壱。 グッドモーニング。
【微能力者】
微妙な能力を持った人の総称。
【微能学園】
微能力者が集まる学園。このお話の舞台。
【一咲華】
私の名前。
「……はぁ」
教室の扉を開け、私は溜息をついた。理由は簡単で、そこに『見慣れた』異空間が広がっていたからだ。
「だから俺の顔をメモ帳みたいに使うなっつってんだろおおおおお!!」
指を突きつけて叫んでいるのは、『顔に半紙が引っ付いた』男子。
名前:紋字紙彦
微能力:顔に半紙が張り付いている
本来であれば顔を真っ赤にしているところなのだろうけど、半紙が引っ付いているせいでその顔色はわかりようもない。その代わり、半紙には達筆な文字で大きく『怒』と書かれていた。
そして、その横に小さく方程式のようなものが書かれている。怒り方から察するに、この方程式が怒りの原因なのだろう。
「……いきなり怒鳴るな。私が驚いてしまうだろうが」
メモ書きをしたらしい女子は、鉛筆を持っていない左手で耳を押さえようとした……のだけど、その手は空を切っていた。何故なら、頭があるべき場所になかったからである。彼女の頭は『首が長く伸びた』せいではるか上方、天井近くをゆらゆらしていた。
名前:六路久美子
微能力:首が伸びる
「まぁまぁ、二人とも落ち着きなよ。ほら、消しゴムかけてあげるから」
そう言いながら紋字の顔、というか紙に消しゴムをぐりぐりと擦り付ける優男。どうも嫌がらせっぽい画だけど、多分親切で行っていること、だと思う。
「ちょ、バカ!お前が触ったら赤くなるだろ!」
「え?あ、ごめんごめん。ちゃんと拭いてなかった」
自分の『血で赤くなった』手を擦り付ける。……今度は本気で嫌がらせっぽかった。
名前:明智流
微能力:体中から血が噴き出続ける
「言ってるそばから何なんだよお前!ガッデム!」
いつの間にか顔の文字が『出血大サービス』に変わっていた。紋字はいっつもこんな感じで忙しい顔面をしている。
「流くん……これ」
明智にすっとタオルが差し出された。差し出した子は、明智と顔を合わせようとせずにずっと下を向いている。
「ありがと、亜衣ちゃん」
タオルを受け取ろうと、明智が手を伸ばした。
「………………」
亜衣ちゃんは何故か一瞬硬直し。
「………………ん、ちゅ」
明智の手に付いた血を『吸い始めた』。
名前:番場亜衣
微能力:血を吸うと元気になる
「あー……しまった。今朝は血、あげてなかった」
その言葉で我に返ったらしく、亜衣ちゃんは「はう!」と声をあげた。
「うう……また……」
顔を真っ赤にしながらしおしおと小さくなる亜衣ちゃん。いつものことながら、小動物チックなリアクションだ。私にはとても無理ね。
ま、私の不得意分野の話はさておき。さっさと朝の挨拶を交わすとしましょうか。
「おはよう。毎日毎日よく飽きないわね、紋字」
「俺か!?俺なのか!?」
いつの間にか文字が「冤罪」に変わっていた。相変わらずどういう構造をしているのやら。まぁそれは紋字以外のメンバーにも言えることだけど。もちろん、私自身も含めて。
「おはよう一咲。一咲からもこの薄っぺらに言ってやってくれ」
「いや既に若干言われたけどね俺」
薄っぺら呼ばわりは別にいいらしい。怒りのスイッチがわからん。
「今日は一人なんだね、一咲さん」
「輝木くん……は?」
輝木、というのもこのクラスの学生だ。私と通学路が近いので、成り行き上一緒に学園にくることもあるけど、別に毎日出会っているわけでもない。せいぜい週に一、二回だ。したがって、今日「は」一人というのはややおかしい。
……あと、出来れば朝から会いたくないのよね、あいつ。
「暑苦しいからなぁ……」
紋字の言葉に、その場の全員がうんうんと頷く。
そう、輝木は非常に暑苦しい。どれぐらい暑苦しいかというと……まぁとにかく暑苦しい。本人を見てもらえば一発でわかるのだけど。
「でももうすぐHRだよねぇ。輝木くん、間に合うのかな」
明智の言葉で時計を見ると、時計の針は始業2分前を指していた。て、いうか……我ながらのんびり来てたのね。まぁ間に合ってるから全然問題ない。
「大丈夫だろ。あいつのことだから、無茶苦茶な間に合い方するさ」
『NO PLOBLEM』と顔に書き、紋字は窓にもたれかかった。スペル間違ってるけど、どうでもいいか。
「あ」
「ん?どした一咲?」
「伏せた方がいいわ」
一応忠告し、紋字の一直線上から逃げる。『?』顔のままきょろきょろ辺りを見回す紋字。……勘の悪いやつ。
