道・辿る
日常編。
そろそろ2章も終わりです。
2章が終わりましたら一度今までの投稿分を見直します。今更ですが推敲とかしようと思いまして。ええ。
その場のノリで書いているのでその辺りの調整もします。余裕があれば書き溜めとかもしてみようかと。
というか初心者なんだからもっと小さい軽い話書いて練習するべきだったんでしょうなーとか。まあ続けますが。
ということで2章終了まで一気に行きます。あとたぶん3とか4とかで終わるかと。きっと。
02 - 09:道・辿る
彼は倦んでいた。
己の能力に満足できず、より上を目指し——しかし世界はそれを許さない。
彼は今の彼以上を目指すことを禁じられ。
彼にとっての全てであったそれを制限された。
それは彼が彼であることを禁じられ、拒絶されたことと同義。
世界に捨てられた。
被害妄想のようなその意識は、それでも彼にとってただひとつの真実だった。
彼女に出会うまでは。
彼は燻っていた。
彼にとっては『術』こそが全てでありそれ以外は些事に過ぎなかった。
他者も、他家も、他流派も。
己の望むままにあるがために存在する、ただの道具に過ぎない。
そこにあるだけの砂礫に何の感情を抱くはずもない。
故に他者の集まりでしかない学校など行きたくもなかった。行く理由もなかった。
しかし行かねばならなくなった。世界に捨てられたから。
だが己ではない何者かが学校に通い、人のように生きることに一体何の意味があるのだろう。
望むままにあることもできず、ただ諾々とある革人形。そんなもの心臓が動いている死体と何の違いがあるというのか。
くだらない、くだらない。何もかもが意味を成さない。
世界を閉ざすその思想は、それでも彼にとって目の前にある事実だった。
しかし事実は観測点を変えることでその形を大きく変える。
己が何者であるのかを定める基準をほんの少しだけずらす。それだけで、己の価値は激変するのだ。
彼女に出会ったから。
世界は一瞬で変革する。
世界は一瞬で変容する。
破壊はささいな理由で。
創造はささやかな形で。
理由は見えないけれど。
意味はそこにあるから。
それが運命だと思えた。
それは奇跡だと感じた。
だから考えてしまう。
果たして自分は、あの些細な奇跡に報いることができたのだろうかと。
葛籠雪杜の生活はその待遇とは裏腹に恵まれていると言って過言ではない。
彼がひとりで暮らすのは駅そばのマンションの3LDK。築年数も数年と新しく、警備員が常駐しており防犯セキュリティもそれなり。
無論高待遇を受けているのには理由がある。彼が神葉学園に入学して半年ほど立った頃、彼のほうが本家に取引を持ちかけたのだ。
『研究の成果を引き渡す代わりに、術式の研究と使用を認めて欲しい』
当然最初は猛烈な反発を受けた。それこそすぐにでも刺客が送り込まれるほどに。
それも当然の成り行きといえた。彼の研究は新たなる境地、次の地平へたどり着く可能性のある大きなものだったが、それは同時に他者を全て焼き尽くす光にもなり得るものだった。
巨大すぎる利が、絶大なる実が、想像を超えた破滅を運ぶ。雪杜を恐れるものはそれを恐れた。
つまるところ、本当に正しかったのは彼らの方だったのだろう。
しかし彼は粘り強く交渉した。
もともと彼としては術式の研究が出来れば他の事には興味はなかったのだ。その時はすでにその精神構造も大きく変化していたが、基礎的なスタンスは変わらない。
ただ妥協を覚えたに過ぎない。
彼が排斥を受ける原因となった研究に関しては今後封印する。
その上で今後の研究については公開する。
これまでの積み重ねの廃棄と独自の研究の無条件公開というのは、術者にとって臓腑を捧げるのと同義だ。
それを行うと行った彼に対して、本家はひとつの条件をつけることでそれを了承した。
そうして、今の生活である。
この街へ来た当初は彼以外に住むものもいない、今にも倒壊しそうな集合住宅に住んでいたが、さすがにそんな場所で術式の研究などできるわけもない。
彼の研究を守る意味で、このような高待遇を受けているのである。
雪杜が目を覚ますのは平日も土日も変わらない。
午前五時五分。
前日にどれだけ夜更かしをしていようと、このリズムだけは崩さない。
とはいえさすがに、激しい戦闘を一晩中繰り返し続けた上で二時間程度の睡眠というのは彼にとっても辛いものがあった。
無数の<天使級>レギオンとの戦闘を終え這々の体で自室に戻ったのが午前三時過ぎ。
服を着替えるどころか寝室まで歩くことさえ億劫で、リビングのソファに倒れこんだ。
極度の疲労と極限の緊張。
解放された肉体と精神はまどろみの時間をすっ飛ばし、まるで電源を落とすように彼の意識を眠りに落とした。
だから、だろうか。
ほんの僅か。過去に溺れてしまったのは。
