道筋・ゆらぎ
02 - 08:道筋・ゆらぎ
油断をするとすぐさまその隙を付いてくる。嫌がらせの腕に関してはこの世界は右に出るモノはない。
日付も変わる時刻。
龍夜と雪杜はビルとビルの隙間に身を潜めていた。
人ひとり座り込むのがやっとといった具合の、小さな路地。互いに別々の道の先を警戒しながら、体をやすめている。
互いに呼吸は荒く、座り込んだ姿は疲労に満ちていた。
それもそのはず。
龍夜は五十体近い数の<天使級>レギオンの相手をしたのだ。
ちなみに雪杜は八十体を超えている。
合わせてゆうに百体を超える数のレギオンの大群である。これほどの規模の大攻勢というのは非常に珍しい。
「くっそ、殲滅戦どころか消耗戦かよ……」
つい数時間前の自分の言葉に対して愚痴をこぼす龍夜。
「一体、何があればこんな大増殖が起きるというんだ。僕らの知らないところでこの街が大災害にでもあったとでも言わない限り納得できないぞ」
雪杜も顔をしかめる。次から次に現れるレギオンたちにうんざりしているのはこちらも同じだ。
むしろ広範囲をカバーする役目を負っている分龍夜よりも疲労の色は濃い。
とくに負担になっているのは、広範囲の警戒だった。
智晴がこちらの事情に気付いた可能性は、既に両者で共有してある。彼女がどれだけこちらの事情に勘付いているかは分からないが、何度も目撃されてしまうのは避けたいところ。
ということで、戦闘の前から戦闘中までとにかく周囲に気を配っていたのだが、これだけの数を相手にしながらの警戒というのはとんでもない負担になっていた。
「この街に来てからわけのわからない事ばかりだが、これもまた輪をかけて酷いな。
なあ葛籠。本当に、レギオンの反応はないのか?」
「僕自身疑いが晴れなくて何度も試している。にもかかわらず、やはり<大天使級>以上のレギオンの反応は見られない。
君こそ、何か思い当たる節はないのか?」
「あったらどうにかしてるよ」
今回のように<天使級>が大量発生した場合、疑うべきは<大天使級>以上の存在だ。自然的に発生する<天使級>とは違い、ベースとなる核をもつ<大天使級>以上のレギオンは、存在の強度も安定度もケタが違う。
そして、負の精霊が寄り集める性質がある。いや、自然により集まっているのか。
ともかく上位のレギオンは<天使級>レギオン大量発生の温床となるのだ。つまり大量の<天使級>が発生した場合<大天使級>以上のレギオンが存在している可能性が高い。
のだが。
先ほどから……どころか、ほぼ毎日、雪杜はレギオンの反応を探っていた。
具体的には、自分を中心に同心円状に広がる探査術式を街の各所で使用し、強いレギオンの反応を探している。
その場合、地上数メートル以上の高さはカバーできないが、そこは龍夜が視力強化と暗視の術式を使って目視で確認している。
どちらも完璧を保証するものではないが、これだけの<天使級>を産み出しておきながら完全にしっぽをつかませない相手というのも常識的には考えにくい。
イメージとして例えられるのは、炎だろう。
燃える炎を<大天使級>以上のレギオンと想定し、火の粉を<天使級>、酸素を人の負の感情に見立てる。
『炎』は『酸素』を取り込み大きくなり、大きくなった『炎』はより多くの『火の粉』を吐き出す。その繰り返しだ。
当然、大きな炎はそれだけ人目に付くし、隠し通すためには何かしらの対策がなければならない。
そういった手段を持って生まれるレギオンもないでもないが、それならばそれで、何かしらの痕跡が残るものだ。
今回二人は、術式による精霊の動きの調査意外にも有視界調査や熱源反応、磁力反応などあらゆる調査を行った。
にもかかわらず一向に反応がない。
