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命の証

不都合なものは、不都合なものに引き寄せられていく。



僕はアパート目の前の大通りまで出るとあたりを見渡した。



昼間であったらこの大通りは交通量が多く車が走っているのをよく見かける。



夜になっても車のライトが眩しいはずがもう完全に夜が更けてしまい、信号機、外灯とコンビニの明るさしかない。



腕時計を見ると、すでに午前1時を過ぎている。



僕は停まっている一台のタクシーを見つけて、後部座席の窓をノックした。



自動でタクシーの後部座席のドアが開いた。



昼間と夜中の気温差がほとんど変わらない蒸し暑さ、そのためかタクシーの中はエアコンが効いていて異常なほど寒い。



いや、エアコンのせいだけであったらいいのだが。



僕はタクシーに乗り込み、タクシーのドアが自動的に閉まった。



ダン・・・・ダンダン。



ドアの閉まる音と、タクシーの窓を外から手だけが二つ張り付く音。



左手と右手、その二つが左右逆に張り付いている。



「どちらまで?」タクシーの運転手が少し眠そうな声で尋ねてきた。



「病院まで」僕の勤務先の病院を言うと、タクシーが動き始める。



しかし、タクシーに乗り込んでから窓に張り付いた手がずっと付いてきている。



ちらっと見えたが大きさからして女性の手のようだ。



だが、僕はそれを見ないようにタクシーの進む道を真っ直ぐ見る。



「なんか急に寒くなったね」タクシーの運転手がエアコンを止めてしまった。



ピピピピピ



僕の携帯が鳴り、電話に出た。



「はい、今向かってます。30分ぐらいで着くと思います」病院とのやり取りを終えて、もう一度窓を見た。



手は無くなっていて、夜の小さなネオンが僕の目の前を通り過ぎていく。



よく見ると、手は無くなっていたが手が押し付けた後だけはしっかり残されていた。



それを見て僕は大きなため息をついた。





病院の自分の部屋、ME室に行って急いで白衣に着替えて集中治療室に向かう。



夏の昼間の日差しの名残か、夜の病院の廊下はどことなくむさ苦しい。



集中治療室、ICUと言われる重症患者を厳重管理する病室である。



「先生、回路を作っていいですか?」僕は担当の医師に了解を得て、作業に取り掛かった。



簡単に言うと透析のようなもので、患者さんの血液を取り出して浄化させて患者さんの体に返す治療だ。



その血液が通るチューブを回路として作り上げていく。



透析の回路と患者さんが無事繋がれて、患者さんの血液がチューブを流れて綺麗にし始めた。



「治療時間は2時間だから」そう言って、担当の医師は患者さんの親族にこれからのことについて説明に行った。



僕は治療が始まって、トラブルさえなければ基本的に暇だ。



「何かあったらピッチに連絡してください」僕は看護師さんに言って、ICUを後にする。



職場のME室に行くと、消していたはずの電気とエアコンがついていた。



当然、こんな真夜中にME室は僕一人しかいない。



僕は息をのんで、ME室の扉を開ける。



ME室は二つの部屋に分かれていて、一つは部品置き場と機械を清掃する部屋。



もう一つはパソコンや、休憩室。



窓が一つもなく、外が朝なのか夜なのか晴れなのか雨なのかすらわからない。



入ってすぐの休憩室には誰もいない。



部屋をくまなく見たが、やっぱり誰もいない。



僕は大きなため息をついて、休憩室にあるソファーに横になった。



時計を見ると、すでに午前5時。



眼を瞑ってみたが眠れそうになさそうだ。





ピ  ピ  ピ  ピ  ピ  ピ。



何か音が聞こえてくる。



規則正しい・・・・これは・・・・・・心電図の同期音。



誰かの心臓の鼓動の音・・・・・生きている証拠だ。



ふっと僕は夢に落ちていることに気づいて、眼を開けた。



時計を見ると、すでに6時半。



何の変哲のない職場。



僕は電気とエアコンをつけたまま、ICUに向かった。





バタン!