「……まあ、僕も所詮はただの子供だったってことか」
そんな当然のことに苦笑する。
そんなことも知らなかったのだと。
「……さて。いつまでも気分に浸っていても仕方がない、か」
体を起こすと疲労で体が軋んだ。ソファで寝たことが仇になったと顔をしかめるものの、今更だ。
シャワーを軽く浴びて疲労と汗を洗い落とした後は、トーストとバナナだけの軽い朝食を取って私服に着替える。
今日は土曜日。
学校は午前の半分だけ。
来週には生徒会役員選挙があるので、そちらの準備を進めなければならないだろう。
頭の中で週末の予定を立てながら、術式研究用の部屋に入った。
部屋の入口の扉は厳重な防衛術式が幾重にもかけられている。中には触れれば高圧の電流が流れるものもあるあたり、非常に剣呑。
それらひとつひとつをなれた仕草で解除し、部屋に入ったのは午前五時三十分。
ここから登校時刻までの二時間が、彼が彼であるための時間だ。
術式研究と一言で言っても、その手法も技法も千差万別だ。
同じ流派の中でさえその辺りをめぐって派閥対立が起こるくらいである。
触媒、媒介にするものや、経路、回路の組み立て方、果ては体内精霊と自然精霊のどちらを使うかにいたるまで。
言ってしまえばプログラミング言語の対立みたいなものか。
あの業界もなかなか言語使用者のこだわりのようなものがあったりなかったり結構するのだ。
例えば、ホームページを作ろうと考えたとする。
そこで使用するのは、HTMLというものになる。
が、そこに様々な要素を追加しようとすると、選択肢が一気に増える。
画面に動きを持たせたいのならばJavaScriptの使用をまず考えるだろう。
情報をデータベースに持たせて利用するのならばPHPやRuby、Pythonの利用などを思いつく人も多いに違いない。
そうして、望むものを作るためにどうすれば良いのか。
術式研究とはそのようなことの改善、改良の繰り返しである。
JavaScriptを使うにしても、素のまま使う人もいればjQuery等を使う人もいるだろう。
PHPとRuby、Pythonのどれを使っても、表面的には同じページを作ることは可能だ。
ただし、その中身——ソースコードと呼ぶ——に関してははっきりと別物になる。
どうすれば効率的に。
どうすれば効果的に。
どうすれば安全に。
どうすれば高速に。
どうすれば汎用的に。
どうすれば。どうすれば。どうすれば。
そうして高みを求め続ける。
さて。
それでは雪杜の研究はどのようなものになるのかといえば、最近はそこからさらに一歩踏み込んでいる。
つまりは、プログラミング言語そのものの作成だ。
例えば昨晩の『蛇咬邪抗砂』の術式は、分類上『精霊術大系符術系統領域式大気術』となる。
これはそれぞれ次を表している。
大系は三つ存在する術式大系のいずれに属するかを。
系統は触媒とするものを。
式別は術式の効果範囲を。
術派は効果を表す媒介を。
左にあるもの程大きな枠組を表し、それゆえに別のものに置き換える事は難しい。
蛇咬邪抗砂と同じような対象指定による個別攻撃を、しかし大気圧ではなく雷撃で行いたければ術派を切り替えれば良い。当然、言うは易く行なうは難しではあるが。
しかしこれを符術系統以外で行おうとすればこれが意外に難しい。
系統により術式の得手不得手が存在しているからだ。蛇咬邪抗砂の術式の考え方をそのまま持っていては、何百年かかろうとも同様の効果を発生させる術式は発動できない。
雪杜はこの壁を乗り越えようとしている。
即ち、いかなる触媒をによってでも、容易に同様の効果を表す技術の開発を目指している。
無論容易なことではない。
そもそもが、これらの分類は人類が千年以上の時間をかけて蓄積し、磨き上げてきたものだ。
それらを一度取っ払い、既存の技術との互換性を持たせたまま、まったく新しい概念を生み出す。
それが、今、雪杜が雪杜である意味を、存在をかけて取り組んでいる事。
既に百冊を超えたアイデアノートを見返しながら、様々な触媒に術式を刻み込む。布に糸で、墨で、血で。糸は、色や素材を、墨は色や濃度を、血は濃度や種類を、それぞれ様々に試しながら、一方で符に刻んだ同様の効果を発揮させようとしている術式と、その効果の差異や影響、術式の強度等の違いを比べる。
そうして、どのような組み合わせ同士、どれだけ精霊を込めれば、想定の効果を発揮するのかの記録を蓄積してゆく。
道具と手順の差を埋めるにはどうすれば良いのか。
思考と試行の積み重ねをただ繰り返す。
かつての誰かが、そうしていたように。
そうこうしているうちに、こんこん、と部屋の扉がノックされた。
しかし集中している雪杜はそれに気付くこともない。
こんこん。
もう一度、ノックされる。
やはり気づかない雪杜。
そして。
どん! どん! どん!