レギオンの反応どころか、何らかの手段をもって姿を隠しているのならば存在しなくてはならないはずの痕跡さえ掴めない。
つまり。
「この場合導きだされる結論は『何の対策もなしにこちらの探索をかわしている』、か」
「そんな事があり得るのか?」
雪杜の疑問に龍夜は顔をしかめる。
「まあ、可能性としてはな。例えば超高空にいるとか、あるいは地下にいるとかな。
つってもそのどちらの場合も肝心の人間の負の感情が集まらないから、これだけ大量のレギオンを生み出し続けるのは難しいだろうな」
もしこの可能性が現実のものだとするのならば、今この街には中級どころか上級のレギオンが存在する可能性が高い。より上位のレギオンがその存在を削りながら下級のレギオンを大量に生み出す事は珍しくない。
もしそれが現実なら、この街は、終わりだ。
「……ともかく、こんな事を続けていればいずれこちらの力が底をつく。早いところ手を打たないと、以前の君の二の舞だ」
「つっても支援を呼ぼうにも、この状況をどう説明したもんかね……お前の方で何かツテはないのか?」
「あるにはあるが、迂闊に連絡を取ろうものなら本家の連中がここぞとばかりに僕の首を取りに来るだろうね。
はっきり言うけど、奴らにとってはレギオンも僕も大差ないよ。むしろ明確に敵対した経験がある分、僕の方が厄介だと思っているんじゃないかな」
「……つまり?」
「レギオン無視して僕を消して、それで終わり。むしろ街ひとつ引き換えに僕を始末できるんだし、お釣りが出るとか思いそうだ」
「俺以上に壮絶なもん抱えてんじゃねーか……」
どういう人生だと思わなくもないが。
逆に突っ込まれる事請け合いなので、それ以上は踏み込まない。
手探りですらない距離感。
ぎりぎりまで離れて走る平行線。
それが二人の距離感であり、協力関係である。
要は疑心暗鬼に凝り固まっているだけなのだが。
その時。
ざわざわと、全身を舐め回すような悪寒が走った。龍夜は素早く空へと視線を投げ、雪杜はすぐさま探査術式を起動。
「……レギオンの接近を確認。一体どこから沸いたのか、また新手だ」
「仕事か義務みてーにご苦労なことだな。
先に出る」
言葉を置き去り、龍夜が走る。
暗い路地には月光も届かず、数歩先は闇の向こう。それでも。
姿勢を低く矢のように真っ直ぐに、駆け。
「シッ」
鋭く息を吐き、右手で鞘に収まった刀を突き出す。
地面からわき出しかけていたレギオンの頭蓋が飛び散り、黒い靄となり消え去る。
左手を鞘に、右手を柄にそれぞれかけ、素早く刀を抜き、刃はそのまま上へ、鞘は地面へ。
視線さえ向けずに二体のレギオンを葬り去る。
しかし胴ががら空きとなった龍夜に向けて、闇の奥から体組織をぶちぶちと引きちぎりながらレギオンが首を伸ばす。
鋭い牙が龍夜の腹に喰らいつく。
寸前。
龍夜の背後から飛来した無数の光の針がレギオンの首を地面に縫いつけた。
がちん、と音を立ててレギオンの牙が龍夜のシャツを浅く切り裂き。
龍夜のブーツが頚部を踏み抜く。
「ぺら、ぐら・ぜ・ら!」
千切れ転がる頭部が悲鳴をあげながら、霧となり消える。
が。
「「ぜ、ら」ぼげげ「げ、ぎ・ららぜ」ぱ「ぬげく、じぬ「む「ずがげら」がら・らげぐ」、じらるらるらる」ぱぱ」
絡み合い、溶け合い、混ざり合いながらせり出す、闇。
一瞥し、身をかがめた龍夜は。
「邪魔だ、退け!」
雪杜の言葉を受け、跳躍。
術式で強化された脚力はコンクリートを砕き、その身を屋上の高さにまで運んだ。
地上では紅蓮の光が渦をなし、耳障りな悲鳴を飲み込みながらレギオンの群れを焼き尽くす。
見届けるまでもなく決まりきった結末からは視線を逸らし、今や屋上を見下ろす高さにまで飛んだ龍夜は。
「……ここまでくると、いっそ笑いが出るな」