「おおおおお……」
窓の外から雄叫びが聞こえる。ビビったのか、紋字はさらに激しくきょろきょろしだした。いい加減気付けばいいのに。ご愁傷様。
「チェスットオオオオオ!!!」
「どわあああああ!!!」
派手なガラス破壊音と共に、紋字のもたれかかっていた窓から人が飛び込んできた。当然吹っ飛ばされる紋字。下手したら死んでるんじゃないの、これ。
「死んではないだろ、多分」
そう言いつつ、久美子は首だけ伸ばして安否を窺っている。数秒後、久美子の右手がサムズアップの形に変形した。息があるのは確認したみたいだ。虫の息だろうけど。
に、しても……また派手にやったわね。これ、ちゃんと弁償するのかしら。
「そこんところどうなの、輝木」
「はーっはっはっは!もちろんするとも!だから一咲は全く気にしなくていいぞ!」
いや、元からそんなに気にしてませんけど。
たった今窓を破って登場し、現在腕組み仁王立ちで高笑いをかましているこの男こそ、前述の「暑苦しい男」こと輝木である。その体は、黒の学ランを着ているにも関わらず少し『輝いていた』。
名前:輝木正義
微能力:テンションに応じて体が発光する
まぁこんな能力の説明なんて前座に過ぎない。この男について語るとき、一番最初に触れなくてはならないのは首より上の部分だ。といっても、超イケメンだとかその逆だとか、そういう意味じゃない。私たちはこいつの顔を見たことすらないのだから当然だ。何故なら――
輝木正義は、常に黒のフルフェイスを着用しているのである。
「いやーそれにしても参った!おばあさんのお手伝いをしていたらこんな時間になってしまったよ!」
またはっはっはとマンガみたいに笑い、輝木は自分の席にどかっと座った。はっきり言ってアホみたいな言い訳だけど、輝木の言ってることは多分本当だ。
「相変わらず人助けが好きだね、輝木くんは」
「うん……でも、ガラス割るのは良くないよ……」
「うむ!後で掃除しておこう!」
輝木正義はそういう男――つまり、「困っている人を見過ごせない男」なのである。見た目はこんなんだけど、悪い奴じゃない。それは一応わかってる。わかってるけど。
フルフェイスは怪しすぎるって。
「お!今気付いたが、一咲!今日もいい花咲かせてるな!」
「……そりゃどーも」
輝木が指摘したのは、私の『頭上に咲いている花』のこと。
名前:一咲華
微能力:頭の上に花が咲いている
「うん……可愛い花……」
「昨日とは違うやつだな。何て花だ?」
久美子の頭だけが、私の頭上をぐるぐる周回する。正直ちょっと気持ち悪いから止めた方がいいと思う。わざわざ上から覗かなくても普通に見えるでしょうに。私、背低いし。
「菊咲一華よ。花言葉は、『冷たい瞳』」
「へぇ。一咲さんにぴったりだね、それは」
にこにこ言ってくれるのはいいけど、褒めてないよねそれ。この花言葉、決していい意味じゃないし。……まぁ、冷ややかな視線をすることはかなり多いけどね。どこぞのバカたちのせいで。
試しに、『冷たい瞳』でどこぞのバカAを見てみた。
「はっはっは!そう見つめられると照れるな!」
もういいです。
「……っぶはぁ!!死ぬかと思った!!」
『蘇生』の2文字を携え、紋字が復活してくる。すかさず冷たい瞳。
「え、いや……何その目。俺なんか悪いことした!?」
こっちのバカにはしっかり効果があるようだった。
「何、気にするな!俺も同じ目で見られた!」
「気にするわ!俺被害者なのに!っつーかてめぇもうちょっと人に優しく学校来いよ!」
詰め寄る紋字と、ただただ笑う輝木。半紙男と黒ヘル男が顔面付き合わせてる画はかなりシュールだ。場所が場所なら通報モノって感じがする。ちなみに紋字の顔は『異議あり!』に書き換わっていた。
その後も紋字がぎゃーぎゃー喚いていると、教室の前扉ががらっと開いた。
「はいはい静かにー……ってうわ!窓ガラス割れてる!誰だこれ!」
HRを行いに現れた担任が驚いていた。当たり前か。
「俺と紋字がやりました、金鋏教諭!後で片付けますので!」
「いやいやいや俺を巻き込むなよ!」
「よしわかった。二人で片付けろ」
紋字の顔が『理不尽』に変わった。
「……はぁ」
やり取りを眺めるのにも飽きたので席に着いたら、また溜め息が出た。……今日も一日、騒がしそうね。
こんな感じで、私たちの学園生活は流れていく――
理想の学園生活が書きたいのです。レッツ現実逃避。