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夜の刃、月の牙  作者: 蟹井公太
2章 傷痕・刻むみち
7/28

光・翳るいま

 02 - 02:光・翳るいま



 夜の街。

 ビルの谷間。

 銀光が夜を抉る。

 突き出された剣先が黒い体を突き破る。手首を捻り、横に斬り払う。

「ろぐげ・べ!」

 奇怪な断末魔を上げる<天使級>レギオンを葬り去る。

 蹴り飛ばした体はそのまま黒い霧となって消える。

 それを最後まで見届けることなく、刀を逆手に持ち替え、背後に突き出す。

 鈍い手応えと共に、また一体、レギオンを葬った。

「どんだけ沸いてんだよっ」

 悪態をつく龍夜。そうなるのも仕方のない状況だった。

 なにしろ彼を囲むのはおよそ三十体にも及ぶ<天使級>達。

「これでもう四日目だ。何がどうなればこんな愉快な事になるってんだ?」

『さあて、俺としてはお前の実力が足りていないってのが理想的な回答だがな』

「足りてねぇのは事実だろうけどそれだけでこんなになるんならとうの昔に死んでるってぇー……のっ」

 膝蹴りから踵落とし。ぐしゃりと頭蓋を砕き念入りに踏み潰す。

 背後から襲ってきた腕を斬り上げで断ち、懐に踏み込んで首を落とす。残った体を蹴り、ビルの壁面に向かって飛んだ。

 壁に張り付いていたレギオンの頭頂から股間までを真っ二つに斬り分け、壁を蹴る。蹴る。蹴る。

 三角飛びの要領で屋上へと登る。

「ふぅ……ま、こうなってるよな」

 屋上には、となりのビルの上も含めてさらに多くのレギオンが溢れていた。

 下からも、次々にレギオンが登ってくる。

 総勢百体とまではいかないだろうが、それに迫る数だ。

『はっはあっ! さすがに壮観だな、こいつは。さて、死ぬかな?』

「かもな」

 溜息をつく。幸せが逃げていくと言うが、果たして逃げていくほどの幸せがここにあるのかどうにも疑問だ。

 死ぬつもりはないが。

 刀を腰だめに構える。気を送り込まれた刃が、白く輝き涼やかな響きを奏でる。

 その音に、レギオン達がたじろいだ――刹那を狙い、体の回転を使い刃を大きく横に振るう。

 暴風が木をなぎ倒すように五体のレギオンを斬り裂き、吹き飛ばし、砕く。

「おおおおおおおああああああ!!」

 気合いと共に燃え上がる気を刃に纏わせた突きから放つ。刃から放たれた螺旋の輝きがさらなるレギオンを葬る。

 月光の中、黒い悪魔よりなお深い夜色の黒衣が疾風のごとく駆け抜け、次々に敵を葬り去る。

 が、同類の末路など意にも介さない欲望の使徒達は腕を、足を、頭を、体を凶器と化し怒涛の勢いで龍夜に襲いかかる。数に任せた圧倒的な物量戦。

 いかに超常の力を操るといえど振るうのはあくまで一個人。処理できる情報も手数も限界がいずれ訪れる。

 龍夜はジリジリと追い込まれていった。

『龍夜、そろそろビルの端だ』

「余裕に構えてる暇があるのなら少しは手伝え!」

『無理だって。連日連夜の戦闘でこっちももう力が残ってないんだ。これ以上使えばお前が死ぬぞ』

 分かりきっていた回答に口の端を歪める。

 その時、死角から白骨うごめく触手が襲いかかってきた。かろうじて刃を寝かせて受ける。

 しかしその隙をついて黒い牙が群れをなして龍夜の胴に喰らいつく。