言葉のとおり、引きつった笑みが浮かび。
『ははっ、嫌がらせだとしたら、そいつ、相当才能があるな』
雪杜から離れた事をいいことに、サマエルがいつも通りの軽口を叩く。
周囲五棟のビルの屋上。
そこは闇の亡者共によって埋め尽くされていた。
その数ざっと数えて二百。
心底うんざりしたと言わんばかりに歪む顔。
ため息。
そして、その体はやがて重力に引かれ。
落下。
刀を一旦収め。
群がる闇共を見下す。
コートの内ポケットから十枚以上の符を掴み、無造作にばらまく。
レギオン達がその身を歪め、飛びかからんと力を込める。
そして。
かつ、と。
空中に生まれた見えない足場に降り立つ。
レギオンよりもなお深く純粋な黒。
龍夜は。
「神浄四相流・一伎型――籠轍」
四方から踊りかかるレギオン。それらを冷徹な視線で見据えながら。
渦になる。
神浄四相流・一伎型。
神浄四派の中では一点突破力においては他の追随を許さず、最も攻撃的。
反面、防御においては苦手どころではなく、そもそも相手の攻撃を防ぐという概念事態を捨て去っている。
しかしそれは、身を守る手段を持たないという事を意味しない。
つまり『攻撃は最大の防御』を地で行く――特攻。
相手より先に。
相手より速く。
相手より前へ。
それを突き詰めたとき、一伎型が体現するのは『防性攻撃』。
見えない足場が気の圧力に耐え切れずに砕ける。
砕けた術式が精霊を光の結晶として撒き散らす。砕けた硝子のように散らばるそれらを足場に、黒い渦となった龍夜が猛然と突き進む。
回転の勢いは凄まじく、飛びつこうとしたレギオンは弾かれ、その四肢があらぬ方向に曲がる。足場がわりに踏みつけられたレギオンの体は削られ、黒い霧と悲鳴をまき散らしながらバラバラと中身をぶち撒ける。
籠轍は体を中心にぐるりと一周、水平に刀を振るう技。
言ってしまえばただそれだけだが、その回転速度と刀に込められた気の密度の桁が違う。
刃の鋒が生み出す気の轍に触れればたちまち爆発をおこし、周囲に破壊を撒き散らす。
レギオン加賀原南帆との戦闘の際には加速と気の密度が足りず一回転するのみとなり、自身にもダメージが返ってくる結果となったが、本来はこのように連続して回転と前進を続けるものである。
破壊の轍を刻み続ける。
それこそが籠轍の真価である。
まるで龍夜の跡を轍を刻むように、次々と気の爆発が生まれ、巻き込まれたレギオンが頭を、足を、腕を、胴体を吹き飛ばされ霧となって消える。
「おおおおおおおあああああああああっ!!」
龍夜の叫びと共に気が膨れ上がる。それに反応するように、龍夜のばらまいた符が四肢と刀に貼りつく。
回転速度がさらに上がる。
さらに刃からは冷気が噴き出す。
噴き出した冷気は獣のように荒れ狂い、レギオンの群れを蹂躙する。その精霊の圧力がレギオンを引き裂き、冷気が氷漬けにし、砕く。
渦巻く破壊を引き連れた龍夜は最後に大きく飛び上がり。
「籠轍――終!」
回転の勢いをそのまま縦に、レギオンを唐竹割りにして。
爆散。
その勢いを背に受け床を滑り、振り返る。
「ちっくしょうめ半分も減ってねえ! いやわかってたけどな!!」
悪態を吐き捨てた。
僅か四秒半の暴威はその通り道に無残と形容できるだけの破壊をまき散らした。
床は砕き、えぐれ、破片があちこち飛び散り。
レギオン共は四肢を頭部を内蔵を、癇癪を起こした子どもの手にかかったかのようにばら撒き。
迸った冷気が大気を凍らせ、そそり立つ氷柱が敵を床に縫い付ける。
しかしそれでも、効果範囲が余りにも狭い。
始末できたのは二百のうちの四十余り。手傷を負わせたレギオンとなればその倍にもなろうが、どうせ元々が半不定形のような存在。すぐに元通りになるので損害に数えるのも馬鹿らしい。
