乙ゲーよりお昼寝が大事です
はじめまして、たまと言います。
あ、本当は木下珠子です。
でも家族もクラスメイトも皆、たまってしか呼ばないから私はたまなのです。
趣味は昼寝、特技はうーん…勉強はそれなりに出来る方。
一応学年主席ですから。
今は聖肖学園の高等部二年生。
と言っても、始業式が昨日だったんですけどねー。
今日は入学式なんですが、何でも数年ぶりの外部生が入学してくるとかで、結構な噂になっております。
だってうちの学校中高一貫校なので。
高校から入るのって、すっごい難しい試験を合格しなきゃいけないらしいですよ。
優秀なんですねえ。
あ、そういえば、うちの学校は乙女ゲームの世界なんだそうです。
この前ポチが言ってました。
ポチっていうのは友達なんですが、まあその話はまた後で。
とりあえずポチが言うには、その乙女ゲームとやらが始まるのが今年で、"主人公"が噂になってる外部生みたいです。
だからどう、というのはありませんが、校内が荒れる恐れもあるので、気をつけろと言われました。
納得はしてませんが。
だって、一人でフラフラすんなって、何ですか。
ポチ達は私を小学生か何かと勘違いしてるんですかね。
……むう。
でも私は大人なので、文句は言わずに不貞寝するだけにしておきます。
だからポチのせいであって、別に入学式に出たくないとかそういうんじゃないです。
全部ポチが悪いんですよ?
私だって本当は入学式出たいんですから。
苦渋の選択なんです。仕方ないですよね。
おっきな桜の木の下に寝そべると、花弁がひらひら降ってきます。
綺麗ですが…ちょっと鬱陶しいですねえ。
でもまあ、ぽかぽかして気持ちいいので許しましょう。
では、お休みなさ…ぐう。
「…何をしている?」
「あっ、え、と……」
ふおっ!
びっくりしました。
サボr…いえ、不貞寝が見つかったのかと思いましたよ、ええ。
違いましたが。
こそっと木の陰から覗くと、見慣れた先輩と見知らぬ女の子が向かい合っていました。
胸に新入生が付けるコサージュがあるので、彼女が"主人公"なんでしょうか。
ちなみに私全学年の生徒の顔だけなら覚えてます。えっへん。
まあ、中等部からの付き合いですからね。
なので、私が見た事がないというのはつまり、彼女が噂の外部生なのですよ。
「今は入学式のはずだが?」
「す、すみません。迷ってしまって…」
うーん、これっていわゆるイベントってやつですかねー?
私はゲームを全くしないのでよく分かりませんが、そういうのに詳しい友達が教えてくれたのです。
彼女曰く、"主人公"が迷子になると大抵イベントが起こるらしいです。
しかも、話してるのは生徒会長さんですし。
道案内でもして、仲良くなっちゃうんですかね?
私はそんな事より、見つからないかが心配でならないんですけども。
「…そうか。講堂はあの鐘のある建物だ。あと少しで終わるから急げよ」
「…えっ…先輩は…?」
「俺は別の仕事がある。目の前なんだから一人でも大丈夫だろう?」
「は、はい」
彼女は何かを呟くと、行ってしまいました。
そして仕事があると言った先輩は、どういう訳かこっちに…ってもしや…バレて…!?
「……たま」
「ひゃい……」
「何してる?」
「お昼寝です…」
痛い!
痛いですよ先輩!
先輩は迷いなく私の前に来ると、容赦なくアイアンクローをかましてきました。
それから私の頭をぐしゃぐしゃと掻き回すと、隣に座り込みました。
「あれが"ヒロイン"らしいぞ」
「普通の子に見えましたけどねえ…」
「ま、それならそれでいいさ。問題を起さねえんならな」
そんな事を言う先輩はヤクザみたいな顔して、生徒思いのいい会長さんだと思います。
そうですねえ、と私が相槌を打つと、先輩で笑って立ち上がりました。
「さ、もう終わった頃だろ」
「…いってらっしゃーい」
「お前もに決まってるだろ。ポチが探してたからな」
覚悟しとけよ、と先輩は首根っこを掴んで、私の身体をひょいと持ち上げてしまいました。
じたばた暴れても、体格も力も差があり過ぎて効果がありません。
「いーやあー!」
「うるせえ。大人しくしてろ」
「人攫いですよ!助けてー!」
「あーはいはい」
端から見たら誘拐なのに、助けてくれるような優しい人もいません。
廊下にいた数人の生徒も、ああまたか、みたいな顔でこっちを見てきますし。
これじゃ私がいつも悪い事してるみたいじゃないですか!
たまにですよ!
月に四回くらいです!
今月はもう二回目ですけど!
