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佳月の世界

※軽くですが、暴力や虐待のような、人によっては不快に思われる描写があります。

ご注意ください。



 自分の一番古い記憶は、薄暗い路地裏の黒ずんだ壁だと、原作で佳月は語っていた。






 この世界(ものがたり)は、文化や道具など、日本の世界に似せて作られてあるが、一つだけ、日本と決定的に違うところがあった。それは、この世界が君主制であるということだ。それの意味するところとはつまり、この世界には身分格差が存在しているのである。



 頂点に王が君臨し、その下に檻人の一族のような貴族、そして平民と続く。身分は大きくわけてこの三つにわけることができるが、しかし、細かく分けると、平民とよばれる者たちのなかにもさらに格差が存在した。「貧民」と呼ばれる、平民の中でも最下層にあたる層があるのだ。


 佳月は、その貧民と呼ばれる層にいた人間だった。






 佳月は物心つくころには、貧民街の隅の路地裏に転がっていたという。自分の両親が誰であるのかも、ここがどこであるのかも、そして、自分の名前すらも知らず、ただ、死ぬのを待っているような日々を送っていた。



 ただ佳月は、自分がこうなった原因だけは知っていたという。否、生きていく中で、理解させられたのだ。自分の姿が――――自分の目が、異端であるのだということを。自分を見た人間が、一様にこう言って逃げ出すのである。


 「あの目は、龍の目だ」と。




 かつてこの世界を荒らした龍は、この世界の人たちにとって恐怖と憎悪の対象だった。檻人の一族が貴族という、人々から崇められるような特殊な地位についているのはそのためだ。この世界の人たちは、徹底的に龍が嫌いだ。龍を連想させるものを受け付けない。だからこそ――――佳月を、人々は受け入れることができなかった。そう、龍と同じ、「金色」の瞳を持った佳月の存在を。





 その瞳を持って生まれてしまった佳月は、両親にも受け入れられずに、路地裏に捨てられたのだった。当然、奇異の瞳を持った佳月を拾うものなどおらず、佳月は物心ついたころには掃き溜めのような、薄汚れた路地裏にいた。どうして死ななかったのか不思議なほどに、そこは劣悪な環境だった。




 だから、そんな自分を拾うものが現れたのは、本当に偶然だったのだと言う。ある時、道の端に座り込んだ佳月を欲しい、という人間が現れたのである。

 一宮静音。彼女は、一宮正樹の妻だった。静音は、美しいものや珍しいものを収集する趣味を持った女性で、その忌避される瞳の色を覗けば、それは美しい容貌の佳月を一目で気に入り、屋敷へ連れ帰ったのである。連れ帰った佳月を、当然正樹を含めた屋敷の人間は嫌悪したが、静音に押し切られる形で佳月はそこで静音の従者として生活することになった。




 静音は、佳月を大切に扱った。母のように佳月に接し、学を教え、時には褒め、叱り、大事に育てた。屋敷の人間は、まるで佳月に魅入られたかのように佳月を屋敷におくことに固執した静音を最初は不審がったが、次第にそれもなくなっていった。静音と正樹の間には子ができなかったために、静音は佳月を自分の息子のかわりにしているのだと考えたのだ。佳月は次第に屋敷の人間にも受け入れられるようになり、佳月は何不自由ない生活を手に入れることになった。




 けれど、そんな日々も長くは続かなかったという。








 それは、ある日突然、予兆もなく起きた。否、あるいは緩やかに異変は起きていたのかもしれないけれど、でも誰も気づく者はいなかった。





 ――――今、あの子に話しかけた女中を殺せ。



 穏やかな毎日が繰り返されていたある日。佳月と話す女中の姿を見た静音が、顔をみるみる怒りの形相に変え、女中を殺せと使用人に命じたのである。そこでようやく周りの者たちは静音の「異常さ」に気づいたのだ。静音は、佳月を息子のようになど、かけらも思っていないのだ、と。母親のように暖かなはずだった、静音の瞳は、嫉妬で狂う「女」の瞳でしかなかったのだ。




 静音は、佳月を深く愛していた。けれど静音の佳月へ向けられた愛は、だんだんと常軌を逸していった。日を追うごと、年を追うごとに、それは異常なまでに重みをましていったのである。まるで、中毒のように。佳月という存在に、狂わされていくように。そしてそれは、――――まだ幼い佳月に「男」を求めるほどにまで。







 それに憤ったのは、一宮正樹だった。正樹は、佳月と夫人の痴態を目の当たりにし、怒り狂う。もともと正樹は、静音の関心を一心に奪う佳月をあまり快く思っていなかったから、正樹は箍が外れたように、激しく憤った。何度も殴り、何度も蹴り、散々佳月を痛めつけた。そして、傷だらけになり、息の浅くなった佳月を見てもまだその怒りは収まることがなく、正樹は佳月を離れにある小さな家に閉じ込めた。佳月は薄暗い部屋の中で鎖につながれ、軟禁され、静音は佳月と会うことを禁止された。




 だが、そうなっても、静音の狂気は納まることはなかった。否、むしろその狂気は増してしまった。



 ――――あの子を出して! 出さないなら、殺してやる!



 狂気で目を血走らせた静音が、そう言って正樹に詰め寄ったのである。まるで狂人のように暴れる静音を見た正樹は、彼女をおさめるために、佳月を外に出さざるをえなかった。



 そうして再び、佳月は静音のもとに置かれることとなった。だが、一見正樹は佳月と静音の関係を黙認したように見せかけて、その実佳月への怒りはおさまっていなかった。正樹は静音のいないところで何度も佳月を暴行し、そして、あの家に閉じ込めることを繰り返したのである。



 暴力をふるわれて、閉じ込められて、けれど静音によって連れ出されて、また暴力をふるわれる。何度も何度も、その繰り返し。

 夫人に異常に愛され、そして、それに憤る正樹に暴行を受ける。そんな日々が、延々と続くことになったのだ。





 ――――やはり、その瞳は災いを呼んだのだ。忌々しい、龍の瞳……!



 正樹は佳月を殴る時、佳月に向かって何度も何度もそう言った。全てはお前のせいなのだ、と。お前のその忌々しい瞳こそが、あいつを狂わせたのだと。その瞳にも狂気の色を見た佳月は、思った。



 ああ、結局この目か、と。佳月は自分の瞳に特に何の感情も抱いていなかったけれど、でも、この瞳が全ての元凶であることは、なんとなくわかっていたのだ。この目が、人を狂わせ、そして己の人生ですら狂わせているのだと。



 けれど。



 ――――綺麗な瞳ね。まるで、お月様みたいだわ。



 そんな佳月の前に、その瞳を見て、そう告げる少女が現れるのだ。佳月を不幸へと突き落とした瞳をみながら、「綺麗だ」と笑って佳月に救いの手を差し出した少女――――「凜」。


 彼女が、佳月の世界を全て変える。




 それはそう、神様のように。


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