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夜の刃、月の牙  作者: 蟹井公太
2章 傷痕・刻むみち
16/28

悪意・覗く(後)

分けてみた。続き。

 02 - 10b:悪意・覗く(後)




 災厄は降りかかるものだという。

 つまりは見えないところから襲ってくるという事だ。気付けない。あるいは、気付くことが非常に困難だということ。

 だからまあ。こういう結果になるわけですよ。



 湊智晴。十六歳。

 自己評価では容姿も成績も性格も普通。他者からの評価? 推して量るべしである。

 そんな彼女とアレックス・キングとの出会いは、彼女が中学二年生の春。学校の始業式から帰る途中の事であった。

 智晴のメンタルはその時点である程度の完成を見せており、その能力をフルに活用させていた。

 つまり、情報の『解析』である。

 僅かな情報、不確かな噂。そういった小さな点を集合として俯瞰し、検証し、より大きな結論、より深い真実へとたどり着く能力。

 洞察力とは違う一種の異能を彼女は獲得していた。

『解析』はあらゆる場面で彼女を助けた。人間関係やテスト、日々の些細な問題は、彼女にとって取るに足らない出来事に過ぎなかった。

「口と頭が働けばなんでも砕いて捌いて暴いてやるわよ」

 というのが彼女の口癖だった。

 異端を排除するはずの学級という単位においてさえ、彼女はその能力を利用することで己を排斥しようとするベクトルを解析、操作、分解し、バラバラにしてやった。

 無敵だった。

 だからそんな彼女がアレックス・キングと出会ったのは、本当にただの気まぐれと偶然と運命が重なった、些細な出来事に過ぎなかった。





 その時、目の前で大型トラックに正面から突っ込んでいって吹っ飛ばされた男がいた。


 さすがの智晴もびっくりである。彼女の能力はあくまで情報の解析であり、つまりは事前に種となる情報がひとつも存在しなければ対処のしようがないということでもある。

 なんとなく目についた迷い猫のチラシを見て、なんとなく住宅街を探して歩いていたらその猫が今まさにトラックに引かれそうで、ああもうだめだと思った矢先にがっしりとした体つきの牧師が全力ダッシュで正面から突っ込んでいって猫を助けて、きれいに吹っ飛ばされるとか、どうやって予想しろというのか。

「うわあ」

 という声は何の感情もこもっていない、衝撃のあまり反射的に漏れたただの音。

「えーっと、あれ、あれー? っかしいな、猫を探してたら何でトンデモ事故目撃してんだろ、あたし」

 しきりに首をひねりながら牧師へと駆け寄る。トラックの運転手も慌てた様子で運転席から降りてきていた。

 正面衝突をかました牧師は数回バウンドした後、電柱にぶつかって止まっていた。ピクリとも動かない。

 即死だろうか。

 さすがにそれはぞっとしない。

「もしもーし。もしもーし! 大丈夫ですかー?!」

「ええ、平気です」

「うわぁっ?!」

 むくりと何事もなかったかのように起き上がった牧師に、さすがに驚愕する。

「いやあ驚きました」

 多少土で汚れていたが、男は傷一つない顔で微笑んでみせた。

 座り込んでいるため正確にはわからないが、身長は二メートル近くあるようだった。肌の色は白く、顔も穏やかかつ気弱な雰囲気で微笑んでいるのだが、体つきはがっしりとしていた。

 起き上がった牧師は両腕に抱えた猫を撫でながら立ち上がる。

「いや驚いたのはこっちだってば! え、何、生きてんですか?!」

「おや、わたしが生きている事がそんなにショックですか? ……そうですか、まさか生きているだけで他人に刺激を与えてしまう罪深い存在になっていたとは……もはやわたしは、生きてゆくすべを見いだせない」

 どうやら喜劇的な悲観主義者らしい。

「あああああ! あんた、大丈夫かい? ちゃんと息しているかい?!」

 駆け寄ってきたトラックの運転手が、シワの深い顔に大粒の汗をにじませながら声をかける。

 そんな彼に対して牧師は穏やかな笑顔で。

「ええ、平気ですとも……今はまだ」

 え、これから何かあるの、と目を剥くトラックの運転手だが、牧師はそんな事は気にせずに服の汚れを払う。

「それにしても、気をつけたほうが良いですよ。この時間の住宅街は人の通りは少ないですが、だからと言って今のスピードで走っていては、突然の事態に対応できない可能性もありますから」