もはやそれはノックではない。それはノックというにはあまりにも大きすぎた(音が)。大きく(音が)、激しく(扉の揺れかたが)、重く(衝撃が)、そして大雑把すぎた(テンションが)。
つまりは殴っているだけだというだけの話だが。それにしても尋常な威力ではない。そしてそれに一向に気づかない雪杜もまた尋常な精神力あるいは無神経ではない。
そして。
まるで大砲の直撃を受けたかのように、扉が吹き飛んだ。
術式による強化のおかげかそのままの形を保ったまま吹き飛んだ扉は、薬品を大量に詰め込んだ棚にぶつかり、止まった。部屋の中の家具等は基本的に全て術式で強化されているのだ。
もっとも、中の薬品や書類などはその限りではないため、凄まじい振動により棚の中はぐちゃぐちゃになっていたが。
一方の雪杜はいとえば、背後を突っ切った扉の存在など微塵も知らずと。
「む……駄目だな」
ノートにバツ印を付けて。
「ダメなのはあんたでしょうが」
「む」
後頭部をスリッパで殴られて、ようやく部屋に入ってきた存在に気がついた。
「何だ君か。痛いじゃないか、何をするんだ」
「『何だ君か』じゃないっての。毎度毎度の繰り返しでいい加減うんざりするけど、時間、過ぎてるわよ」
呆れて目覚まし時計を付き出してきたのは、雪杜と同年の少女。隣の部屋に住む、佐々森芳鈴だった。
彼女もまた雪杜と同じく術者であり、彼の本家で術式を学んだ存在だ。
瞳には勝気な光がやどり、ショートの髪が活発な印象をあたえる、そんな少女だった。
彼女が突き出した時計は、確かに七時四五分を指し示していた。
「ふむ……怠慢じゃないのか、佐々森。僕の時間の管理は君の仕事だろう」
「喧嘩売ってるんなら全力で買うよ、ねえ?」
彼女の怒りは正しいが、雪杜に届くことはない。
「落ち着け。朝から血圧を高めると健康に害だぞ」
原因になだめられるともはや憎悪しかわかないのだが、いくら言ったところで意味が無いという事はこの一年でしっかりと思い知っていた。
故に芳鈴は用事だけを端的に伝える。
「ご飯、テーブルの上に用意しているから。勝手に食べてってよ。
別に術式の研究を続けるのは構わないけど、それで遅刻しても知らないからね」
「ふむ。わかった、ありがとう」
用事を済ませた芳鈴はそのまま部屋を出ようとするが、入り口のところでピタリと動きを止めた。
「ねえ——やっぱり、生徒会長にはなるの?」
「なるさ。いや、なれるかどうかはわからないけどね。
けどそのつもりではいるよ。それが?」
「それって、やっぱりあの女が理由なの?」
その言葉に。
今まで視線を合わせることのなかった雪杜が、ようやくそれを合わせた。
「僕がそうする理由と君の任務に、なにか関連があるのか」
冷たい目だった。
相手に対して何一つ感情を抱くことを拒絶している、そういう目だった。
背筋が凍る思いを必至に隠しながら、芳鈴は続ける。
「あんたの研究は本家に評価されてる。けど、生徒会になんて入ったら研究が滞るかもしれないじゃない。
そうなったら、そのうち本家はあんたを疑いだすに決まってるでしょ。研究を秘匿しているとか、そもそも最初から研究をやり通すつもりがなかった、とか。もしそうなったら、」
「君が僕を殺す。それだけだろうに。そんな事先刻承知だよ。君に言われるまでもない」
「だったら!」
「自分の命をかけるものくらい自分で選ぶさ」
そうやって。
穏やかに笑う彼を見て。
「――――もういい」
視線に憎悪すら込めて、吐き捨てるように言葉を吐いて、芳鈴は部屋を後にした。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら多少の後悔の念が首をもたげる。
重い役割を与えられたのは彼女だ。そして雪杜はその責任は自分にあると自覚している。その身勝手に振り回される彼女が自分を恨むのは当然であり正当な権利だといえ、それを正面から受け止める義務が自分にはある、と考えていた。
互いに見事に的外れなのだが、まあそれはそれ。
「まあ、もう少し彼女には気をつかってあげられて然るべきなんだろうね。
……やっぱり、あなたみたいにはなれそうにもありませんよ、先輩」
思い出の中の彼女の笑顔に、そう呟いた。
芳鈴と雪杜は幼馴染みと言って良い間柄にある。
幼い頃の雪杜は、こども特有の無軌道さと傲慢さで、思うがままに術式の研究にのめり込んだ。
多くの子どもはそんな雪杜を排斥し(ようとして逆に手ひどい反撃を丁寧に刷り込まれトラウマを受け付けられ)たが、芳鈴は雪杜の研究を隣で眺めていた。
雪杜が何をしているのかを正確には理解できなかったが。次から次へと新しい奇跡を生み出す雪杜の研究に、彼女は夢中だった。
「それがまあ、いつの間にかあんな人格が歪んで……」
学校への道。
芳鈴は自転車で通っている。
速度は現在時速三十キロオーバー。怒りがペダルを踏み込む力に還元されているのだが、これが本気になると高速道路も走れる程の速度になるので今日はまだゆるいほうだ。
ぐちぐちと、雪杜への文句は際限なく溢れてくる。
「そうよ。いつもいつもいっっっっっつも術式の事ばかり考えて、術式の事しか考えてなくて、術式以外のことなんか何一つ考えないくせに人当たりだけは良くて。
ふざけてるのかって話よね。いつの間にかあんな危ない研究までして、おかげで本家に研究やめるように言われて、おまけに禁忌指定と封印指定。馬鹿みたいじゃない。
それで何? 駄目になったとたん無気力になってさ。人が何言ってもどうでもいいって顔をした上に何も言わずにふらっと姿を消したくせに、いきなり本家に喧嘩売るような取引仕掛けたと思えば、あたしが監視員になっていざとなれば殺せ?!