思いっきり扉の開く音が聞こえてきて、僕は目を開いた。



時間は午前8時、たったの1時間しか眠れていない。



しかも、この時間にME室の扉を開けるってことは僕の上司だ。



岩国いわくにさん、おはようございます」僕はベットから立ち上がった。



「おはよう。悪いな、碓氷うすい。代わりに出てもらっちゃって」岩国さんは暑そうに帽子を外して机の上に置いた。



僕の名前は碓氷怜治うすいれいじ、上司は僕の8歳上の小柄の男性、岩国毅いわくにつよし。岩国さんは大ベテランだ。



この職場には僕と岩国さんしかいない。



「なんだ?この部屋は。エアコン効きすぎじゃないか?」岩国さんは部屋の隅にあるエアコンのパネルを眺めた。



設定はいつも通りの26度だ。



「碓氷、また変なところに行って貰ってきたんじゃないだろうな?いい加減にしろよ、お前もうすぐ30になるんだから」岩国さんは訝しそうに僕を見ている。



「最近は肝試しは行ってないですって」僕は必死に否定した。



本当は幽霊なんて信じていない岩国さんだったが、去年僕が持ってきてしまった霊で大変な目に合っている。



僕と岩国さんは霊感というものもなく見ることもない。



だが、岩国さんの周りに異常なぐらいポルタ―ガイスト現象が多発したため、霊の存在を認めるしかなかった。



岩国さん本人は自分自身に「霊はいない」と言い聞かせているらしいが。



「でも、寒いぞ」岩国さんはさっさと白衣に着替えた。



「エアコンの調子が悪いんじゃないですかね。中央監視室に連絡しときます」僕は部屋の電話で監視室に電話を入れた。



夜中のタクシーの手やME室の電気、その他の出来事は秘密にしておこう。



電話に監視室のおじさんが出たので、エアコンの調子を見てもらうように頼んだ。



きっと、エアコンを見てもらっても何も出ないだろうな。





僕はもうすぐ三十路を迎えようとしているのだが、心霊スポットに行くのは大好きだ。



確かに、心霊スポットに行くのりとは思えない年齢だと思う。



でも、手が見えるとか冷気を感じるとか、こんなにはっきりした心霊現象は今まで初めてだ。



しかも、この現象が始まったのは数日前。



家で誰かの視線を感じたり、家の中の物がいつの間にか移動していたり。



今日の全ての機械の点検が終わり、僕はパソコンの前に座った。



このME室は窓がないため、いつも時間の感覚が分からないい。



岩国さんは岩国さんの息子さんが急病のため、今日は午後から早退してしまった。



時計を見るとまだ午後5時。



明日でもいいんだけど、とパソコンに機械の点検の記録を打ち込んでいく。



「ちっ、まただよ」僕はため息を漏らした。



文章を入力していくと、文字が突然ひらがな入力からアルファベット入力に変わってしまっている。



手がキーにあたってしまったか?



でも、これは岩国さんが入力していても変わってしまう時があると言っていた。



ききせいzyou。



機器正常と書こうとすると、いつも途中でアルファベット入力になる。



僕はハッとしてゴクッと息をのんだ。



you?あなた?



「ん?」僕はディスプレイの汚れが気になったが、すぐさまパソコンの電源を落とした。



間違いない、直感で分かった。



ディスプレイの汚れじゃない・・・・・人の眼だ。



明らかに自分のディスプレイに反射して映る目より小さい。



その眼がこちらをじっと見つめている。



僕は悲鳴を上げるのを堪えて、走ってME室を後にした。





「なんだよ、いったい?」病院の外に出た僕は膝に手をついた。



僕は大きなため息を漏らして駅へと歩きだす。



背後が気にはなるが怖くて振り返ることが出来ない。



丁度良く自分の住む町に行く電車に乗ることが出来て、僕は椅子に座った。



もう、何も見たくないので僕は眼を瞑る。



僕はパッと目を開いた。



思い出した、この現象の前におかしなことがあったことに。



そうだ、朝の通勤ラッシュのときだ。



僕は椅子に座って眼を瞑ってうとうとしていたら、何か顔に当たっているのに気付いた。



なんだよ、カバンでも当たってるのか?と思って眼を開けたら僕は硬直してしまった。



長い髪の毛の高校の制服を着ていた女性が僕に口づけしていたのだ。



眼を丸くしている僕をしり目に、女性は唇を離して隣の車両に行ってしまった。



そうだ、それからこの現象が始まった。



よく考えると、朝っぱらから男女が口づけしているのに周りの乗客はあまりに無関心すぎた。



ということはあの女性は幽霊だったのか?



