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夜の刃、月の牙  作者: 蟹井公太
2章 傷痕・刻むみち
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エピローグ


 エピローグ




「何してるんですか、東雲さん?」

「ちょっとな」

「ていうか、またさらにボロボロ具合がましておりますが」

「……ちょっとな」


 四条邸からほど近い路地。

 龍夜は壁に寄りかかる格好で智晴を待っていた。

 日は沈み、街灯の明かりが頼りなく明滅する。

 そんな中にあるからか、龍夜の姿は普段以上に不吉さを醸し出していた。

 無論、荒れ果てた格好がそれを助長していることもあるだろうが。


「お前にいくつか、確認したいことがあったんだ」

「確認、ですか?」

「ああ」


 頷いて、指をひとつ立てる。

「まずひとつなんだが……お前が持っていた黒い腕輪。あれはどこで手に入れた?」

「あー……」

 しまった、という顔をする智晴。

「ええと、ですね。確証はないんですけど、多分、なんですけど――ちょうどレギオンに襲われた時に、東雲さん宛に届いてた荷物を手に持ってたんですよ」

 それじゃないでしょうかー……、と声を小さくする智晴。

 龍夜はそれをみて、やはりな、と内心でひとつの納得を得た。

 精霊を有さない物質。それは本来存在し得ないはずのものである。あるいはアレックス・キングから何かの拍子に受け取ったものかとも考えたが、今の話でも龍夜としては十分に筋が通る。

 つまるところ、またあの女からの届け物が厄介事を運んできたわけだ。

 無論、それがなければ智晴はその場で殺されていた公算が高いが。

 しかし。

「じゃあ次にもう一つ。お前、自分の命と灯駈が灯駈であること、どっちが大事だ」

「あっちゃんがあっちゃんでいられないなら、こんな世界はいらないよ」

 やや食い気味に。強い意思のこもった声が返ってきた。

 予想よりもずっと苛烈な答えに、心からの賞賛を感じる。口には出さないが。

「そうか。なるほどな。だから、か」

 ようやく。

 ようやく今回の出来事の流れを理解し、整理がついた。

 そんな龍夜に首をかしげる智晴。

「あの、東雲さん? ひとりで納得されると非常にその、なんというか、居心地がわるいのですが」

「……お前にそんな繊細さがあるとは思えないんだが」

「あー! 花の女子高生に対してなんてことを! 訴えますよ!!」

「やめろお前のその手の発言はなんかシャレになってない」

 この女はやると言ったらとことんやるタイプだ。

 もとより、この少女にはすべてを語るつもりだったのだ。

 何よりも誰よりも、彼女にはそれを知る権利も義務もあるのだから。





 智晴にホットココアの缶を渡しながら公園のベンチに腰を下ろす。

 この街に来て最初にレギオンに襲われた公園だ。そして龍夜はしらないが、灯駈が龍夜を初めて目撃した場所でもある。

 ひとつのベンチに座りながらも、互いに端と端に座っており、微妙な距離感がある。

「さて、何から話したもんかとも思うが、これを話さないことにはどうしようもないか」

 自分自身は整理できていることを改めて語るのは難しい。特に、うかつなことを言えばどこまで察するかわからないような相手には。

「まず、俺の名前には呪いがかかっている。俺の名乗りを聞いた相手に問答無用でふりかかる呪いがな」

「……は?」

 いきなりぶっ飛ばした内容に智晴は口を開くが、やがてそれに思い至る。

「って、それってもしかして、最初に会った時……」

「ああ。どうにかしのげるかとも思ったんだけどな」

 智晴は龍夜の名前を聞いている。苗字だけでも名前だけでも、不自然な答え方は智晴に妙な疑念を抱かせることになると直感した龍夜は、東雲龍夜、とその名を告げていた。

 しかし東雲龍夜という存在を事前に聞かされていた灯駈は、名乗りを受けていない。

 その差。それだけで、運命がねじ曲げられたのだ。

「呪いって言うと、あれですか、精霊術式とかいう……」

「いや、それとはまた別のもんだ。とりあえず、そういうもんがあると思っとけ。で、だ。

 俺の名乗りを聞いた人間は、その運命をねじ曲げられる」

「運命をねじ曲げる?」

「ああ。なんて言えばいいかな。あらゆる偶然、必然が重なり、本人の努力も願望も無視してとある結果を導くんだ」

 龍夜の持つ二つの名。

 東雲龍夜。そして篠中龍夜。

 そのどちらもが、魔術式による呪いを受けている。

 篠中龍夜にかけられた仇名。そして、東雲龍夜にかけられた傷名。

 故に龍夜は極力己の名を告げる機会を潰す。今日、四条邸で清吾と向き合ったその時のように。

 呆気にとられる智晴を、しかしそれでも言葉は伝わっていると確信し、話を続ける。

「東雲龍夜。この名が導くのは『試練とそれに見合う対価を得る』という運命だ。

 今回で言うと――」

「まって」

 余裕のない声が龍夜を遮った。

 さすがに気づいた。気づかなければ、あるいは無視できれば、それもまたアリだと龍夜は思う。

 葛籠雪杜にせよ、四条灯駈にせよ、そしてこの湊智晴にせよ。

 己に厳しい生き方をする連中ばかりだ。だからこそ、無下にはできない。

「勘違いされても困るが、お前に責任があるわけじゃあない。

 こういっちゃ何だが、こういうケースも初めてってわけじゃあねえんだ。そこんとこ、お前を甘く見ていた俺の責任だ。そもそも、そういう呪いがあるとわかってて、それでもお前に名前を告げたわけだしな、俺は」