ふ、ざけんじゃないわよっ!!」
踏切寸前で煙をあげながらの猛ブレーキ。怒りの咆哮が踏切の鐘の音に掻き消される。隣で停車していた車のドライバーがぎょっと目をむく。
怒りは次から次へと溢れてきて、もはや彼女は自分が何に対して怒っているのかさえも分からなくなって。
それがまた、理不尽と分かっていても、雪杜への不満となって蓄積される。
完全な悪循環だ。
一体いつから自分はこうなってしまったのか。考えてみてもわからない。
任務を告げられたときは衝撃を受けたが、同時にやる気もあった。
雪杜がなにかまずいことをしでかしても、自分が止めてやれば良いのだと。だから、急な転校やらなにやらでゴタゴタはしたものの、この街に来たときはまだ不満はなかった。
彼が人が変わったかのように、術式以外に関しても意識を向け、思いやりと呼べる感情をもって接していたことは驚きだったが、それは好意を持って受け入れるべき変化だと喜んだ。
そして、そんな風に彼を変えた人物を、知って。
いや。
だから何だというのか。
あの人は関係ないだろう、あの人は。
「……アッタマいったい」
電車が通過する。風圧で揺れる髪をいじりながら、なぜ自分が落ち込んでいるのかがよくわからなくて悲しくなった。
土曜日なので授業は半日で終わり。
放課後の校舎には、さっさと帰る者や部活に勤しむ者、残って友人たちと会話をしている者など様々。
雪杜が生徒会役員選挙の準備と昼食のために学食を訪れた時も、そこには幾つかのグループが存在していた。いつもの騒々しさはさすがにないが、それでも賑わっている。
神葉学園は生徒数が多く、一学年に十以上のクラスが存在する。また、高校にしては珍しく学科が存在し、必要単位や選択授業が多く取り入れられているのが特徴だ。
もっとも、進級や卒業のための必要単位はほぼ必須科目で揃うので、普通に学校へ来ていればまず留年の憂き目を見ることはない。前例は存在するが。
そんな制度を好んで取り入れる学校なだけあり、校風は割と自由だ。校舎の施設は基本的に解放されており、使用に制限はない。
食堂も、常に調理のおばちゃんがスタンバイしておりまたメニューも充実しているため、実は暇つぶしには調度良いスポットになっているのだ。
雪杜はカツカレーセットを頼むと、隅のほうに陣取り資料を読む。
そこには、自分が生徒会長となりなにをするのか、何を目指すのか、という事と、そのための案が幾つか書かれていた。
基本的には過去の選挙で使われた物を参考にして作り上げたものである。
「しかしそれゆえに、目新しさはどうしてもなくなってしまう、と……」
特に具体案のところが未だに形を持っていないのがまずい。
そこも過去のものを参考にすればよいではないかと思うかもしれないが、それは不可能なのだ。なにしろ、歴代の生徒会長はもれなく目標を達成してきたから、だ。
歴代神葉学園の生徒会長たちの行動力は凄まじいの一言に尽きる。明らかな非常識でさえ、ゴリ押しや裏技、知略謀略を駆使して達成してきている。はっきり言ってお前らやり過ぎだと雪杜でさえツッコミを入れた。
しかしまあ考えて見れば、去年の生徒会長もやはりぶっ飛んでいた。
そんな非常識人間たちと自分のような平凡な人間が果たして並ぶことが出来るだろうか、と、無用の心配を彼はしている。
まあ、彼以外の候補者達もなかなかにブッ飛んだ面子が揃っているので、当選できるかどうかという心配は決して無用のものではないが。
自分以外の二人の候補者の主張内容をまとめながら、さて自分はどう戦うべきか、と思案する。
目指すものは見えている。いや、その言い方は正しくはない。
ただ、彼女に教わったこと。それを、どうにか形にしたいというのが根底にある。
それは、雪杜が術式以外に初めて抱いた、執着と呼べる感情。
そして、初めて人に懐いた、恋という執着。
「あなたが僕に教えてくれたこと。僕はそれを、どうすれば形に出来るのか。
あなたになりたいわけじゃない。あなたのように生きたいわけでもない。
僕は僕として、ただ。
ただ――」
祈るように、呟いて。
視線を書類から上げる。
既に二時間が経過しており、食堂の中に人はまばらだった。
ふと、離れた席に座る女子生徒二人に目がいった。
二人組の少女は、リボンの色からして一年生のようだった。
なぜその二人が目についたのか、一瞬考えてすぐに答えが出る。
二人組の片方があの四条式だったからだ。
「ふむ。つまり、という事は――」
雪杜も、龍夜から話は聞いている。この学園の生徒にレギオンとの戦闘を目撃された可能性があると。
写真や詳細資料などはさすがになかったが、軽く見た目の特徴などの話は聞いている。その中に、四条式の友人であると聞かされていた。
四条式。
今でこそ小さくまとまっており門下は数名となっているものの、その名前はよく知っている。この国で裏の世界に見を長く置くほどにその名前は意味を持ってくるだろう。
