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変化と悩み


胸元ぐらいにまで伸びていた髪を切った。

思い切って、肩につかないぐらいにまで。

原作の凜は髪が長かったから、もともと顔が似ていないのを合わせて、これで原作の凜とは大分様相が変わったと思う。

別に形から入ろう、と思ったわけではないが、これは自分なりのけじめだった。

私が「凜」ではなく、私として生きるための。


突然髪を切った私に、佳月は少し驚いていた。

「どうして切られたのですか」と問われたので、「気分転換だ」と答えると佳月はどこか考えるような顔をしたが、ただ「そうですか」と頷いただけだった。

しかし翌日、私の前に現れた佳月は、目にかかるほどにまで伸びていた前髪をばっさりと切っていた。

ハッキリと現れた金色の両の目に、今度はこちらが驚く番だった。

「どうしたの」と思わず尋ねてしまった私に佳月は「気分転換です」と言って笑った。

それが何だかおかしくて、ちょっとくすぐったいような気持ちになった。




季節は巡って、私は10歳になった。

あの夜から私は、少しぐらいは変われたのではないかと思う。

まず何といっても身長が伸びた。それに伴い体重も増えたが、これで少しは虚弱体質から脱却できたはずである。

そして学校にも真面目に通うようになった。友達と言っていいのかはまだわからないけれど、そこそこ話せる人も増えてきて、漸く学校にも馴染んできたような気がする。

学業の成績だって良い方だ。

それだけではない。屋敷の人たちともちゃんと話すようになったし、以前より積極的に外に出るようにもなった。

他人から見れば些細な変化かもしれないけれど、私にとってこれは大きな変化だった。そしてそのことを、母も屋敷の人たちもとても喜んでくれた。


そうして10歳を迎えた私は、中々に順調な毎日を送っていた。

が、順調は順調でも何一つ悩みがないというわけではない。

むしろ悩みは日々尽きることはなく、10歳を迎えた今現在の私にも、大きな悩みが二つあった。





「はい。それでは皆さん。早速始めてください」


赤渕眼鏡をかけた、どこか神経質そうな先生の声を聞いて、私は小さくため息をついた。

ため息は、先生の声にわあっと騒ぎ立つ教室に一瞬でかき消される。

「俺が一番だ!」「いいや私よ!」と盛り上がるクラスメイトたちの声を背景に、私は自身の机の上を見下ろした。

そこに置かれてある物を見て、再びため息をつく。


「困ったな……」


思わず言葉が漏れた。

その机の上には、一つの石が置いてあった。

道端に落ちているような石よりは少し大きいが、それ以外は特に何の変哲も無い、ただの石ころ。

これこそが、私の今悩んでいることの一つだった。



私は10歳を迎えた。

そして10歳というのは、この世界では非常に重要な年齢である。

ある種のボーダーラインのような役割を持つ年齢。

日本で言うところの、20歳で成人するようなものといえばいいのか。いや、この世界でも20歳が成人であることに変わりはないのだけれど。

ただ、成人するれば今までできなかったことができるようになるのと同様、10歳になると、今まで出来なかったことが解禁されるようになるのだ。


それで、具体的に何が解禁されるのかといえば――――そう、所謂「魔法」と呼ばれるものが解禁されてしまったりする。





「一宮さん! 手が止まっていますよ!」


隣から鋭い声が飛んできて、私は体を大きく震わせた。

恐る恐る隣を見れば、目を三角に吊り上げた先生の姿が。


「ぼんやりしていないで、さあ、先ほど私が言った通りに実践なさい」

「は、はい!」


反射で返事をしながらも、正直気分はあまり乗らない。

だが隣で睨むようにこちらを見ている先生が居る限り、やらないという選択肢はなさそうだ。

私は観念して机の上の石を手のひらの上に乗せた。

石は微かに冷たかったが、やはりどこにでもある平凡な石である。

だがこの石が、今の自分には巨大な岩のように見えた。

思わずまじまじと石を眺めていれば、「早く!」と渇が飛んできたので、私は慌てて意識を集中させる。




この世界では、魔法は10歳になったら使っても良いという決まりがある。