「いや、今のがまさにそうだったと思うんですけど」

 智晴のツッコミはしかし牧師には届かなかった。

「さて。それではわたしは、縄を買って帰るとしましょう」

「お、おい! せめて病院に行かないと!!」

「いえいえ、平気ですとも。この程度の衝撃で死ぬような鍛え方はしていませんから」

「いやでもすごい勢いで」

「はっはっはっは」

 何故か笑い声を上げて歩きだして、すぐそこの角を曲がっていってしまった。

 ぽかんと、口を開いてそれを見送った二人は、顔を見合わせて。

「ど、どうしますかね、これ?」

「いやあ。まあ、俺としちゃあ相手が生きていてくれたってのだけで儲けもんなんだけどよぉ」

 運転手は難しい顔でエンジンを切ったままの自分のトラックを振り返る。

 トラックはトラックで、あの牧師と同じように何ひとつかわりない。


「……は?」


 いやそれはさすがにおかしい。智晴はすぐに牧師を追って駆け出した。

「お、おいちょっと、どうするんだい?!」

「ちょっと気になることがあるから! おじさんも、仕事に戻っていいと思うよ!」

「へえっ?!」

 驚きの声を置き去りに、牧師を追いかける。

 角を曲がると、牧師は先の道路を右に曲がるところだった。今の短時間の間に歩いたとするならば、歩行速度はかなり早いようだった。

 まともに追いかけると途中で見失う可能性がある。

「ええと? 今確か『縄を買いに行く』って……っていうか今さらだけど縄って何のために」

 一瞬疑問がよぎり。

 瞬時に答えを知る。

「自分の首括るためか! え、嘘、どれだけネガティブなの今の人?!」

 ギャグだろうか。いや、なぜか違うと断言できた。したくはなかったが。

「とにかく追いつかないと。ええと、この辺で縄売ってる店ってあったっけ。ええと」

 あのスーパーには……いや、それほど強い縄はその辺のスーパーでは売っていないだろう。となると日曜大工などの道具を扱っている店だろうか。しかしそれは先ほどの牧師が曲がった方向とは逆だ。こちらにある店で縄が売っていそうな店となると――いやさすがにアダルトグッズで首を括るのは人としてどうだろうか。

 それ以外にこの辺りにある店は、と。

 そこまで考えて。

「んんんん?」

 ふと、もうひとつの可能性に思い至る。

 方向は一致しているし、そもそも牧師が事故にあった(と表現すべきかどうか大いに悩むが)原因を考えれば、そう悪くない結論だ。

 そういう事ならば。

 急ぐ理由は、特にないだろう。



 待った時間は一時間もなかったのではないだろうか。

 牧師は子猫を抱えてそこから出てきた。

 掲げるのは『坂野動物病院』の看板。

 まあ、つまりはそういう事だ。

「その子、大丈夫でした?」

「?」

 病院のすぐ外で待っていた智晴に、牧師は一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐにそれは穏やかな笑顔になる。

