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前世と私



 私、一宮凜には「前世の記憶」と呼ばれるものがある。物心ついたときから、この世界の自分とは明らかに違う自分が、ここではない場所で生きていた記憶があった。それは、とてもぼんやりとしていたもので、私自身が生まれながらにして持っていた記憶を、妄想ではなく「前世」なんだと認識できたのはつい最近のことだ。前世の私はまだ20歳そこそこの大学生で、どこかへ買い物に行った帰りに猛スピードで突っ込んでくる乗用車にぶつかり、その短い人生を終えた。

 未練たらたらの事故死だった。20年生きてきて彼氏なんて一人もいなかったし、両親に親孝行もしていなかった。友人たちにだって感謝の言葉一つ伝えてない。だから、最後の最後に、「生まれ変わったら、今度はちゃんとしよう」とかなんとかぼんやり思ったのだが。

 まさか、前世の記憶を持ったまま生まれ変わるなんて。

 そりゃあ前世の記憶があるわけだから、4歳児にしてはちゃんとしすぎているほどちゃんとしている子どもになっているわけだけれども、いや、この展開は予想していなかった。


 名前からしても、住んでいる家からしても、私の転生先は日本だったようだ。専門的なことはわからないが、自分が住んでいる家はかなり古い家のようで、所謂、豪邸と呼ばれる類の日本家屋である。漆塗りの天井や、部屋に敷き詰められた、い草の匂いがする畳。まだ子どもであるために、あまり広範囲を動くことを許されていないのでわからないが、縁側から見える庭の広さからしても、この家は相当にでかいのではないかと思う。なので、私は自分が「いいところのお嬢様」なんじゃないかと踏んでいる。



「凜さま、ぼんやりとされていますが、どうかなさいましたか?」


 私がそう考えるもう一つの理由は、自分には常に数人のお手伝いさんがつけられていることだ。今私の顔を心配そうに覗き込んでくる人は、私が生まれたときから世話係をしてくれている和恵さんだ。お手伝いさんがいることと、私の名前を様付けで呼ぶことから考えても、やはり相当なお金持ちの家であると窺える。


「だいじょうぶです。かずえさん。おとうさまにあうから、きんちょうしていただけです」


 まさか前世のことを思い出していたなんて言えないので、笑って誤魔化す。舌が思うように動かず舌足らずな話し方になってしまのが少し恥ずかしい。和恵さんは私の言い訳にホッとしたように笑った。


「そうでしたか。そうですね、今日は凜さまにとって、とても大切な日ですから。当主さまも、もう少しでお帰りになられますよ」


 今日は私が5歳になる誕生日だ。

 私の父――――今和恵さんが「当主様」と呼んだ人物なのだが――――は、仕事が忙しいのか会う機会の少ない彼も、誕生日には戻ってくる。父は、こういう家によくありがちな「厳格な父親」とは全くかけ離れていて、とても穏やかで、優しい人だ。明らかに普通の子どもと違う私に何か言うこともなく、会うたびに感極まったように私を可愛がってくれるので、たぶん、親ばかと呼ばれる人種だと踏んでいる。


 母のほうは、父と比べて少し厳しい人だ。冷たさを感じる美人な人で、所謂「教育ママ」さんだ。三歳のときに、家庭教師だといって、男の人をつれてきたかと思ったら、小学生から習うような内容の勉強をいきなり始められたときはさすがに驚愕した。私の中身が大学生でなければ、絶対泣いていた。


 残念ながら兄弟はいない。

 しかし、教育熱心なお母さんと、大勢のお手伝いさんに大事に育てられた私は、この広い家で暮らしていてもそれほど寂しい思いをせず、なかなかに順調な人生のスタートをきっていた。