というのも、一般的にこの世界の人間は、10歳になると魔力が安定するといわれているのだ。

逆にそれまでの間は、魔力の総量も不安定で、魔法を使うと暴発してしまうことが多い。

だからこの世界では、「お酒は二十歳になってから」ならぬ「魔法は二十歳になってから」という決まりがあった。

そしてそれに伴い、この学園でも10歳、四年生になると新たに始まるものがある。

その新しく始まるものというのが――――この、「魔法の授業」なのだが、私はこの授業が大の苦手であった。





先生の刺すような視線に居心地の悪さを感じながらも、私は手のひらに乗せた石へ自分の意識を集中させた。

そして先ほど先生が教えてくれたことを思い出しながら、深く息を吐く。

確か、自分の体中に流れている魔力を、手のひらへ集めるようなイメージを持てと言っていたはずだ。

その通りにイメージをすると、自分の体中に流れる魔力が手のひらへと集まっていくような感覚がした。

そして、次第に手のひらが温もりを帯び始めるのを感じる。

ここまではたぶん、ちゃんと先生が言っていた通りに出来ているはずだ。

グッと眉間に眉を寄せて、石を見つめる。

よし、いくぞ。

私は大きく息を吸い込んだ。そして。


「ふんっ!」


力んで思わず零れた声と共に、手のひらにあった石は見事に――――手のひらで微かに跳ねたのだった。

その様子を見て、私は体中から力が抜けていくのがわかった。

――――ああ、やっぱり駄目だった。

わかりきっていたこととはいえ落胆する。

そんな私の横で先生はワナワナと震えだした。


「い、一宮さん! あなたは本当に真面目にやっているのですか!?」


耳をつんざく様な高い声に思わず顔を引きつらせた。


「も、もちろんです先生。私、本当に真面目に……」

「では、あなたは私の話を聞いていなかったのですか!? 一体何をどうしたらそうなるというのですか!」

「し、しかし先生! この石、この間やったときよりも大きく跳ねましたよ!」

「だからなんだというのです! この魔法は石を跳ねさせる魔法ではなく、石を砕く魔法です!」


信じられないというような顔で声を荒げさせた先生に、私は堪えきれずため息をついた。

私は魔法の授業が苦手だった。

そう、私は驚くべきほどに魔法のセンスというものがないのである。





魔法について学び始める時期だとか、実際に使ったりできる時期だとかいう細かい話は、原作でも書かれていなかったことだ。

だから10歳になると魔法が使えるという話を初めて聞いたとき、私は心が躍ったものだった。


ここは日本という世界にとても酷似しているから忘れがちだが、この世界はファンタジーな世界なのだ。

日本という世界に、魔法やら龍やらを詰め込んだ夢の世界。

そんな世界に生まれたら誰だって魔法を使ってみたいと思うだろう。

私ももちろんその一人だった。

だからこそ、学校で魔法の授業が始まったときも私は浮かれていた。

炎を出したり空を飛んだりできるのだと考えていた。


そうだ。私はすっかり忘れていたのだ。

この世界はそんな簡単な世界ではないことを。

いつも思いのほか私に厳しいことを。


私は驚くほどに、魔法を使う才能に恵まれていなかった。




「いいですか! これは基礎中の基礎なのです。これができなければ、この先どんな魔法だって使えっこありません!」

「は。はい……」

「さあ! ではもう一度」


正直何度やっても同じだと思ってしまったが、言われたからにはやるしかない。

私は浮かない気持ちのまま、再び手のひらに乗せた石に意識を集中させた。

先ほどと同じように、体中に流れる魔力を一箇所に集めていくようなイメージをする。

そうするとまた、手のひらがじんわりと温もりを持ってきた。

そうだ。ここまではいつも上手く行く。

問題はここからだった。

私は大きく深呼吸をして、より集中するために強く目を瞑った。

ここから、手のひらに集めた魔力を勢いよく石にぶつけて、石を砕く。

よし。行くぞ。


「ふんっ!」


そして手のひらに思い切り力を込めたその瞬間。

石は手のひらの上で――――先ほどと同じ程度跳ねたのだった。


「は、はは……」


思わず引きつった笑みが漏れる。