それは特にこの国においてはそれはもはや伝説の名前なのである。
数代前に裏の世界との関わりを明確に断ったものの、それ以前に積んだ業績は静かに、しかし深くこの世界に刻まれている。
即ち、徒手空拳にて悪鬼と渡り合う者共。
神拳・四条式。
冗談としか思えないような逸話は数知れず。
そんな四条の娘である以上、雪杜も顔ぐらいは知っていた。とはいえ家の方針か、術式との関わりなどはまったく臭わないが。
その友人である少女に、戦闘を目撃された。
あるいは警戒されている可能性がある、という。ただ、疑いを受けているのは龍夜ひとり。一緒にいた雪杜の存在が誰なのかまでは掴んでいる様子はなく、今後の注意次第ではバレる心配もなかろうとの事。
とはいえじっと見ていてはあらぬ疑いを受けるかもしれない。
と。
「なに下級生を凝視してんのよ。変態? 変態なのね? 死ねば?」
辛辣な言葉が背後から降り注いだ。
振り返ると、腕を組んだ芳鈴が椅子に座る雪杜を見下ろしていた。とはいえ芳鈴もさほど身長が高くはなく、見下ろすと言ってもアドバンテージは僅かなものだが。
「そういう誤解をまねくような物言いはやめてくれないかな。まだ今朝のことを怒っているのかい?」
「朝から胃が痛くなるような話題をされて根に持たずにいられるほどサッパリした性格してないから。文句ある?」
「また随分と率直な言葉だね。
わかった。わかったよ。君の機嫌を損ねて本家に陰口を叩かれるのも事だ。この場はデザートひとつで手を打ってくれないかな。
ここのいちごパフェは君も好きだったろう」
「……よ、よく知ってるわね」
「監視者を観察するのは当然のことだ。振込明けの日にこの食堂で真っ先にパフェをがっついていれば嫌でも気付くさ」
「そ。そう? ……ん。あれ? 今なんか馬鹿にされなかった?」
「ところで君は何をしに来たんだ?」
左手で髪をいじいじする芳鈴が事実に気づく前に会話をさっさと進める雪杜。
割といい性格をしている。
「文句を言いに来た……ってのは冗談よ。はいこれ。追加での調査報告」
差し出された封筒を受け取り、早速開く。
出てきた資料を二人で眺める。
「随分と足元見られたわ。それでもやっぱり騎士団関係の情報は掴みにくくてロクな情報はもらえなかったけどね」
「確かに情報としての精度は低いけど、数はそれなりに揃ってるね。
にしても何だコレは。一体普段は何をして生きているんだ、あの男は」
資料は龍夜についてのものだった。
過去の記録。
龍夜がどこで、何をしてきたのか。
ひたすらに、それを集めたものだ。
ある時は中国で<天使級>レギオンの大群の征伐に参加。
ある時はロシアで術者の行方不明事件の捜査に協力。
ある時はインドで闇の拳闘大会に潜入調査。
ある時は<座天使級>討伐軍団の一員に参加。
そのような記録ばかりだ。
つまり。
「基本的には裏方。前に立って何かするようなものは殆ど無く、あったとしても小さなものばかり、か」
「けどそれも仕方ないんじゃないの。何しろ悪名高い『漆黒騎士』だもの。前線に投入してまともな連携が取れるとも思えないし」
「確かにね。生身での戦闘を前提とした騎士なんて、他の騎士の攻撃に巻き込まれるのがオチだろうし」
「ま、鎧そのものの防御力は秀でているみたいだから鉄砲玉みたいな扱い方はできそうだけど」
敵陣に単体で突っ走ってゆく黒い騎士を想像する。
どうせレギオンの群れも黒いのですぐに区別できなくなること請け合いだろう。
そこに次々に絨毯爆撃のように投下される騎士の攻撃。
まあ、あの強度の鎧ならば耐えられないことはないだろうが――鎧が耐え切ったところで本人の精神力がどれだけ耐えているのかは甚だ疑問である。
ざっと見た限り仕事の評価はされている。良い駒、といった扱いだろうが、だからこそ簡単に切り捨てるような真似はされまい。
使い勝手のよい駒は、長く使い潰すに限る。
自分自身が良い例だと薄く笑った。
それにしても。
「なんていうかまあ……やりたい放題だね、彼」
「さすがのあたしもこれ見たときは引いたよ。貞操観念の薄さで言うなら、あんたといい勝負なんじゃないの」
「いやさすがにそこは僕のほうが薄いよ」
「……何の争いよ」
呆れる芳鈴はさておいて。
ここで二人の言う貞操観念とは、いわば各派閥の縄張りの事だ。
術式世界における派閥は一般的なそれと同様に、ややこしく複雑で面倒に絡み合っている。
雪杜の研究はそんな世界に風穴をあける可能性を秘めているのだが、それはここでは置いておく。
今は龍夜の話である。
龍夜の仕事の受け方は、一言で言って無節操。
例えば組織Aで依頼を受ける。そして数年後、思い出したかのように組織Bの依頼で組織Aを潰す。