僕はもう一度目を閉じた。



結構タイプだったのに、とか考えている僕を自分で、アホかそんなこと考えている場合じゃないだろ?と叱咤した。





「生霊・・・ですか」僕は呟いてしまった。



岩国さんはやっぱりこいつかと僕を見ている。



休日の午後、僕は岩国さんに言われるままお寺にお祓いに来ていた。



実は岩国さんが前回ポルタ―ガイスト現象で困ったときに助けてもらった由緒正しいお寺らしい。



「もらってきたという感じではないですね」とお寺の住職は僕を見ている。



「だから、僕は心霊スポットに行ってないんですよ」と岩国さんに言って胸を撫で下した。



「原因はわかりませんが、この生霊が碓氷さんに相当好意を持っているようです。何か心当たりは?」住職に言われて、僕は首を傾げた。



この4,5年と言わずに、恋愛に関しては失敗してばかりでいいことがまるでない。



「フラれることはあっても、好意を持たれるってのはないですが」



「それは分からないだろ?どんなきっかけだって好意て言うのは0ではないからな」岩国さんが言うが、やっぱり何も思い出せない。



「岩国さんの言うとおりです。自分がどんな些細なことと思っていても、相手にとっての受け取り方は違うものです。この生霊は何かに気づいてほしいみたいですけど、特に害があるわけではないから大丈夫ですよ」住職は僕と岩国さんにお守りを渡した。



「でも、住職。その何かを気付かないとこの現象が終わらないんですよね」岩国さんはウンザリするように言う。



住職ははっきりと首を縦に振った。



「ありがとうございました」僕は住職にお礼を言った。





「まぁ、焦らずゆっくり思い出してみろよ」岩国さんはそう言ってお寺の前で別れることになった。



僕は最寄りの駅に歩いていく。



あんなこと言われても、いったい何を思い出せばいいんだ。



僕はぶつくさ言いながら、電車に乗り自分の住むアパート近くの駅まで来た。



歩いていくと自分のアパートが見えてきた。



アパートの前は結構大きな十字路になっていて、この前あまりに事故が多いということで歩車分離信号になっていた。



ボーっと信号が変わるのを待つ僕に、目の前を高速の車が通り過ぎていく。



僕はふっと強い力で左肩を締め付けらて、体が凍りついた。



明らかに手で握られている。



その瞬間。



パッパッパッパッパーーーー!!!!



耳をふさぎたくなるようなトラックのクラクション。



目の前すれすれを大型トラックが通り過ぎたかと思ったら、大型トラックは片方の車輪が浮いてバランスを失い信号機に勢いよく突っ込んでいく。



ドン!!!



この世のものとは思えない金属がつぶれる音と地響きが唸る。



徐々に野次馬が集まってきた。



僕は足が震えるのを抑えて、自分のアパートに逃げ込んだ。



どこが、害がないだよ!