「が……っ、はっ……!!」

 牙の首をまとめて叩っ斬る。

 傷口が燃えるような痛みを訴え。

 目の前が夜の闇よりも暗くなり。

 足元がふらついて。


 浮遊感。


 足を踏み外したのだと、コンクリートが目の前に広がってようやく気づいた。





 東雲龍夜という名前が、嫌に頭の中にこびりついて離れなかった。

 ぼうっと席に座っていると、ふとした拍子にその名前が頭の中に浮かび上がる。

「あっちゃんあっちゃんもしかしてそいつは、恋ってやつかい……?」

「智晴、あなたね……」

 ハードボイルドを装うような声の智晴に、灯駈は呆れた。

「はいはい。そうですねそうですよ」

「やん。もっと構ってよぅ……まぁマジだったらあの野郎ただじゃおかねぇけど」

「? 智晴、なにか言った?」

「んーん、べっつにー?」

 その一瞬の智晴の表情を見ていたクラスメイトは後に語る。あれはすでに一人や二人殺っている眼だったと。

「で、あっちゃんは何でそんなにあの人が気になるの?」

「気になるって言うか……」

 言葉を一旦切り、自分の中で考えをまとめる。

「もしかしたら、一度見たことがあるかもしれないから。それでちょっと」

「そうなの? どこで?」

「北泉公園。腕が見つかる夜に、ね」

 思い返すのは暗い公園のベンチに座り、身じろぎ一つせずうつむいた姿だ。

 そして――しっかりと抱えこんだ、細長い袋。竹刀袋。中身はなんだったのだろうか。

「……あんまり信用しないようがいいかも、その人」

「それは大丈夫だよっ。言ったでしょ、信用できないけど信頼はできるって」

 胸をはる智晴だが、言葉の意味がよくわからずに首を傾げる。

「この前もそんな事言っていたけど……結局それ、どういう意味なの?」

「ええっと……なんとなく、って感じなんだけど。言ってることを信じるのはダメだけど助けを求めたら助けてくれそうな、そんな感じ」

 言葉を飲み込み、咀嚼し。

 そして出てきた結論は別の言葉になっていた。

「それってつまり只のお人好しじゃないの?」

「あー。それだ」

 智晴が得心がいったとばかりに頷く。

 灯駈はそれを見て頭痛を覚えて頭を抱えた。

「そうやって油断してると、また危ないことに巻き込まれるわよ?」

「そうは言っても性分だからねー。意識してどうこうなるものでもないんです」

 それはまあ。そのとおり。

 灯駈も、自分の好奇心で痛い目を見て、今もそれを引きずっている。いや、引きずられているのか。

「とにかく気をつけなさいよ……あれから何も無いけど、まだ腕の犯人だって見つかっていないんだから」

 その灯駈の言葉に、智晴は例えがたい感情を顔に載せた。

「なに? どうかしたの?」

「いやぁなんといいますかなぁ。これも勘っていうか、本当に根拠のない、揚げ足取りみたいなものなんだけどにゃー」

 腕を組んでくるくると回り始める。

 数回転してぴたり、とこちらを向いて停止する。

「腕の犯人も、腕の持ち主も、もう出てこないかもしんない」

「――――。どうして?」

 頭の何処かで答えを予想しながら。予感しながら。

「『まだ』危ないって。ある人が言ってたんだよねー」

 言葉の意味を考えるのなら『まだ』という言葉には区切りを付ける意味がある。何かが終わり、しかし、完結してはいない。