平気でそんな事をしていた。まあそのどちらの組織もそもそも褒められた中身の組織ではなかったのだが。ちなみにそれが明らかになったのも、騎士団に龍夜が提出した資料からわかったことである。
これで恨まれない方がおかしい。
事実何度も集団で襲われているらしい。それら全てを撃退しているというのがまた見事にトチ狂っているが。
「どうにも彼の扱いと実力が乖離している気がするんだが」
「それは同意。けどやっぱり『漆黒騎士』でしょ? どうしてもそのスペックで仕事を回すみたいなのよ。ついでにいうと、あっちもそういう仕事を選んで請けてる節もあるしね」
「ふうん……何か、人前に出たくない理由でもあるのか」
「そりゃ、あるんじゃないの。あんただって立場的には似たようなもんじゃない。
あんたは、例の研究。そしてこっちは、噂の鎧。
どちらも傷持ちって言えばその通りでしょ」
「まあ確かにね」
龍夜がいつどこで鎧を手に入れたのか。それは誰も知らない。少なくとも調べた限りではわからない。
意図的に隠しているか、そうでなくても積極的にふれ回るつもりはないのだろう。
「ねえ。君の意見を訊かせて欲しいんだけど」
「何? くだらないことだったら殴るわよ」
「怖いな。それじゃあ真面目な質問をしよう。
彼――東雲龍夜の代名詞である『漆黒騎士』と、その鎧。
彼はそれを、望んで手に入れたのか、望まないうちにそうなったのか。
どっちだと思う?」
芳鈴は雪杜の言葉を受け、しばし考え。
「……つまり、普通に術式で鎧を召喚したらそうなったのか、それとも最初からあの形の鎧を想定して作ったのか、ってこと?」
こくり、と雪杜が頷く。
もういちど芳鈴が考える。今度は深く。
彼女の中での答えはすぐに出た。当然前者だ。彼の資質がどれほどの物であったかは分からないが、存在として圧倒的に上位のものを相手取る事を前提にしながら特攻が必要なものを作るなど、正気の沙汰ではない。
それなら。
正気でなければ、そのような鎧を選ぶ理由があるだろうか。
あのような鎧を選ぶ理由は一体何か。漆黒騎士の利点を考える。
まず、どう考えてもその防御力はそのひとつだろう。強度だけならば上位レギオンの攻撃にも耐えられるのではなかろうか。
しかし同時にデメリットがある。圧倒的な火力不足。術式が発動できないならば狩ることのできるレギオンはせいぜい<大天使級>が限界といったところだろう。
しかし先頃、彼が討ち倒したのは<権天使級>だ。
さて、この矛盾はどこから出てくるのか。
つまり。
「東雲龍夜はその剣術ひとつで、レギオンと対抗出来る。それを前提とするなら、あの防御力だけを突き詰めた鎧を選ぶこともある……かもしれない」
雪杜はそれに同意する。
「うん。そうだね。僕も同じ考えだよ。」
「けどそれって前提がまず無理っぽくない? そんなの聞いたことないわよ」
「僕もそんな剣術は聞いたことはないけれど、前例が皆無ってわけではないからね」
雪杜の視線の先には、ケーキを食べながら会話を続けている下級生の少女たち。
「……四条式」
芳鈴が声を潜めた。
「けど四条式の伝説だってどこまで信用できたものかわからないわよ。ていうかもう明らかにギャグとしか思えないような話もあるし。大体、そんな体術が廃れるにしてもほとんど広まることさえなかったって言うのはおかしいじゃない」
彼女の言葉のとおり、四条式の使い手は非常に少ない。
国内で十数人といったところだ。
「生身で身を守れるどころか、レギオンと渡り合える。それって、術者が飛びつかないほうがおかしいくらいの技能よ」
「ま。そうなんだけどね。そっちは何か有るのかもしれない。条件とか資格とかね。
けど火のないところに煙は立たぬの通り四条式は確かにある。
それと同じような剣術があっても、おかしくはないだろう?」
「う〜〜。まあ、そう、かも」
しぶしぶといった様子で同意する芳鈴を見て、おかしそうに笑う雪杜。
無茶を言っているのは理解している。
それでも、龍夜の剣技を目の当たりにすると、それも可能では、と思ってしまうのだ。
<天使級>を斬れるからと<大天使級>を斬ることができるわけではない。まして<権天使級>と剣技ひとつで渡り合うなど本来ならば夢物語。
しかし可能性を感じずにはいられない。
そして。
もしそうならば。
「――――雪杜。眼、怖いよ」
指摘を受けて我に返る。
「ふむ。どうにも感情的になるね。コレに関しては仕方がないと諦めてはいるけど、君に度々注意を受けるともうすこし考えたほうがよさそうだ」
苦笑を浮かべる雪杜。
芳鈴は。
(――なによ)
なぜだかそれが悲しくて、悔しくて、やりきれなくて。
「雪杜」
「うん?」
「パフェ」
「うん」
「すぐ」
「うん」
半ば以上は、八つ当たりだった。
そんなやりとりがあっているなど当然ながら露知らず。
龍夜は街を徘徊していた。
言葉が悪いがそうとしか言い表せない。