これはもう笑ってしまうレベルだ。

むしろ笑うしかない。

隣にいる先生も頬を引きつらせた状態で固まってしまった。


「……だからどうしてそうなるのですか」

「す、すいません……」


変な生き物でも見るような目で見られても、できないものではできない。

出来の悪い生徒であることが申し訳なくなって、大人しく謝る。



これこそが私の一つ目の大きな悩みの種だった。

魔法が全く使えない。

これは正直予想していなかったことだった。

だって、自分は檻人として選ばれるような人間である以上は、魔力量は他に比べても多く持っているはずだ。

だから魔法だってすぐに使えると思っていた。

しかし魔力を多く保持していることと、それを上手く使いこなせるかは全くの別問題だった。

センス。性格。向き不向き。

そんな名前の壁たちが、私の行く手を大きく遮ったのだった。



全く、胃が痛い。

こんな問題誰に相談すればいいのかわからなかった。

母は普段滅多に魔法なんて使わないし、佳月は魔法が使えるのかどうかも知らない。

お手伝いさんたちに相談するというのも、少し躊躇う。

多少話せるようになったとはいえ、相談事をするというのは私にとっては大分ハードルの高いことだった。

まさに八方塞である。


――――いや。一人だけこういうときに相談すべき人物として思い当たる人はいる。

そう、父に相談するのだ。

父ならば話せばきっと何かしらのアドバイスをくれるだろう。

だが、相談しようにも最近父はこれまでよりも帰ってくる回数が減り、中々会う機会がなかった。

母によれば、父は最近更に仕事が大変になってきたらしい。

それに、たとえ父が帰ってきたとしてもちゃんと相談できるのかというと微妙なところだった。

父が帰ってこないことを残念に思うのと同時にそれでもやはり、父が帰ってこないことにどこか安堵している自分も居るのだ。

もちろん、父ともこれからはちゃんと向かい合うべきだと思う。

けれどどうしたって、父と話すのにはまだ大きな勇気が必要だった。




「ちょっと、一宮さん! 聞いているのですか!?」


ぼんやりと物思いにふけっていた思考を、甲高い声によって引き戻された。

慌てて声のほうを見れば、大変お冠な様子の先生が。


「あの、ええっと……何でしたっけ」


なにやら話していたらしいが、全く聞いていなかった。

誤魔化すように笑うと、先生は頬をひくひくとさせた。

また怒られるかなと咄嗟に身構えたが、しかし先生は怒りを抑えるように大きくため息を吐いた。

そしてため息混じりに言った。


「……全く。だからこんな単純な魔法すら使えないのです。お隣の如月くんを見習いなさい」

「え」


先生がそう言うのと同時に、隣の方から大きな歓声が上がった。

歓声につられてそちらに目を向ければ、一人の少年が大勢のクラスメイトの輪に囲まれていた。

クラスメイトたちのきらきらとした視線を集めるその少年は、しかし照れた様子もなく淡々とした様子で椅子に腰を下ろしている。


「さすが如月くんね。もう次の課題に取り組んでいるわ」


その様子を見た先生のどこか誇らしげな声を聞きながら、私はただでさえ憂鬱だった気持ちが更に憂鬱になるのを感じた。

そうだ。父のことも魔力のことももちろん大きな悩みだが、それと同じぐらいに、いやそれ以上に大きな悩みが今の私にはもう一つあることを思い出してしまった。



クラスメイトの中心にいるその無表情な少年は、姿勢よく机の椅子に腰をかけたまま、手のひらを体の前に出した。

手の平の上には私の持っている石よりも一回りも二回りも大きな石がある。

少年はその石を黙ってジッと見つめた。

瞬間、ぞわりとした感覚と共に微かな風が頬を撫でる。

そして瞬き一つしたその瞬間には、少年の手のひらにあったその石は――――一瞬で塵になり少年の手のひらから消えていた。

わあ! と更に盛り上がる歓声を聞きながら、私は本日何回目かのため息を吐く。



10歳になった私には大きな悩みの種が二つ在る。

一つは魔法を全く使えないこと。そしてもう一つはこの少年――――如月椿と同じクラスになってしまったことだった。


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