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従者と佳月



佳月は隣室の白いベッドの上に寝かされていた。

ベッドの上の体にはガーゼや包帯がぐるぐる巻きついていて、見た目だけでも彼の怪我の酷さがわかった。






「あの少年を、私の従者にしてください」


私がそう言ったとき、真っ先に慌てたのは、正樹さんだった。


「お、お待ちください凜様。それは一体どういうことですか」


父へと私の間に入ってくるように、正樹さんは慌てたような口調でそう言った。

私は正樹さんの方をちらりと見るが、すぐに視線を父に戻す。

そして、続けて言った。


「私、彼がとても気に入ったんです。彼を是非、私の従者にしたい」


言いながら、私は父から視線をそらさなかった。

父は私の言葉に驚いた顔をしたが、すぐに私の言葉の真意を探るようにジッと私を見つめた。



近くで正樹さんが焦っているのがわかったが、構うつもりはなかった。

正樹さんが納得しないのも予想の範囲内だ。

だからこそ、私は父に直接頼んでいるのだから。


私と父を取り巻く空気は静かだった。

父は唐突に我侭を言い出した私に、何も言うことはない。

ただ父の瞳は、私の心の奥底にあるものを汲み取ろうとしているかのようだった。

そして私もそれを拒絶しない。

あれだけ恐ろしかった瞳が、不思議と全く恐ろしいとは感じなかった。




「――――そうか」



どれぐらいの間見詰め合っていたのだろうか。

長い沈黙の後に、父は顔を伏せて「わかった」と呟いた。

そして。


「あの子を、お前の従者にしよう」


顔を上げると、その表情を和らげてそう言った。




「お、お待ちください当主様!」


ここでも黙っていられなかったのは正樹さんだ。

父の承諾に、正樹さんは焦りの声を上げた。


「勝手に何をおっしゃられますか! あれをやることはできません! 勝手に決めないでいただきたい!」


「何故?」


正樹さんの訴えに、父はちらりと視線をやると冷静にそう切り替えした。


「娘が欲しいと言ったんだ。何がいけない」


「だから、それは……」


父の傲慢にも取れるその態度に、正樹さんは言葉につまる。

正樹さんからしてみれば、身勝手な我侭をする権力者の娘とそれを快諾する親馬鹿な父親のように見えるだろう。

そして父もわざとそれを演じるように尊大ぶるものだから、正樹さんは用意していたであろう反論を言うことも出来ず、唇を引き結んだ。



「では、実際に彼に聞いてみることにしようか?」


しかし、そこで彼に助け舟を出したのも父であった。

ハッとした様に正樹さんが父を見る。

父は何事かを企むかのように、父と正樹さんのやり取りを静観していた私を見て、「ねえ?」と、いたずらっぽくウインクしてみせた。






そうして私達は、隣室の佳月の部屋を訪れたのだった。

佳月はどうやら既に目を覚ましていたらしかった。

横たわっていた佳月は、父や正樹さん、そして私が入ってきたとわかると、ゆっくりと体を起こした。

そしてそのまま、立ち上がろうとして、父に止められた。


「いや、そのままで構わないよ。休んでいるところをすまないね」


父に止められて、佳月は体を起こした状態のまま止まる。


「いえ、このような格好でお出迎えしてしまい申し訳ありません。

……それで……その」


佳月はベッドの上で頭を下げてから、父の後ろに居る私と正樹さんに視線を向けた。


「何か私に御用でしょうか?」


父に私に、そして正樹さんという顔ぶれに、さすがに佳月も困惑しているようだった。

佳月の問いかけに、父は「ああ」と頷いた。


「是非君に聞いてもらいたい話があるんだ。もっとも、それをするのは私ではないけれどね」


父はそう言って私のほうに視線を向ける。

佳月はそれに習うように私を見た。


「……凜様?」


私の方を見ながら、佳月は戸惑ったように首をかしげた。

私はそれを受けて静かに頷く。

そして、後ろで焦ったような雰囲気を醸し出す正樹さんが何かを佳月に言う前に、私は口を開いた。




「昨日はあなたを連れまわしてしまってごめんなさい。傷の具合はどう?」


佳月のいるベッドの傍まで近づきながら私はそう問いかけた。


「……いいえ、むしろ昨日のことを謝るべきは私のほうです。怪我も、見た目ほどたいしたことはありませから」


私の問いかけに、佳月は戸惑ったような表情を浮かべたまま答えた。

私は「よかった」と思わず笑って安堵する。

しかしすぐに表情を引き締めて、再び佳月に告げた。



「今日はあなたに、聞いてもらいたい話があってきたの」


私のどこか強張った声色に、佳月の表情は戸惑いの色を濃くする。

私は一つ深呼吸をして彼に言った。



「あなたに、私の従者になってもらいたい」


その言葉に、佳月は微かに目を見開いた。

金色の瞳が揺れる。

私はその瞳をジッと見つめて言う。


「嘘でも、冗談なんかでもないよ。私は本当に、あなたを従者にしたいと望んでいる。

だから一緒に、来てくれませんか」




顔では冷静さを保てているはずだが、正直私は必死だった。

私は自分が口下手であるという自負があった。

だからどうやったら私の本気が彼に伝わるのか、必死で考えて言葉を紡いでいた。


私の言葉に佳月は黙り込んだ。

悩んでいるのだろうか。

私の意図を読もうとするように佳月はジッと私を見つめる。

私もそれを見返すが、彼の考えていることはわからない。


「お、おい……!」


後ろでとうとう我慢できなくなったのか、正樹さんが声を上げた。



「今は凜と彼が話をしている。外野は黙っているべきではないかな」


「し、しかし……! ですが、そう、彼は私達にとって家族にも等しい存在なのです!

いくら当主様のご息女であっても、やはり勝手に決められては困ります!」


父の諌めるような言葉に、正樹さんは動揺を隠せない様子で声を荒げていった。

確かに彼の言っている言葉はもっともだ。

佳月を拾い、ここまで育てたのは彼らだ。彼を連れて行くことを、いくら当主の子どもの願いだとしても、そう易々とは承諾できないだろう。

だがそれは、そこに本当に親の情があればの話だ。

彼が佳月を手放したくないのは、愛だとか、情だとかそんなものではないのだ。

そこにあるのは、佳月の心も何もかもを無視した、ただの一方的な執着だ。




「……私は」


ちらりと正樹さんのほうに視線をやって、佳月は小さく言葉を漏らした。

けれどその先に言葉は続かず、再び佳月は黙り込む。


こんなとき彼に何て言ったらいいのだろうか。

例えば私が父の言葉で一歩前に進めたように、彼に何か言えたらいいのだけれど、私にはまるで思いつかなかった。

だって、彼がこれまで何を見て、何を感じて生きてきたのか、私は知らない。

だから、彼の足を止める枷を外す方法を、私は知る術はなかった。



長い沈黙が続いた。

私は彼が再び口を開くのをただ待つことしか出来ない。

数分、数十分、私はひたすら彼の言葉を待った。

そして長い沈黙の後、佳月は漸くその重い口を開けた。


「俺は」


しかし、佳月がその先を言う前に、先に沈黙を破るものがあった。




「――――ねえ。何をしているの?」


艶気を含んだ微かに低い女性の声が、私達の間を割って入った。

ハッとしたように佳月が顔を上げる。


「ねえ。あなたたち、私の大事な子に、一体何をしているの?」


再び繰り返された質問に、私は自身の背後を振り返った。

正樹さんも父も、驚いたように扉を見ていた。

いつのまにか開かれていた扉の前。


そこには、腰にまで届きそうなほどに長い黒髪の女性が立っていた。




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