 故にその人物は『まだ』という言葉を使ったのだ。

 この場合、完結していないものとはなにか。区切ったものはなにか。危険とはなんなのか。

 単純に考えれば、この数日間この街を賑わしている不穏な噂に思い至るのは必至。

 失言というほどのものではないが、明らかな失点ではある。

 たははー、と乾いた笑い声は虚しく。

 まったく、というため息は重く。

 居心地の悪い空気が生まれる。それを断ち切るように、校内放送のチャイムが鳴り響いた。

 放送の中身は、間近に迫った生徒会役員選挙の演説だった。

 それを聞いた智晴の表情に陰が堕ちる。

「智晴? どうしたの?」

「あー……うん。もし本当に、腕の持ち主も、犯人も見つからないなら、この人にとっても辛い事になるかなって思って」

 現在演説を行っているのは、会長に立候補している葛籠雪杜(つづら ゆきと)だった。

「……どういう事?」

「この人、加賀原先輩の事、好きだったんだって」

 再び重くなった空気に押しつぶされるように。

 二人揃って、胸から空気を吐き出した。





 四肢が鉛で出来ているようで、それでいて、奇妙な浮遊感に包まれて。

 そんな不思議な感覚の中、龍夜は夢を見ていた。

 まだ東雲でも篠中でもない、いつかの日々。

 龍夜の人生において最も短い平穏だった時間。

 心を許せる人に囲まれて、当然のように幸せを享受し。

「……まったく」

 強引に目を覚ます。

 強制的な覚醒は頭に鈍痛を伴った。光が目を刺し、顔をしかめる。

 気怠さと爽快感の相反する感覚が体をじっとりと包み、思考が目の前の情報を処理できずにただ呆然と天井を見上げていた。

 随分と久しぶりに、深い眠りについていたらしい。 

「ここ数日、まともに寝ることも出来なかったからな」

 教会で湊智晴と会話をしたその後数日は、いたって穏やかな夜だった。

 が、四日前を境に状況は急変した。毎夜毎夜、おびただしい数の<天使級>レギオンが発生したのだ。

「そして……なんで俺は、生きてるんだ?」

 起き上がりかけて、腹の激痛がそれを妨げる。悲鳴はどうにか押さえ込んだが、全身をどっと嫌な汗が流れた。

 一度落ち着いて、自分の状況を確認する。

 まず、自分は生きている。まあ、ここが死後の世界でなければ、だが。

 ベッドに寝かされており、周りは白いカーテンで囲まれている。カーテンの隙間から差し込む光がまぶしかった。

 軽く腹の傷に触れてみると、それはほとんど癒えかけの状態だった。

「……かなり深くいった感触があったんだがな。

 というか、これはどういう状態だ?」

 ベッドに仰向けのままため息をついて、違和感。

 胸に直接何かが貼り付けてあるようだった。触れてみると、さらりとした手触り。紙のようだった。剥がして見る。

 長さ十五センチメートルほどの紙に、複雑な文字が墨で大きく書き込まれていた。なんて書いてあるのかは読めないが、そこにこめられたものは感じることができた。

 すなわち、精霊の気配。

 紙からはうっすらと精霊の気配を感じることができた。正確には、精霊を用いた術式の気配を。

 文字を指でなぞる。

 悪質な気配はしない。

「生命力回復……気力回復……いや、精霊供給か?