「ええ、怪我もない健康体とのことでした。いやはや、誰一人怪我人が出なくてよかったですね」

「や、どう考えても怪我していないとおかしい人がいる気がするんですけど」

「気合いです」

「ですかー」

 まさか信じるつもりもないが、まともに答えるつもりがないことがわかっただけでよしとする。

 それに彼女は、別に牧師の非常識な身体構造に興味があって追いかけたわけではない。

「ねえねえ牧師さん。あのさ、一体どうやったの?」

「はい? 何がですか?」

「いやさあのトラックですよ。あんな勢いでこんな大人の質量がぶつかったのに、ヘコむどころか傷ひとつないんだもん。いったいどうやったんだろうって」

「ははあ、なるほど……」

 牧師は納得し、感心したようだった。

「あの状況で、そこまで見ていましたか。いや驚きました。すぐにわたしを追ってきていたようですし、貴女はなかなかに冷静な人物なようですね」

「野次馬根性が染み付いちゃってくせになってるんですよー。で、回答は?」

「日頃の訓練の賜物です、と答えましょう」

「ありゃりゃりゃ」

 智晴は笑って肩をすくめた。

 繰り返しになるが、彼女の能力はあくまで解析に過ぎない。己の認識する範囲での事実、現実を分離裁断区分分類し、答えを見出す。

 彼女は手品の『仕組み』は暴けても『タネ』を自分で想像し創造する能力に欠けている。

 己の知りうる現実以上が目の前に現れても、それを想像する事ができないのだ。

 この時の彼女は四条式を知らないし、知っていても同じ事が再現できるとはにわかには信じられなかっただろう。


 牧師は智晴の前に風のように唐突に現れた『わけのわからないもの』だったのだ。





 それが牧師――アレックス・キングと湊智晴の出会いだった。


 未だに色あせない想い出を苦笑と共に振り返る。そういえばあの時の会話も、今日みたいな夕焼けの日だったと思いながら。

 風と言うにはいささか荒々しいというか突拍子も無いというか最大瞬間風速三桁数えそうとか諸々言いたいことは今でも思うが、あの牧師の穏やかな笑顔は風のような、という形容が似合っていた。

 それからというもの、何かとつきまとう智晴に何を思ったのか、彼は情報の集め方、扱い方を教え、律した。

 それまで無軌道に無造作に無条件に、鯨が水を飲み込むというよりはただ虚ろな穴のように受動的自動的に情報を吸収分解していた智晴。それを、必要な情報を能動的に、より高速かつ高精度で収集集積し、効率的に整理、管理、運用するすべを与えた。

『口と頭が働けばなんでも砕いて捌いて暴いてやるわよ』

 という彼女に、モラルを教えた。世の中、知っているから知ることができるから、と何でも暴き立てて良い訳ではない。少なくとも、ただのかよわい一般人の少女でしかない智晴は。

 智晴はいつの間にかアレックス・キングを師匠と呼ぶようになり、お互い歳の離れた友人といった間柄を形作っていた。

「だからまあ、あっちゃんが言うような感情は正直、ないんだよね」

 教会への道を歩きながら独りごちた。

 放課後、食堂でご飯を食べながら自分と師匠の馴れ初めを語った智晴に、灯駈は『そんなに必至に探すのは、その人が好きだったから?』と尋ねた。智晴は、笑って否定した。

 アレックス・キングに対して特別な感情を持っていることは否定はしない。が、それが所謂恋愛感情かというと、それは否とする。恋とか愛とか憧れとか、そんな湿っぽいものじゃなく、もっとあっさりしていて乾いていて、それでいて心地良くて程々の距離感がある、そういったものだ。

 見てくれは確かに悪くないし、通りがかりで猫をトラックから庇う優しさも持ち合わせている。が、いかんせんメンタル的な部分が壊滅的だった。ちょっとした冗談でショックを受けるし自分自身に絶望するし、自殺の手段ならいくらでもその場で思いつく。

 三十こえたいい大人が自分の半分程度の歳の少女に言い負かされて大声あげて泣きながらダッシュで走り去る姿は限り無くシュールだった。

 父親のいない智晴としてはこう言うのが父親だろうかと思うこともあればこんな父親は勘弁願うと思うこともある、愉快な人間だったことだけは確かだ。


 だからまあ、執着なんだろう。

 誰だって同じはずだ。普段何気なく身につけていたアクセサリが、ある日突然行方不明になるとか。

 いつも歩いている道にあった桜の木が、何の前触れもなく切り倒されていたとか。

 そういう、いつも通りがいつの間にか変えられてしまったことへの拒否感と、執着。


 智晴は、本当に、なんとなく。

 師匠を探していた。


「っていっても、さっすがにねー」


 手がかり無しでは何も解析のしようがない――訳ではまあ、ないのだが。

 とはいえ。

「完っ全に避けられちゃってるもんにゃー」

 判ることといえばそのくらいのものだ。

 アレックス・キングは、明らかに智晴の索敵を意識して姿を消している。龍夜が痕跡を見つけられないとボヤいているが、そちらは副次的な作用に過ぎない。

 あくまでも智晴に対しての情報隠蔽を主として行動している。それは確実だった。


 智晴が情報をバラバラに個別のものとして扱っていたのは昔の話。

 今は情報を線――正確には、連結点を持つ線の集合体として捉えている。

 特定の情報はそこに至る因子があり、またそこから発生する結果がある。因果は巡り広がり無数の傷跡を世界に残す。その傷跡を情報と呼び、智晴は好んで喰らい、飲み込み、弄ぶ。

