弐。 立ち上げろ若人。
四月下旬、うららかな陽気のある日。窓際の席を割り当てられている私は、ぼーっと日の光を浴びまくっていた。意外に思われるのだけど、私は日光浴が好きだ。その原因の一端は、多分私の持つ微能力にあるのだと思う。即ち、頭上に咲いているこの花。
どんな場所に咲いていようと花である以上、光合成が必要なわけで、小さい頃から私は自然と日陰より日向にいることが多かった。そして、今のようにぼーっと日光浴していると、ものすごく満ち足りた気分になるのである。こういう経験や長年の付き合いによって、私の微能力についてわかったことが一つある。それは、この花と私の気分及び体調は連動している、ということだ。私が元気だと花も元気になるし、その逆もまた然り。更に、花の種類自体も私の気持ち一つでころころ変わる。ちなみに今咲いているのは小さめの向日葵。日光浴にこれ以上的確な花もそうないだろう。ちょっと季節はずれかもしれないけど。
「部活動を立ち上げようと思う!」
そんなことを考えながら日光浴に励んでいると、背後からいつもの大声で不穏な単語が聞こえた。こういうときは無視に限る。
「聞いているか一咲!部活動を立ち上げようと思うのだよ!なぁ聞いているのか!一咲!」
だんだん声が大きくなってくる。……これ以上放っておく方が面倒そうなので、渋々声の方に顔を向けると、自信満々な立ち姿の輝木がいた。いつも思うんだけど、どうしてこの男は腕を組んで立つのかしら。ただでさえ怪しい格好してるんだから、人に威圧感を与えるような行動は控えたほうがいいわよ。
「何を言っているんだ!こっちのほうがカッコイイだろう!」
その辺の感覚は私にはわからん。
「で、部活動だっけ?勝手にやればいいんじゃないの」
「うむ、そうする!ただ人が足りなくてな!部活を立ち上げるには四人の所属部員が必要なのだよ!」
一応補足しておくと、うちの学校は部活動に関してフリーダムだ。活動の最低条件は、『部員が四人いる』こと。これさえ満たせば大抵の部活は活動を認められるため、うちには結構な数の部活動が存在している。
ただし、新設した部が部費や部室を得るためには、それなりの成果を出す必要がある。分かりやすい例で言うと、全国大会出場とか。こいつが立ち上げようとしてる部活に全国大会があるかは知らないけど……多分ないでしょうね。そもそも競技をする部活かすら怪しい。つまり、こいつの部活に部費や部活が割り当てられることは多分未来永劫ない。
「差し当たって俺と一咲と明智と番場と六路の名前で申請しようと思っている!」
……いや、五人いるじゃん。四人必要なんだから、私いなくてもいいじゃん。
「分かっていないな一咲!一咲含む四人を誘ったことにはちゃんと意味があるのだよ!」
「何よ、意味って」
「それはな!」
待ってましたとばかりに輝木は私をズビシッ!と指差し、
「……………………………」
クイズ番組の司会者みたいなタメをたっぷり作った。何この沈黙。ムカつく。
体感にして約三十秒後。ようやく輝木が口を開いた。
「俺はこのメンバーで部活がしたいからだ!!」
……いや、うん……びかびか光りながら発言してくれてるとこ悪いけど。
「知らんわ」
十年来の付き合いとかならまだしも、私たちまだ知り合って一ヶ月ですよ?もうちょっとお互いのこと探る時間があってもいいと思うんですが。つーか探らせろ。主にあんたの危険度を。
「冷たいな一咲!だがその冷たさが必要だ!」
今度はズビシッ!とサムズアップ。
「一咲には是非、俺のストッパーとして参加してもらいたい!」
「何その聞いただけでげんなりする役割」
デメリットしかないよね、それ。
「そうそう、肝心の活動内容だが!放課後に説明するから、一咲もその時一緒にいてくれ!頼んだぞ!」
うん、ちょっとは人の話聞け?