「向き不向きがあるのは当然とはいえ、さすがにこの程度ってのは不甲斐ないを通り越して悪趣味なジョークにしか思えんな」
一伎型の真髄はあくまで一撃の重さにあり、一撃の大きさではない。
必殺の攻撃を放ったところで、一動作で倒せる敵はせいぜい三体がいいところ。
物量というのは龍夜に対して致命的なまでに有効な戦術なのだ。
それは同時に、龍夜はレギオンを苦手とする、という事とイコールでもある。相手がレギオンであり、さらには上位になればなるほど、その戦いに一対一はまず無くなる。
「そう思えば、やはりあいつは色々とおかしかったな」
この街はおかしなことばかりだ。
それらが独立しているのか、関連しているのか。
関連しているとすれば、その鍵は。
「さっさとケリをつけて、やつの調査に戻らないといつまでも面倒が続きそうだな」
やはり、中心になるのはアレックス・キング。
いずれはしっぽを掴まねばなるまい。
そのためにはこの戦いを生き延びねばならないが。
まあ、今回は。
随分と楽ができる。
レギオンの大群が動きを止めた自分に集まるのを見て。
龍夜は笑う。嘲笑う。
まあ仕方なのないことだ。向かうべき方向性としての『核』を持たない<天使級>はほぼ反射と反応だけで存在している。
目の前にあれだけ派手な暴力装置が現れたのなら、そちらに注目するのも仕方がない。
だから。
「任せたぞ、葛籠雪杜」
呼びかけに。
「任されずとも果たすとも」
答えが返り。
「終に墜の槌降ろし、御魂よ御風を魅せ賜え」
きぃん、と音が消える。
レギオンの動きが止まる。
そして。
「精霊符――蛇咬邪抗砂」
視界いっぱい群がる黒い陰が。
その一言で平らに均された。
効果音も僅かなもので、ぷちゅり、と小さな虫をひねり潰したような音が僅かに聞こえただけ。
悲鳴も絶叫も、呼気吐息も何一つ許さず残さず。
対象指定による空気圧による個別攻撃。
無駄の一切無いその術式を放ったのは他でもない。
「はっはっは。楽しいじゃないか」
「なあ本気でお前のキャラがわからないんだが」
えげつない笑顔を浮かべた雪杜である。
浮遊術式を使って、ゆっくりと上昇してくる彼の表情は、普段の仏頂面もどこへやら、笑顔一色。ただし子どもは間違いなく泣く。
どうも術式を扱うときの彼はテンションがやたら高くなる。外れるネジの数が一本二本どころでもない。
二人のとった作戦は単純。
地上のレギオンを片付けて雪杜の安全を確保し、龍夜が高く跳んで時間と注目を集め、さらに派手な攻撃を加える事でその意識を完全に龍夜一人に向けさせる。
その隙に安全圏にまわった雪杜が準備に時間のかかる術式を用意し、一網打尽にする、というものだ。
戦闘時間にして三十秒程度の僅かな攻防であったが、二人の体力と精神力は大幅に削られた。
それでも笑っているのは互いに意地をはっているに過ぎない。
そしてお互いにそれが分かっているからこそ、のっている。
まあ。
元来短気単純の龍夜と、変にテンション上がる雪杜の組み合わせでは、どうあってもこんな風なやりとりにならざるをえない面も大きいが。
術師も騎士もこのご時世に生身で生来の能力『のみ』で戦おうとする変人集団だ。
自然、奇人とか変態とかそういうのに分類される種類のイキモノが多くなる。
とはいえ、さすがにここまでブッ飛んだ例はなかなか見ないが。
術式症候群。
言葉としてはよく聞くしそう名乗る人間にも何度か出会いはしたが、コレほど重度かつその言葉以外を当てはめられないのは初めてだった。
まあしかしその腕もまた龍夜に衝撃を与えるには十分過ぎた。
これほどの使い手は同年代どころか、修練に熟練を重ねた術師にもなかなかいないだろう。