何しろ行く場所行く場所怪しかったり薄暗かったりなんか臭ったりと、普通であれば人が避けて通るような場所ばかりだからだ。
当然、龍夜がそんな場所を渡り歩くのにはそれなりの理由がある。別に趣味ではない。いやある意味趣味なのだが。
そういうわけで今も、どこか生臭いビルの谷間で、薄暗い闇をじっと見ていた。
「なし。なし。なし。どこもかしこもレギオンの気配はなし。
昨日の群れは一体どこから現れたんだ」
『完全に隠れおおせているな。
こうなってくると俺たちの調査の行き届かない場所……ふむ、地下室なんてのはどうだ。あるいは下水道』
「分かってて言ってるだろ。レギオンの発生はあくまで人の通りの中で生まれる。
こうやって薄汚れている場所にだって人の流れはあって……そしてその流れが特に淀んだ感情を含んでいるからこそ、レギオンが生まれる。
下水や地下室にそんな流れがあるなら、それは相当規模のマフィアや大量殺人犯のアジトだ。
そんな情報があれば真っ先にあたってるよ」
事実、夜に元気になる自由業の方々の周囲は集中的に調べてある。
「ったく。こうなってくると本格的に三奈頼りになるな。……どうしよう、俺どんどんあいつに頭が上がらなくなってってる気がする」
『いやとっくの昔の話だろそれ……お前まだ同じ地平にいるつもりだったのかよ。俺はそのことに戦慄だよ』
「そこまで言うか貴様」
『事実じゃねーか。二年前日本に帰ってきてからこっち、お前あいつの世話にならなかった方が少ねーんじゃねーの?』
「ぐ……っ!」
割と事実だった。
生活拠点を日本に移すことを決めた二年前。
あてにしていた姉は相変わらずの風来坊で連絡がつかず途方にくれ。
ひとまず仕事をと思えば『漆黒騎士』ということで門前払い。
明日の飯さえしれぬ窮状の龍夜に手を差し伸べたのは、他でもない三奈だった。
ちなみに。
あちらはしっかりと幼少児の龍夜の事を覚えていたのだが、龍夜はすっぱり忘れていた。
それが知られたときは恐怖であった。
今でも体が震える。
三奈怖い。マジ怖い。洒落にならない。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
『おい、龍夜。めんどくせえから帰ってこい』
「はっ?! ま、まあとにかくあれだ。もうこれだけ借りを作ればあとどれだけ借りを作っても同じだよな」
開き直る龍夜だが。
『そいつはどうだろうなぁ……』
小声でつぶやいたサマエルの声には気付かなかった。
その時。
コートの内側に振動。
携帯端末のバイブレーションだ。
取り出す。
固まる。
えー。まじでー。といった顔。
いやまあ待っていたは待っていたのだが、タイミングが悪すぎた。
つまるところ。
『鈴橋 三奈』
と、画面には表示されていた。
電話を受けないという選択肢は当然ない。あちらから連絡を入れてきたという事は何か伝えるべきことがあるということだろうし、無視すればあとでどんな目にあうのか想像もつかない。
というか想像したくない。
「はい、もしもし三奈か元気にしてたかハッハッハッ!!」
『どうやら何か失礼な想像をしていたようですね』
なぜバレた。
あほか、というサマエルのつぶやきなど当然耳に入らない。
『まったく。毎度毎度のことながら、もう少し皮を被る事くらい覚えたらどうですか』
「被ってねえよ」
『はい?』
「いやなんでもない。
それよりも、これは何の用事で?」
『なんですか。用事が無いと電話をすることもダメなんですか?』
「いや……んなことた言わんが……」
どうにも調子が狂う。なんとなく、普段の三奈とは様子が違う。
「どうしたんだ」
『いえいえ。なんと言いますかね、そう。今朝送られてきた報告書に虚偽が混ざっていてそのことで姫様とお話をしたりしたんですが。
まあ率直に言って、ええ。
――殺意、沸いちゃってるんですよね』
ぴ。と。
通話を切るボタンを押す。
沈黙。
ただただ沈黙だ。
しかし龍夜の体はカタカタと小刻みに震え脂汗がだくだくと溢れだし顔面は蒼白を通り越しもはや土気色。
そして電子音。
「あれ? おかしいな。俺確かにバイブ機能オンにしてたはずなんだが」
げに恐ろしきは人の執念。
電子音は止まらない。一定時間成り続ければ自動的に留守録に切り替わるはずなのにその機能さえ働かない。
どういう事だ。
震える手で、通話ボタンを押す。
『いい度胸ですね、龍夜さん。命が惜しくないんですか?』
「す」
―― す み ま せ ん で し た 。
恐怖で言葉がまともに出てこなかった。
しかしなぜか相手はその意味を正しく理解したらしく、よろしい、と答えた。
どうやら世界は彼の知らない法則で動いているらしい。
『虚偽報告なんて珍しくはないですけれど、まあ今回は随分と重ねてくれたみたいじゃないですか。まあ考えて見ればおかしな話ですよね、あなたがまともに報告書を定期的に出してくれている、ということが。