という顔をしてみるものの、私の顔は紋字のように面白く出来ていないので、輝木に私の意思は全く伝わらなかった。大股歩きで席に戻っていく背中を、ジト目で見送る。
「はぁ……」
とりあえず、説明会には参加することにした。変な活動されても困るしね。
と、そこまで考えて思った。
これ既にストッパーとして動いてないか、私?
何やら釈然としない気持ちを抱えたまま、放課後になった。教室には、輝木を含めて「六人」が残っている。追加されたメンバーは……言うまでもないわね。
「全く、この紋字さんを忘れるとは仕方ないヤローだな!まぁ今日のところは許す!」
紋字の顔には『仲間に入れて下さい』と書いてあった。久美子が油性マジックを取り出していたけど、話が進まなくなりそうなのでそれとなく止めておく。……舌打ちされた。
「皆忙しいところを集まってもらってすまない!俺が立ち上げようとしている部活の説明をさせて貰おうと思ってな!」
「気にしなくていい。どうせ皆帰宅部だ」
久美子の言葉にうんうんと頷く、明智と亜衣ちゃんと紋字。私が言えた口じゃないけど、なんかやることないのかお前ら。
「今のところはないよ。でも輝木くんの部活に参加したら、やることが出来ると思ってさ」
そういう考え方もあるか。ていうか、明智はちゃんと参加する気あったのね。てっきり幽霊部員化するもんだと思ってたわ。いつ死んでもおかしくなさそうな見た目してるし。血まみれの。
「ははは、死んだらリアル幽霊部員になるね」
「……」
「ああ、死ぬつもりはないから安心して」
「うん……」
この二人は青春してるなぁと常々思う。甘酸っぱくて大変よろしいんじゃないでしょうか。若干一名、顔が『バカップルめ!』になってるけど。
「バカップルめ!」
口にも出してた。
「で、話していいか?」
「どうぞ」
そのために集まってるわけで。むしろさっさと説明してほしい。
「では、部活の説明だが!簡単に言えば、ボランティア活動のようなことをしようと思っている!人助けだな!」
「へぇ、案外まともじゃない。黒ヘルの布教活動でもするのかと思ってたわ」
「そんなわけないだろう!」
即答する輝木。あんたに真面目に否定されると腹立つな。
「んだよー、もっと青春できる部活動にしようぜー」
呼ばれてないくせにうるさいやつね。あと、『VIVA青☆春』とか堂々と顔に書くな。見てるこっちが恥ずかしい。
「下心丸出しだな……」
久美子は呆れ顔をすると、首を伸ばして頭だけ紋字から距離を取った。
「下心丸隠しよりマシだろ」
どっちもどっちじゃなかろうか。
「あの……私は、いいと思う……」
「な!番場も下心丸出しの方がいいよな!」
「いや、どう考えてもそういう意味じゃないでしょ」
明智のフォローにものすごい勢いで頷く亜衣ちゃん。
「部活の内容の方……ボランティア精神って、大事だし……」
「僕もいいと思うよ。情けは人の為ならず、ってね」
「私も賛成だ。しない善よりする偽善と言うしな」
なんかこの二人、微妙にシビアなこと言ってる気がする。
「皆乗り気なようで何より!一咲はどうだ?」
「その皆に俺入ってないよね、もしかしなくても」
紋字のことはほっといて。輝木の語った活動内容――といっても、ほんの一行で足りるような説明だったけど――は、悪いことじゃない。いつまでも帰宅部してるよりは、輝木の部活に参加したほうが充実した学生生活になりそうだとも思う。反対する理由は特に見当たらなかった。とはいえ無論、嫌になったらさっさと辞めるつもりだけど。
「いいんじゃないの?悪いことしようってんじゃないんだし、活動許可も下りるでしょ」
ただ、部費や部室の使用許可は下りないだろう。その辺のこと輝木は考えてないんでしょうね。実際に部を立ち上げてからがめちゃくちゃ大変そうだ。まぁそういう部分の苦労は輝木にしてもらえばいいか。というかしてもらわなきゃ困る。
「では、満場一致だな!」