 流派も、よくわからないな……門倉式の陰陽術の名残があるが土御門のパターンが出ているし。

 俺の知らない間に派閥の統合でも起きたのか?」

 頭を悩ませていると、なにやら大きな音が鳴り響く。

 ぴんぽんぱんぽーん。

 あまりにも聞きなれた、それでも龍夜からして見せると、どこかなじみのないリズム。


『続いて、生徒会長候補、竜胆棗さんの演説です』


 そんな声の後に、凛とした少女の声が小難しい話を凛とした声に載せて語りだす。声は、見上げた先のスピーカーから聞こえていた。

「……いや、ちょっと待て」

 ありえない事態。

 まさか、ありえない。そう思うものの、今の状況で自分がいる場所がそうであるという確信は揺らがない。

「ここ、学校か! どこのだ?」

 なぜ、どうして。そんな彼の疑問に答えるように、ガラリ、と扉の開く音が聞こえた。

「ん。ああ、目が覚めたのか」

 入ってきたのは男らしかった。声が若い。おそらく生徒なのだろうとあたりをつける。

 足音はまっすぐにこちらへ向かってきており迷いはない。

 ということは、龍夜をここへ運んだのはこの男なのか。いったいなぜ。何が目的で。

 疑問を胸の中に押し込め、体に力を漲らせる。

 体調は万全ではない。腹の傷も、無理な動きをすればすぐさぱぱっくりいくだろう。

 しかしそれでも、備えは必要だった。

 緊張を押し殺す。

 やってきた男がカーテンを引いた。

 男――やはり少年だった。

 怜悧な印象を持った痩身で背が高く、めがねをかけていた。

 少年は龍夜の様子さっと視線で確認し、腕を組んで感心したようにうなずく。

「ふむ……顔色は、悪くない。昨晩はどうなるかと思ったが、やはり騎士は体の鍛え方が違うな」

「なに?」

「安心してくれ……と言っても、なかなか難しそうだな。

 ひとまずだ。君の身柄の安全は保証する。疑問があれば答えよう。無論、授業に支障の出ない範囲でにはなるがな」

 そういって彼は笑う。人好きのする笑顔だった。

「その発言の根拠は?」

「ない。が、君を保護し、手当てをした。さらには拘束もせずにここに一人にしておいた。

 このあたりを加味して判断してもらえると助かる」

 つまり最低、現状では、敵対の意思はないと言うこと。

「なるほど。言いたいことはわかった。

 が、そうなってくると余計に気になるな。

 なぜ俺に対してここまでのことをする? 勝手に見せてもらったが、この符、そこいらにあるレベルのものじゃないな」

 ひらひらと術符をかざす龍夜の言葉に、少年は感心の表情を浮かべる。

「ほう。騎士だというのにわかるのか、そいつが」

「俺は騎士としては二流以下でね。おかげで余計な知識にも色々手を出してんだよ。

 で、こいつだ。

 流派はわからんが、こういった符の作成には紙と墨汁の『質』が重要になってくる。正しくは紙と墨汁に含まれる精霊の配分だな」

「そうだ。

 精霊の性質、とでも言うのかな。別の物体に練りこんだ精霊は、互いに反発する性質を持つ。

 紙と墨に精霊を練りこめばそれらは反発し、紙に書いた文字はすぐに消えてしまうが――字を書く際に、筆から精霊を送り込み、精霊同士を焼き付けることで固着させることができる。それも、強靭にだ。

 刀の製法と同じ、と考えればわかりやすいな。

 強く大量の力を込めた紙と筆を用意すれば、それだけ強い符を創ることができる。もっとも、筆に込めなくてはならない精霊も並大抵ではなくなるが。

 こうして作った符は大量の精霊が封じられており、強力な術式を扱うには強力な符を用意する、と言うのがまあ土御門のセオリーだな」

「――土御門、か」

「ああ。とはいえ傍流も傍流。その上破門を受けているがな」

 少年の言葉になにやら物騒な響きを感じる。しかし少年は龍夜の訝しげな表情を黙殺する。

 無言。

 先に口を開いたのは龍夜だった。

「まあいい。助けてもらったのなら恩に着る。

 で、何で助けた」

 鋭い視線で相手を射抜く。

「ふむ……その前に、状況説明からいいかな。

 まず俺の名は葛籠雪杜。ここ、神葉学園の二年生だ……うん、どうした、頭を抱えて」

「いや……続けてくれ」

 龍夜の感想。また神葉学園かよ。

「そうか、それでは続けよう。

 そもそもの始まりは、俺が君の観察を始めたのがきっかけだ」

 雪杜は前々から龍夜の存在……というより、騎士団の所属しない騎士についてはある程度情報を把握していたらしい。

 自分と同じようなはぐれもの達に興味があったと言うのだ。

 龍夜もそんななかの一人だった。

 普通ならそれだけだったのだが、ある日、勘当された実家筋からこの街で<権天使級>が討伐され、しかもそれを討伐したのが流れ者にして変わり者、そして落ち零れと呼ばれる騎士だったという。