僕は叫びそうになりながらも、4階の自分の部屋に入って玄関に鍵をかける。



僕は急いで携帯で岩国さんに電話した。



「早く出てくれよ、岩国さん!!!」僕は呼び出し音に向かって叫んだ。



僕は部屋の窓からふっと事故現場に目が向いた。



たくさん、野次馬がトラックの方を見つめている。



遠くからも救急車と消防車のサイレンが聞こえてきた。



その野次馬の中に、一人だけトラックとは明後日の方向を向いている人がいた。



その人が見る明後日の方向の先にいる人物は、僕だ。



女性が黒いワンピースの格好をして僕をじっと見ている。



眼が合っているはずなのだが、女性の眼は陽ざしでぼけて見えない。



女性は右手に紙コップのようなものを持っていて、僕を見ながら紙コップに入っている液体を飲みほした。



女性は口を大きく開けて舌をこちらに見せると、口の中は真青になっていた。



ふっと何かに引き込まれるように、僕は意識を失ってしまった。





僕は眼を開いた。



僕は自分の部屋に横たわっているのを確認できた。



部屋はもう真っ暗で、目の前にあるのはカーテンとカーテンレーンに吊るされた服が数着。



僕は意識がはっきりしてはいたが、金縛りにあったように体が動かない。



カーテンレーンに吊るされた服をずっと見ていると、ある違和感に気づいた。



服の中にジーンズがかけられていたが、片方のジーンズの裾からマネキュアをした足が現れている。



よく見ると足が出ている方は足を通したような立体的なふくらみがあった。



ふと、その太ももあたりがドス黒くなっていくのが分かる。



それが徐々に下まで伝わっていくと、ほのかに鉄の香りがした。



ピチャ、ピチャッと液体が滴る音が聞こえてくる。



早く意識を失ってくれっと願っていた僕だが、突然体が仰向けになった。



ズッ ズッ ズッ。



フローリングをするような音が僕の足の下から聞こえてきた。



その音がどんどん近づいてくると、僕の上を登ってくる何かがわかる。



すっと、僕の視線の下側に女性の顔が現れた。



僕が恐怖でガチガチと歯を鳴らしていると、その女性は僕に口づけをしてきた。



その女性は朝眠っていた時にキスされた女性と一緒だ。



僕は顔を確認すると瞬間的に記憶がぐるっとまわり、思い出した。



女性の口の中が青くなった液体、あれは自殺でよく使われる除草剤のパラコート。



そうだ、半年前の一家心中の女の子。



当時十七歳の女の子は親を信頼していたが、無理心中で毒物を親に騙されて飲んでしまう。



しかし、女の子は本当は心中することを悟っていた。



そのため怖くて服毒があまくて生き残ってしまったことが、親に対する裏切りだと感じていた・・・・・まてまて、おかしい。



あれはただの一家心中として処理されはず。



僕は女の子の気持ちとか、何でそんなことまで知っているんだ?



僕の瞳から涙がこぼれてきた。



口を離した女性は少し悲しい表情をする。



そして、女性は僕の耳元に口を近づけた。



「え?」僕は女性に聞き返す間もなく、すっと意識がなくなっていった。






今日も休日なのだが、僕は目が覚めるとすぐに病院に向かった。



ME室に着くと、パソコンを立ち上げてカルテを見ていく。



「やっぱりな」僕はパソコンの前で呟いた。



佐倉智美さくら さとみ

半年前、一家心中でパラコート服毒。

病院に緊急搬送された。



その時、僕は彼女に対して解毒の透析の治療を行っていた。



足には自殺未遂の刺し傷があったから、抗凝固薬に注意したのを覚えている。



病院の電子カルテで調べてみると、彼女はまだうちの病院に入院しているのが分かった。



一瞬躊躇したが、僕は彼女の病室に向かうことした。



僕は白衣に着替える。



病室まで来て、ノックをした。



返事がないので、ゆっくりと扉を開ける。



「すみません、機器の点検で」と言い訳がましく言って、病室に入った僕は固まってしまった。



彼女は今でも意識を取り戻すことが出来ず、ICUにいた時と同じように人工呼吸器に繋がれていた。



僕は緊急搬送されて意識のない彼女に治療を行い、その治療の合間に僕が彼女の様子を見に来て言った言葉がある。



「遊びたい盛で可愛そうに・・・・・・・・・元気になったら、このおじさんが君の彼氏になって遊んであげるよ。あ、でも17歳は難しいか。じゃ、18になってからな。だから元気出して生きろよ」確かに僕は意識のない彼女に極めて明るく語った。



僕は彼女の事情の憐みと、そして彼女の飲んだ毒物が致死量に達していることを知っているからだ。



あの心霊現象が始まったのは彼女の誕生日、18歳になってから。



こんなおっさんのくだらない言葉をよく覚えていたもんだ。



僕は大きなため息を漏らした。



あのトラックの事故も僕を守ってくれていたのか。



「こうやって、僕たちがまた出会うことに何か意味があるのかな」僕は意識のない彼女に呟いた。



ふっと僕の顔に風が通り過ぎて、彼女の生霊が耳元で囁いた言葉が聞こえてきる。



「あなたが生きろって言ったんだよ」



「うん、そうだ。わかった」僕は小さく肯いた。



ピ  ピ  ピ  ピ  ピ  ピ



規則正しい心電図の同期音。



誰かの心臓の鼓動の音・・・・・間違いなく生きている証だ。


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[良い点] 言葉で表すことはできませんが、読み終えるとなんだか少しじんわり来るものがありました。 [気になる点] ホラー……か? あんまり怖くはなかったです。むしろちょっと感動しました。 [一言] …
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