チョークを持ち、輝木はカカカカッと黒板に大きな文字でこう書き込んだ。
『人助け部』
「……えーと。名前はもうそれで決定なわけ?」
恐る恐る聞いてみると、高笑いが返ってきた。
「モチのロンだ!名前は分かりやすいほどいいからな!」
「……ま、いいけど。じゃ、次は役職決めね」
先述した最低活動条件の『部員が四人いる』こと。これは、部活を申請する際に四つのポストに最低一人ずつ人を割り当てる必要があるためだ。ちなみにそのポストとは、部長、副部長、会計、書記である。
「部長は当然俺だな!」
『社会奉仕部』の横に、『部長:俺』と書く輝木。誰からも異論は出なかった。言いだしっぺなんだから当然よね。
「副部長は一咲さんかな?」
またしても誰からも出ない異論。マジでか。
「私、そういう面倒な役職はパスしたいんだけど……」
「そうは言うが、私たちを実質まとめあげてるのは一咲じゃないか」
そんなことを進んでしてるつもりはない。ただ、輝木は一人で突っ走るタイプだし、久美子はマイペースだし、明智は笑ってるだけだし、亜衣ちゃんはあんまり喋らないし、紋字はバカだから……自然と余った私が話を進めないといけなくなってるだけ。
「それをまとめあげてると言うんだ。輝木も異存ないだろう?」
「うむ!というより、俺も一咲を副部長にするつもりだったからな!」
ストッパーとして、か。だからって、副部長になる必要はないはずだ。役職に就いたら辞めにくくもなるし。どうしたもんかと悩んでいると、亜衣ちゃんがおずおずと手を挙げた。
「えと……私も、華ちゃんが副部長になるの、賛成……」
「俺も賛成。つーわけで、満場一致だぜ。どうすんだ、一咲」
……面倒だけど、しょうがないか。いつまでも反対していても時間の無駄だろう。
「言っとくけど、部長の尻拭いをするつもりはないからね」
「構わんよ!では副部長は一咲、と!」
黒板に『副部長:一咲』と書き込まれた。
「次は会計だな!これは六路にお願いしたい!」
「了解した。私が一番数字に強いだろうしな」
自分で言うだけあって、久美子は成績優秀である。知り合いたてでなぜそんなことがわかるかというと、入学初日に学力テストが行われたからだ。成績には関係しないという前置きのもと行われたそのテストで、久美子は数学に限らず全教科で平均を大きく上回る成績を叩き出している。というかぶっちゃけ、学年トップだった。
「しかし部費は下りるのか?この部活」
「はっはっは!それは会計の説得にかかっていると言っていいだろう!」
無責任な部長。しかし会計の方もノリノリで、
「あいわかった。首を長くして待っていろよ、皆」
にょろにょろと首を伸ばしていた。これはあれか、ツッコミ待ちか。
「マジ頼むぜ、六路。金があるとないとじゃ大違いだからよ」
「わかっている。首を長くして待っているといい」
……意外とめんどくさいなこの女。ちらちらこっち見ても絶対にツッコミ入れんぞ、私は。副部長はツッコミ役のポストじゃないんだから。
「次は書記だな」
というわけで、結局久美子のボケは放置されたまま話は進んでいった。
「おっし、それは俺がやるぜ。文字といったら俺だろ」
紋字が親指で自分の顔を指した。ちょっと前まで文句言ってたのに、変わり身が早いというか……まぁ顔がメモ帳になるわけだし、適任といえる。
「俺の顔はメモじゃねぇっつの!お前ら知らねぇだろうけど、字は綺麗なんだぜ俺」
『自慢じゃないが』と、紋字の顔に達筆な文字が浮き上がった。確かに達筆だけど、別にこれは紋字が書いてるわけじゃない。あくまでも紋字の微能力で浮かび上がってるだけだ。
「いやいや、この顔の字な、俺の字に超近いぜ。つーかコピペレベルだ」
そう言ってノートを取り出し、適当なページをこっちにめくって見せた。
「わ……すっごく、上手……」
「本当だ。ちょっとよく見せて」
ノートをひょい、と明智が取り上げた。
「うおおい!血!血!」