「でも、けど、それでも。

 ……やっぱり、あっちゃんが怪我をしたのは……ううん、本当なら死んでた。死んでたのは、あ、あた……あたしの……」

 両肩をぎゅっと強く抑える智晴。寒さに震えるようなその仕草は、心の震えからくるものだ。

 大切な、大好きな親友は、危うく自分のせいで死ぬところだった。

「こういっちゃ何だが、単にお前が自分の命を失うような運命であったとしても、あいつは飛び込んでくるだろ。だったら、結局結果は変わんねえよ。

 だからまあ、俺があいつに貰った礼は本来ならお前が受け取るべきもんだ。お前が、灯駈に灯駈自身を取り戻させたんだ。

 レギオンっていうのはな、人間にとっちゃ恐怖、絶望そのものなんだよ。それに出遭って心が折れるってのは、ある種当然の反応だ。それを自力で、お前を助けるためだからあいつは乗り越えられた。

 それは誇っていいことだと、俺は思う」

 そんな言葉に智晴は納得はしないだろう。それはわかっていた。

 智晴がこれからどうすべきなのか、龍夜にはわからない。灯駈に謝罪するというのもなにか違。


 今回ねじ曲げられた運命は、灯駈が灯駈であることを取り戻すために働いた。

 灯駈の根底に根ざした恐怖。それを打破する状況を生むために、智晴はさらわれ、龍夜は携帯を拾い、それを鍵として灯駈はあの場に駆けつけた。

 そして灯駈はそれを自分自身で成した。灯駈が傷ついたのは結局のところ、己の役割を果たせなかった龍夜の責任だ。

 しかしそれは灯駈にとっては許せない認識だった。である以上、智晴がなんと思おうと、やはり智晴のせいだとも灯駈は言わないだろうし、そんなふうに思うことさえ許さないだろう。


 整理の付け方は、智晴自身に見いだしてもらうよりほかにない。

 真剣な顔で考えこんでしまった智晴を横目に、龍夜は腰を上げた。


「ひとまず今後、俺の名前の効果は二度とお前には発揮されない。これだけは事実だから安心しろ」

「……それを言いに来たんですか?」

「そんなところだ。正直、お前なら俺の行動から名前の呪いに気づく可能性があったんでな。先にはっきりさせておきたかった。

 お前に伝えておけば、少なくとも灯駈にうかつに名乗ることもないだろうからな」

「あー、そりゃそうですね。

 それにしても東雲さん。こういっちゃなんですけど、その呪い、何よりも呪われてるのは東雲さん自身じゃないですか?」

「あん?」

「だってそれじゃあ、ろくに知り合いも作れないでしょう。うっかり相手も自分も死にかけるようなものを抱えたままじゃ」

 龍夜は智晴の言葉に苦笑で答えた。事実その通りであったからだ。

 だが。

「まあ、俺は元々人付き合いは苦手だからな」

 少しずれた答え。智晴はその意味を正確に捉え、返す言葉を失った。卵が先か鶏が先か。これはそういう議論でしかない。そして、本人がそのように考えているーーあるいは、そう努めているのであればそれに口出しはできないだろう。

 変に嘆かないぶん、救いがあるのか。あるいは逆にないのか。

「……むーん。だったら東雲さん、こういうのはどうでしょう? 今回のお礼、あるいはお詫びにあちしとお友達になりませんか?」

「……友人? 俺とお前が?」

 奇妙なことを言い出す智晴に首を傾げる。その表情には奇妙な自信が伺える。この申し出に何か裏の意味を考えてみるが、思い当たる節はない。となれば、言葉通りだろうか。

 そもそも友人関係とはそうやって始めるものなのだろうかとも思うが、その提案はなんというか、とてもおもしろいものだった。

 サマエルがこの場にいれば龍夜をバカだと鼻で笑っただろう。それでも止める事はないに違いない。あれで龍夜が人間関係に難を抱えている事を気にしているのだ。

 それに、と思考を少し暗がりに戻す。

 あの事を伝えるには、いいきっかけにもなる。

「よしわかった。じゃあまあ、よろしく頼むよ、湊」

「ええ。それじゃあ友人として、仲良くしましょう東雲さん」

 互いに右手を差しだし、つなぐ。

 奇妙な友人関係、その始まり。

 そして。

「じゃあ、友人としてテメェにこれからつらい事実を伝えておかにゃならん。心して聞け」

「え……なんですかそれいきなり」

 真顔の龍夜を見て智晴の表情が軽くこわばる。この男が覚悟を要求するのだ、生半可な事ではないと直感したのだろう。

「俺はこの先、アレックス・キングを討つ。場合によっては、その命も奪うことになる」

「…………はい?」

 そして、二人の間に沈黙が満ちる。

 だが戦いの気配は静かに、深く進行している事を、誰も気づいていなかった。



 予想もしない場所で、次なる戦いの熾火が生まれていた。


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