 生きている以上それを残さずに済むことは不可能。


 が。


 隠すことはできる。

「東雲さん側の事情は、あちしも知らない部分だからねー。そっちのテクを駆使されたら、さすがに追いづらい感じだ」

 とはいえ。

 僅かな推測も立てられないというわけではない。

「戻ってくるつもりはあるみたいだけど……それでも、まあ素直に顔はだしてくんなさそーだし」

 智晴はアレックス・キングの失踪を突発的なものではなく計画的なもの。さらには、一時的であると予想を立て、またそれを疑ってもいなかった。

 タイミングは分からないが、今年中には戻るだろう。それがどのような形で、何をもたらすのか、までは、さすがに龍夜の領域の事情に踏み入る必要があるだろうが。

「東雲さん、かあ……あの人もよくわかんないなー」

 何か異常な能力を有しているであろう、全身黒ずくめの姿を思い浮かべる。

 服装だけならともかく、髪の色瞳の色まであそこまで見事な黒はなかなかいない。

 初めて見たときは、影の中からそのまま形をもって浮かび上がってきたかのような、奇妙な感覚を覚えた。

 智晴が彼に対し抱く印象は、虚ろさと激しさ。

 一見冷静に見える応対を受けたものの、果たして腹の中でどのような算段を立てているのか、察することは難しかった。反面、感情は表情や態度にすぐ出てくるため感情が薄いという印象はない。

 しかもどうにもそれが意識されている様子がない、というのがまた恐ろしい。

 思考を隠すという思想をおそらく持っていない様子だった。感情と思考回路の切り離しがよっぽど上手く出来ているのだろう。どうすればそんな事ができるのかはさておいて、随分と並外れた狂人具合であるとは思った。