「ポチー」
「あ?あー、辰樹先輩」
先輩が廊下の向こうに立ってたポチに声を掛けると、ポチがこっちを振り返りました。
それにしても、あ?ってガラが悪いですねえ。
ヤンキーみたいです。
見た目も金髪にピアスでヤンキーですけど。
でもポチにヤンキーとか不良って言うと、地味に落ち込むので言いません。
…からかう時しか。
「ほれ、やる。御神木のとこにいた」
「すんませんっす…」
「目離すなよー」
「うっす」
「首輪でも付けとけ」
「イヤです!」
首輪とか!
私はたまですが猫ではないのですよ!
慌てて拒否すると、先輩──竜王寺辰樹先輩は、ははっと笑って去っていきました。
ポチは私を辰樹先輩から受け取ってそのまま俵担ぎにして、教室に戻って…って下ろしてくれると思ったのに!
「はー…お前は…うろうろすんなっつったばっかだろうが」
「だって眠かったんだものー」
「じゃあ講堂で寝てりゃよかっただろ」
「お日様が私を呼んでた」
「気のせいだ」
歩く度に鳩尾を肩が抉って、地味にダメージが来ます。
下ろしてって言っても聞いてくれませんし。
ポチといい辰樹先輩といい、なんでこんな軽々しく人を担げるんでしょう?
いや、重いなんて言われたらそれはそれでその言葉を後悔させてやりますが。
女の子に重いは禁句ですよね。
「捕まったぞー」
「おーお帰りー」
「どこで寝てた?」
「御神木だってよ」
教室に入ると、クラスメイトが次々声を掛けてきます。
ポチはそれに一つ一つ返すと、やっと私を椅子に下ろしてくれました。
それから、隣の自分の席にポチも座りました。
あ、御神木っていうのは、私がさっきまで寝ていた桜の木の事で、樹齢が千年以上だとか、そこで告白すると幸せになれるとか、ありがちな伝説がある木です。
私としては単なるお昼寝スペースなんですが、そういう伝説とかって年頃の女子高生は好きですよねえ。
「ねえ、ポチ」
「だからポチって呼ぶなって」
「"ヒロイン"さんに会ったよ」
「無視か。おい。…で、どうだったんだ」
「うーん、辰樹先輩フラグ折ったんじゃないかなあって…」
思うんだけど、と言うとポチは暫く考え込んで、辰樹先輩のイベントを教えてくれました。
その前に何か言ってたのは聞こえません。
ポチはポチですから。
狼路なんて格好いい名前は許しません。
「最初のイベントは、入学式に遅れた主人公を辰樹先輩が案内する、ってやつだったはずだけど……お前連れて来たよな」
「うん。先輩自分で行けって言ってたよ」
「まじか。…ま、先輩を攻略すんのは無理だろうな」
ポチは納得したように、うんうんと頷いているけれど、どういう事でしょう?
あ、まさか女の子に興味が…でも、彼女欲しいって言ってましたし…。
巨乳で性格よくて料理上手い美人とか、女子ナメてんのかって言いたくなりましたけどね!
そういえば"ヒロイン"さんは…あれ多分Bカップぐらいでしたね、うん。
上げ底してたみたいですけど、私には分かります。
「巨乳じゃないと無理なのか…」
「別にそういうんじゃねえぞ」
「えっ?」
「辰樹先輩好きな人いるし」
「ええっ!?」
それはなんとまあ。
先輩はちょっとヤクザ顔ですが、それでもイケメンですし、生徒会長やるくらい面倒見がいいですし、あんな顔して甘党で可愛い物好きでモテるのです。
それなのに中等部からずっと彼女がいた事がないので、一時期は本当に男の方が…なんて噂もあったぐらいでした。
その先輩に。
好きな人。
誰ですかねえ。
私の知ってる人でしょうか?
まあでも、先輩の事なのでその内教えてくれるでしょう、きっと。
「そういや、お前後で説教だからな」
「………え、」
「危ないって自覚するまで続けるから」
おーまいがっ。
ポチのお説教は長い上に痛い所を的確に突っついてくるので、すごくお母さんに怒られている気分になるのです。
それはもう、ポチじゃなくお母さんって呼ぼうかと思うくらいに。
私が頭を抱えている間に、ポチは立ち上がって教室を出ていってしまいました。
うう。放課後が憂鬱です。
仕方なく私は本日二度目の不貞寝をしようと思います。
主人のいなくなった隣の椅子を失敬して、と。
私のと二つ並べたら、簡易ベッドの完成です。
後はホームルームだけなので、暫くはゆっくり出来るでしょう。
では、おやs…ぐう。
目を閉じて三秒と経たずに夢の世界へと旅立った私は、知りませんでした。
ポチがトイレに向かう途中、早速主人公と鉢合わせする事も。
そこで立つ筈だったフラグを、盛大にへし折って来る事も。
モブどころか登場する筈ない私が、物語の渦中に巻き込まれてしまう事も。
何一つ、知らなかったのです。
えんど。
感想お待ちしております。
皆様の一言が連載化に繋がる!…かもしれない。