ねえ龍夜さん。どうせ無駄でしょうからその街で何をしようとしているのか、なんてことは聞きません。
ただ、今何が起きているのか。それを教えてください』
完璧だな。
干上がった喉を唾で潤しながら苦笑を浮かべる。
退路を断たれた。ここでさらに嘘を重ねようものなら。
――全ての約束が無意味になる、か。
それは優しさだ。
たとえ刃にまみれていようと炎をまとっていようと、それが優しさであることは疑いようがない。
選べと言っているのだ。そして、どのような答えを返してもそれを受け入れると。
嘘をついても。それをただ受け入れると。
きっと三奈は嘘をついて、たとえそれに気づいたとしても、今まで通りに接してくれるだろう。
それを許すかどうかは龍夜次第。いっそ暴力的なまでの包容力。
だから。
「……レギオンが大量発生している。昨晩の発生数は千以上で――どうやら俺は、完全に狙われているらしい」
真実を伝えた。
それに。
『……ばっ』
三奈は。
『馬鹿ですか?! 千って……そんなの非常事態もいいところじゃないですか! いくらあなただってそんな数相手にしたら』
「まあ、三回は死にかけたかな」
『っ!』
「大丈夫だ。状況が危なかったってだけで怪我をしたとかそういう事はないから。
だから落ち着いてくれ。俺は問題ない」
『問題ないなんて……そんな事』
「大丈夫だよ。一応、強力な助っ人がいたからな」
ただ。
それをしても、あれだけの猛攻が今日明日と続けば明後日にはどうなっていることか。
三奈もそれを察してか、口を閉ざす。
先ほどとは違う、重苦しい沈黙。
破ったのは龍夜だ。
「それで、連絡してきたのは?」
『……はい。そうですね』
鼻を啜る音が聞こえた。
気づかないふりをして、拳を強く握った。
『今朝、あなたに頼まれてた調査のひとまずの結果です。
結果というよりは推測ですが――今、この街の地図なんかを見ることはできますか?』
「いや、無理だな。けど地理はもう頭に入れている。話を進めてもらって問題ない」
『そうですか。それでは。
いまあなたのいる街――というよりは、代理で管理してもらっている領地ですが、神明市を中心に広い範囲を持っています。
その街の東側に山がありますね?
どうもその中腹辺りには昔村があったようで。戦中にどういうわけか空襲を受けて滅んだようですが、ほぼ人の手が入っていないようなんです。
もっとも、打ち棄てられた村ということで人の通りはないでしょうが……地上探索を回避し、人の想念を集約する。
その条件に合うものが、そこにはあるかと』
つまり。
「防空壕か!!」
たしかにそこならば、充満し圧縮し密度を高めた想念が集まっている事は想像に難くない。
先程のサマエルの言葉は奇しくも真実の一面を付いていたのだ。
「助かった。ひとまず状況を確認する」
龍夜の顔に希望の光が宿る。
これは状況を一気に打開する可能性を秘めた情報だった。
『はい。わかりました。
あ。それからコレは別件ですけど』
「ああ」
『南雲隊長からあなたへ荷物がひとつあります。おそらく今日明日中には届くかと』
えー。
一瞬で龍夜の表情が曇る。
だってあの人、マジで変なもんしかおくってこないし。
というか帰ってきてたのかあの人。
「……ああ、うん、わかったよ。受け取っとく」
本当ならば受けとりたくなどないのだが、受け取らなければどんな目に合うのかわからない。
「あれ? 俺どんな目に合うのかわからないことばっかりじゃね?」
五年前にたどり着くべきその真実に今更たどり着いた。余りにも遅すぎる。
東雲あるいは篠中龍夜。
女性相手にはどこまでもヘタレになれる男だった。
「ひとまず今は調査に行くよ……」
『はい。……気をつけて、下さいね』
それは。
きっと、いつものような挨拶がわりの言葉ではなくて。
「……ああ。気をつけるよ」
素直に応える。
「じゃあな、三奈。すまな……いや、ありがとう」
謝罪の言葉を打ち消して感謝を伝える。
そのまま、通話を切った。
壁に背をつけて、僅かに瞳を閉じる。
日の当たらない壁は、じっとりと湿って冷たく、だからこそ、自分程度には相応しいと、自嘲する。
「さて。じゃあ、行くか」
気持ちを切り替えて、足を外へ向ける。
光の先へ。
闇の向こうへ。
日常編ラブコメ風味。もっともっとと自分の中のあいつ(誰だよ)が訴えかけてくる。
というわけで困ったときの三奈えもん。
頼めば大体何とかしてくれる。
ひとまずひとつの話が無駄に長いのがアレなのでこまめに分けたほうが読みやすいんでしょうか。改行とかも。
Webで読みやすい書き方ってどんなんなのかも研究中です。
さて、ひとまずの終わりはみえてきました。
それでも決着はもう少し先。
なぜならこれは傷跡の話。
傷を負うために戦うのは誰なのか。