 それに興味を抱いた雪杜は、龍夜を探し始めたのだと言う。

 といっても、さほど苦労はしなかった。

 騎士の務めとして、街でレギオンの発生しやすいポイントを浄化しに巡回するのはわかりきっている。

 ゆえに、そういったポイントで待ち伏せていれば必ず相手は姿を現す。

 幸いにも一日目にして相手を捕捉。

 三十体のレギオンを相手に漆黒の鎧をまとい戦う姿がそこにはあった。

 しかし。

「状況が判断できなくてね。出るに出られなかったんだ。

 あの大量のレギオンは、いったいなんだ。どこから沸いてくる。

 本家の連中は<権天使級>へのシフトの早さや黒い鎧という点ばかりに気が行っているらしいが……焦点はそこではないだろうに」

「術式家系は研究者としての色が強い連中が多いからな。それも致し方なしと行ったところだろう。

 まったく逆の騎士団も似たような状況なのは頭が痛いが。

 まあ連中は物事の始まりが<最悪の事態>であることが多いからな。未然に防ぐための手の打ち方が下手なんだ」

 互いにそれぞれの不満を口にする。

「まあ、悪口を言っても仕方がない。

 とはいえ状況の説明はほぼここまでだ。

 あとは昨晩、君が百体近いレギオンに囲まれ、ビルから落下し、僕がそれを寸でのところで受け止めたと言うわけだ」

「レギオンどもは、どうなった?」

「どうもこうも」

 肩をすくめる雪杜。

「消えたよ。君が落ちたのを確認してすぐにね」

「そう、か」

 異常事態。

 またしても異常事態である。

 レギオンが、個人を組織だって攻撃する。

 今までに例を見ない事態だ。

「単純に気のせい、あるいは偶然、と言った可能性は――希望的観測か」

「ああ。僕もそう思う。

 さあそこで、僕の目的に移ろうか。

 君はいったい何者だ。なぜ、あんなことになっている」

「知らん。俺が知りたいぐらいだ」

 雪杜は冷然と。

 龍夜は苛烈に。

 互いに視線をぶつけ合う。

 双方自ら視線をそらすのは負けだと言わんばかりに、睨み合う。

 先に視線をそらしたのは雪杜だった。

「そうか。ともあれ、君が怪我をしたのが昨晩。傷はその場ですぐに癒したがあくまで応急手当だ。しばらくまともに動けないだろう。

 ひとまず傷を癒すといい。

 この状況、僕個人としても興味がある。

 ああそれから、ここの養護教諭も術師だ。刀も彼女に預かってもらっている」

 そう言い残して、雪杜はその場を後にした。

 それを見送ってから龍夜は上半身を起こす。

 動けないことは、ないだろう。

 が、今無理をすれば次こそ命を落とす。

「……百体ごときで、これか」

 ため息をつく。

 百対一という戦力差は一見絶大に見えるが、騎士であるのならばその程度の数、と言う言葉の元に斬り捨てることができる数だ。

 それができないのは、ひとえに龍夜の騎士としての力不足であった。

『いやいや、お前の場合は向き不向きも関係してるだろ。物量戦ってのはお前にとっては最悪の戦法だ。

 有効過ぎて嫌味なくらいにな』

「サマエル。起きてたのか」

 姿なき声に安堵する。

 いるのはわかっていたが、その状態までは判断できていなかった。

『ああ。今の野郎の符が効いたみたいだな。おかげで状態は万全だ。これなら、お前の怪我も明日中には治るだろうぜ』

「そうか。それはよかったが……やっぱり、今の状態は無理があるな」

『そうだなぁ……わかりきってたことだがな。とはいえ今すぐに『器』を用意できるあてはないんだし、割り切っていくしかねーだろ』

「だな。

 ひとまず、休むとしようか」

 ゆっくりと体を横たえる。目を閉じると、すぐに睡魔が襲ってきた。

 薄れ行く意識の中、最後に龍夜が考えたことは。

(……そういや、騎士団に定期報告、してねえなぁ)

 そんなことだった。





 雪杜は廊下で立ち止まり、保健室を振り返る。

 彼はどうするだろうか。ふと考えた。

 逃げると言ったことはないだろう。話してみてわかった。あれは、状況を最大限利用し尽くすタイプの人間だ。自分と似たタイプと言ってもよい。

 そういった手合いはまともに相手をするだけ無駄だが、行く先もわかりやすい。

 騎士としての職務がある以上、無理は避け、実利を取るはずだ。

「後は適当に理由をかこつけてついて回ればいい。

 そうだ。

 見極めさせてもらうぞ、東雲龍夜」

 懐から一枚の資料を取り出し、くしゃりと握りつぶす。


 その瞳には、まぎれもない殺意がにじんでいた。


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