叫び声を無視し、明智が開いているノートを覗き込む。そこに書いてある字は……認めたくないけど、確かに達筆だった。言われてみれば、いつも紋字の顔に浮かんでいる文字によく似ている気もする。首だけ明智のほうに寄越した久美子も、感嘆の声を上げている。
「人間一つぐらいは取り柄があるものだな……」
「はっはっは!もっと褒めたまえ!あ、あと血は拭け!」
紋字は久美子にバカにされてることに全く気付いていなかった。とことん幸せな脳内構造をしているやつ。
「僕と亜衣ちゃんは平部員でいいの?」
「明智は知らないけど、亜衣ちゃんは癒し係でいいんじゃない」
「い、癒し……?」
「採用だ、副部長!」
……適当に言ったのに。
「よし、これで申請に必要な決め事は決まった!後はこれに諸々記入して提出だ!頼むぞ書記!」
「オッケー、初仕事だな」
こきこきと肩をならし、紋字はペンを取った。輝木の指示に従い、申請書類の空欄をさらさらと埋めていく。
部活動名:社会奉仕部
活動内容:困っている人を助ける
所属部員名及び役職
1-C : 輝木正義 :部長
1-C : 一咲華 :副部長
1-C : 六路久美子 :会計
1-C : 紋字紙彦 :書記
1-C : 番場亜衣 :癒し係
1-C : 明智流
「うう……本当に書いてる……」
亜衣ちゃんは自分の名前の横に書かれた役職を見て肩を落としていた。うーん……余計なこと言わなきゃ良かったかな。
「まぁまぁ、いいじゃない。ほら、僕の血でも飲んで元気出して」
ぽたぽた血の滴る指を差し出す明智。
「……ちゅー」
飲むんかい。
「ちっっっっっっっっっっっっっっっとも羨ましい!!」
「はいはい。で、これどこに出すの?」
「とりあえず担任に提出だな!後は俺に任せてくれ、今日は解散だ!」
紋字の手から書類を引ったくり、輝木は意気揚々と職員室へ向かっていった。結構な輝度が出ていたことは言うまでもない。
「忙しい男だな、本当に」
「まぁ部長ならあれぐらい行動力あった方がいいんじゃないかな」
「少なくとも、何もしないやつよりマシなのは間違いないわね」
「そう言って俺を見るな!俺が何もしないみたいだろーが!今日も仕事したのに!」
「……ちゅー」
あの様子じゃ、副部長に仕事が回ってくることもそうないだろう。少し安心。
部長命令もあったことだし、私たちは解散することにした。
翌日。私の机の上には、ダンボール製の無駄にでかい箱が置いてあった。机の三分の二以上を占拠する特大サイズだ。すごく邪魔です。
「何これ」
「そこに書いてある通りだ!」
輝木が指差した面を見てみる。そこには、『お悩み募集BOX』と書いてあった。達筆で。
「人助けするためにはまず、困っている人を見つけないといけないだろう!あ、そうそう!部活の申請は通ったぞ!」
「申請通るの早すぎでしょ……で、なんでその箱を私のところに置くわけ?」
「俺のところに置いておいたらみんな入れにくいと思ってな!」
……警戒されてる自覚はあったのね。ていうか、人の机に置いてあるだけで入れにくいっての。机に置いてある箱に入れるぐらいなら私に直接言えばいい話だし、それが出来ないからこういう箱に入れるわけだし。何のために箱を用意したんだあんたは。
「む……それもそうだ!廊下にでも置いておくとしよう!その方が人目に付くしな!」
こうして、目安箱ならぬお悩み募集BOXが設置されることとなった。毎日輝木が確認して、入れた本人とコンタクトを取るつもりらしい。……こいつがいきなり来たら、相手逃げるんじゃなかろうか。そう思ったので、実際会う場合には私も同席することにした。といっても、出来たばかりのこんな怪しい部活にいきなり悩みを相談するようなやつもいないだろうし、しばらくは暇しそうね。
ちなみに、その後やってきた金鋏先生に「うお!なんだこの箱!邪魔!」と、箱のサイズを半分以下にされてしまったことも付け加えておく。輝木はがっかりしていたが、当然の処置だと思う。
ありがちな展開ですが。