「何をどうすればああなるのか、個人的には興味もあり恐怖もあり。ま、とりあえずあっちゃんには近づけられない感じだねぇ。気を付けないと」

 二度目の龍夜との話の時。

 あの時灯駈を連れて行ったことはおそらく智晴の人生最大のミスだった。

 なぜ事前に気付けなかったのかと自問するが、まあそれむりじゃん? という回答も自分の中で出ていた。つまり、どうしようもない。


 灯駈は、龍夜の何か(・・)を理解した。

 それも、本人の気づかない本能の部分で。


 智晴の見る限り二人に共通項は見当たらない。まさか前世がどうとかソウルメイトがどうとか、そんな訳のわからないものを持ち出す趣味もない。

 それでも出会ったばかりの狂人の中身を灯駈が覗き込み、何かしらを理解したというのなら。

 智晴にはわからない共感が二人の間にはあるのだろう。とはいえ。

「あっちゃんはまともすぎるくらいまともだし、東雲さんはまともに見えるだけのぶっ壊れだし。何がどう共感したんだろーね」

 首をひねりながら、坂の上を見上げる。

 坂を登りきれば教会だ。何か変化があるとも思わないが、念のためということで足を運んだ次第。



 この時の彼女にこの後の運命など知ることが出来るわけもなく。

 彼女はなんとなしのいつものように、坂道を登っていった。




 教会の前に、一台のバイクが停まっていた。

 郵便物が届いたらしい。

 教会の前にはポストがない。居住区への入り口は教会内と裏にまわったところにあるが、教会の入り口は基本的に閉まっているので、運転手は裏へまわったのだろう。

「って、師匠宛の荷物とかはどうするんだろ」

 龍夜が預かるのか本人が戻るまで郵便局にとどめておくのか。いずれにせよ話を聞いておかなくてはならない。なんなら、自分が預かっても良いと考えて、そちらへ向かう。

「もっしもーし、郵便やさーん」

 夕焼けに染まる教会を迂回する。教会は木に囲まれているせいで、裏へ回ろうとするとやや日に陰りが生まれるが、暗いと感じる程でもない。

 逆回りに回られてすれ違いにならないように声をあげながら、裏口へとたどり着いた。

 が、誰もいない。

「あれ? おかしいなぁ」

 逆から回ってしまったのだろうかと考える。そうだとするならそろそろバイクの音が聞こえてきてもよさそうだが、それもない。

 試しに扉の取っ手を回してみるも、手応えは硬い。

 呼び鈴を鳴らす。反応はない。どうやら龍夜は外出しているらしい。

 バイクの音はやはり聞こえない。

 辺りは静かだから、エンジン音を聞き逃したということもないだろう。

 はて。

 配達人はどこへ消えたのだろうか。

「……もしもーし? どなたかー?」

 あるいはバイクの走り去る音を聞き逃したか。

 そんな事を考えていると。

「………………」

「ん?」

 裏口のさらに先、曲がったところで、葉擦れのような音が聞こえた。 

 ほんの一瞬、気のせいと済ませてしまえるような、そんな音。


 不意に。


 空気が変わる。


 不吉な予感が全身を包んだ。


 予感だとか直感だとかそんな生やさしいものではない。

 確信。

 本能が今すぐここを立ち去れと金切り声をあげている。

 しかし。


「あははは……足が動かないや」


 危険な目に遭うのは慣れているとはいかなくとも、それなりに経験がある。

 危険の集まる場所というものはたしかにあるし、そういった場所は空気が違う。それはおそらくこびりついた色や臭いが一般からズレているということなのだろうが。

 これは、違った。


 殺人事件の現場よりも濃密でじっとりと湿った、いじめの現場をより凄惨に悪辣にしたかのような、感情の渦。

 全身の肌という肌をナメクジが這いずり回り、血管を流れる血の一滴までもが泥水へ変じ、肌と肉のすき間をウジ虫が蠢いているような。

 ありとあらゆる理不尽かつ荒唐無稽な負の感情を、それこそ世界中の人間から向けられているような。


 圧迫感というより、閉塞感。

 精神を追い詰め追い込み、奈落へ放り込むような、焦燥感。

 吐き気と頭痛と目眩が同時にあるいは入れ替わりに襲い、意識が拡散し収斂し、自分自身が理解できなくなる、孤独感。


「あ。は、は、は」


 引きつった頬は痙攣し奇妙な笑顔を演出し。


 なぜ。

    ちょっと。

 ねえ。

    足が。

 勝手に。


「あ……う……」


 止まらない。

 足が前に進む。

 忌避感も拒否感も拒絶感も意味をなさず。


 その恐怖故に足が止まらない。

 ゆっくり。


 ゆっくりと。

 壁の角を、曲がる。



 そこには――。


「あ……れ……?」


 倒れる男が一人。

 格好からして、郵便配達に来たのだろう。

 慌てて駆け寄るが、特に怪我をしている様子はなく、服装に乱れもないことから争った形跡も見当たらない。

 と。

「うんにゃ?」

 手のひらを、ぐっぱ、ぐっぱと開いて閉じてを繰り返す。

 手足の関節を伸び縮みさせる。

 何の変哲もなく、普通に動く。いつも通りの自分の体だ。ただ、得体の知れない恐怖の残した冷や汗だけが残っていた。

「あれー?」

 しきりに首をひねる。納得がいかない。いくわけがない。

 しかしどれだけ悩んでも答えはでない。

 しばらくそうして首をかしげていたが当然何かが判るワケもなく。仕方無しに、ひとまず配達の男性を起こすことを思いつく。

「もしもーし、大丈夫ですか? 何があったんですか?」

 ぺちぺちと頬を叩くが反応がない。頭を強く打っているとか、あるいは脳内出血だったりすれば外からはわからないから、その辺だろうか。とすれば、今ここで智晴にできることは何も無い。むしろ何かすることで余計に悪化しかねない。

 ひとまず救急車を呼ぼうと携帯電話を取り出し――そこで、地面に落ちているものに気がついた。

 封筒だ。中に何かが入っているのか、こんもりと膨らんでいる。手に持ってみても重さはそれほど感じない。

 宛名は。


『東雲龍夜』


 となっていた。

「東雲さん宛? ……なんで?」

 首をかしげるが、そういえばこの教会がアレックス・キングの個人資産等ではないことを思い出す。その調査をしている龍夜がいるのだから、それに当てたものも届くだろうと納得した。

 感情的には、若干の抵抗を覚えたが。

 ひとまずそれを持って、携帯電話を開きながら立ち上がる。



 ふと、足元に陰がかかった。



 なんだろうと振り返り。



 。

  あ。

  え。


 こきゅう、が。


「け、せげ、らぜ」


 めが、みえな。


 ちが、これ。


 ちかい。


  ちかくに。

  

   めのまえに。

   

    そこに。



――くろいものがいた。



出会いはいつも唐突。

よいものもわるいものも。


ということで相変わらずのローテンション文章ですが、そろそろテンション上げていけそうな感じです。

術式の定義の話はいつすればいいんだろう。


というわけで次回へ続きます。

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