――――それが、今日を限りに一変するなんて、思わずに。





「今日はね、お前に見せたいものがあるんだ」


 夕方になると、父は数ヶ月ぶりに帰宅してきた。

 いつものように、たくさんのお土産を渡された後、力いっぱい父の腕に抱きしめられた。父の年齢はわからないが、父の見た目は、「大人の男」と呼ばれそうな、色気むんむんのおじさまだ。私は父に抱き上げられたときにほのかに香る温かみのある香水の香りがひそかに好きだったりする。母と並ぶと、まさにお似合いの夫婦だと実感する。夫婦仲も、普通に良いはずだ。滅多に帰ってこない父だが、帰ってきたときの母に対する対応からみても、父は母をとても愛しているのだとわかるし、母も満更ではなさそうだ。


 父の帰宅後は、いつもよりも少し豪華な部屋で、いつもよりも少し豪華な料理を父と母ととる。誕生日は、いつもこうして家族団らんで食事をとるのが常であった。こんなに大きな家なのだから、パーティーのようなものをするのかなと当初は思っていたが、生まれて五年、母や父や、数人の家政婦さん以外の人と私は出会ったことがなく、パーティーのような華やかなイベントは一切行われなかった。ちょっと期待していたので、落胆したが、まあ、こうして家族で一緒に食事をするのも好きだからそれはそれで構わない。

 食事の後は、いつも父のお土産話や、私の近況などを話したりする。父はとても聞き上手で話し上手な人で、私は父と話すのがとても好きだ。しかし今日に限っては、いつものようなたわいもない雑談はおこらなかった。


 「見たいものがある」と、父が神妙な面持ちでそう切り出してきたのだ。




 見せたいものは外にあるらしい。父が帰ってくるということで着せられていた、いつもよりも明るい色の着物の上から、母が羽織をかけてくれた。外はもうすっかり暗くなっている。母は玄関まで一緒に来ていたが、そこからはついてこなかった。

 暗い道を、父に手を引かれて歩いていく。草履が少し大きいためか、たまに土が足に触れて冷たい。薄暗い道を迷いなく歩いていく父は、いつものおしゃべりがまるで嘘のように、ここまで一言も喋りかけてこなかった。父の手は少しだけ汗ばんでいた。


 庭の隅、ひとりでならば絶対にたどり着けないであろう奥まった場所に、父の目的地はあったようだった。毎日のように庭で遊んでいたが、初めて見るその建物は、建てられてから何百年も経っていそうな、古ぼけた蔵だった。しかし、何と表現したらいいのか、どこか神聖な空気を感じる気がする。懐から蔵の鍵らしきものを取り出した父が、蔵の鍵を開けた。ミシリ、と重たい音を立てて蔵の扉が開かれる。


 不思議なことに、明かりもついていないのに蔵の中は薄っすらと明るかった。古そうな内装だが、埃の臭いは全くしない。ただ、背筋をそろりと撫でるように、奇妙な悪寒が走った。思わず後ずさるが、後ろに父がいたために、逃げることは叶わなかった。促されるようにして、蔵の中に足を踏み入れる。

 ――――蔵に入った瞬間、私はこの部屋が明るかった理由がわかった。蔵にとりつけられていた窓から、異様に明るい月の光が差し込んでいたのだ。今までは特に意識したことはなかったのに、不意にその光が前世に比べてやけに明るい光のよう思えた。

 蔵に差し込んだ月の光は蔵の奥まったところにひっそりとある一枚の壁画を照らしていた。少し離れたところにあるので目を凝らさなければ見えない。私は惹かれるように足を踏み出し――――そして、壁画に描かれたものを見た瞬間、一瞬呼吸の仕方を忘れた。冷えた手で羽織をぎゅっと握り締める。



 その、美しくも恐ろしい金色の瞳に、私は射抜かれた。

 銀色の鱗の隙間からのぞくようにしてあるその金色の瞳の正体を、私は知っていた。


「龍……」


 壁画全体に描かれていたのは、これまで見てきた何とも似つかない、恐ろしいほどに美しい龍の絵だった。それを認識した瞬間、私は頭を鈍器で殴られたかのような、重い衝撃が全身を襲った。頭の中に流れ込んでくる、身に覚えのない記憶。いや、違う。これは、この記憶は。


 意識がふらりと遠のいた。



――――その瞬間、私は全てを思い出した。



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