないのか。

でもそれも後の祭り。

怯える私に父は聞いていないにもかかわらず、柔らかく笑んで私に教えてくださったのだった。


「如月家の方だよ。確か、一緒に来る子は凜と同い年の子で、そう名前は如月椿くんといったかな」


その瞬間ひっくり返らなかった私を褒めてもらいたい。

やはり父は前回のことといい何かしら私の心をかき回さねば気がすまないのか。



皆様お久しぶりです。

長らく期間が開いて申し訳ありませんでした。

ようやく時間が取れましたので投稿させていただきます。

これからはちょこちょこ更新していけたらと思います。

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