はっきりとこれ以上の術者と断言できる存在は、龍夜の知るところにおいても片手の数よりも少ない。
逆に言えば、それほどの術者を家から追い出し、かつ隙あらば命まで取るという事は、雪杜の抱えている事情が相当に重いものであることを伺わせた。
まあ、思い当たるフシもないではない。
雪杜の術式の系統が定まっていないのだ。
日本国内、ありとあらゆる術式を自由気侭に取り込み、いじくり、こねくり、もはや独自体系とも言うべき規模になっていた。
こんな存在を赦していては、他家の人間はいい顔はしないだろう。自分たちが長年の研鑽を積んで来た術式を、気ままにいじくり回された挙句、他の系統と混ぜ合わされてしまうなど。
自分たちの受け継いできた歴史と伝統と技術を、まるで遊具のように。
これ以上の屈辱があるだろうか。
その事情を鑑みれば派手な行動を許されないという事は理解できるが。
(命を積極的に狙われるほどかというと、どうにもな)
不穏分子の一言で切り捨てるには、雪杜の能力は余りにも度を越えている。
雪杜の力がもたらす恩恵はそれがもたらす厄介を抱え込んでも余りあるだろう。
(わからんな、どうにも)
こんな日本の片隅で、術者の極限とも言える人間と、騎士の成り損ないの自分がこうして共闘するなど。
本来であれば在り得なかったはずの組み合わせ。
互いの能力がそれぞれの意味で常軌を逸していたからこその巡りあわせ。
「そういうのは、大抵面倒事になるもんなんだよな……」
既に巻き込まれているが。
と。
「……おい、葛籠」
「何かな?」
「動くなこの馬鹿」
龍夜は呆れながら。
刀を軽く放り。
それが水平になった瞬間。
「失せとけ」
鍔を蹴り飛ばされた天穿牙がその場に鞘だけを残し、ミサイルかとツッコミを入れたくなるほどの速度で飛び出し。
雪杜の顔面親指二本分左を猛然と突き抜け。
背後二十メートルの位置からこちらを伺っていたレギオンの胴体に触れ、停止。
速度と質量全てのエネルギーを一身に受けたレギオンはそのまま爆散、霧になった。
「撃ち漏らすなよな」
「ふむ……たしかにこれは、僕のミスだな」
言葉と共に、雪杜が探査の術式を走らせる。
対象指定の攻撃という事は、そこから漏れた相手は無傷という事。
捉えた相手は確実に葬ることができる分、漏れた相手には何も出来ないというリスクも当然有る。
「にしても、それはそれで妙だね。撃ち漏らしたということは、少なくともあのレギオンは群れから離れた位置に最初から居たってことになる。
あれだけの数のレギオンが集団行動している中で、たった一匹が」
それは。
強烈な違和感を感じさせる事だった。
先にも述べたように<天使級>は反射と反応だけで存在しており、単純な目的に沿ってしか行動しないし、できない。
それは『核』が――つまり強烈な目的意識を与えるような人間の意識がないから。
それが、まるでこちらを伺うように見ていた、という事は。
「……やつらは、あくまで確固とした目的をもって俺たちを狙っている、ていうことか」
「そう。そしてその目的は僕らの排除……ではない」
沈黙。
ひとまず刀を術式で呼び寄せて、鞘に収める。
「いよいよもって訳がわからんが……それなりに状況はみえてきた、ってところか」
「そうだね。こうなった以上、確実に<大天使級>以上のレギオンは存在している。<天使級>に目的があるのはそれ以上ののレギオンが存在し、そこから生まれた何よりの証拠だからね」
そう。
つまり。
「つまり、どうあっても見つけなけりゃ俺達の負けってことか」
物量戦でレギオンと人間がぶつかれば、勝ち目は火を見るより明らか。
そもそも、人がいる限りレギオンは生まれ続けるのだから。
故に、その物量の元を絶たなくてはならない。
そしてそれは間違い無く存在する。
けれど。
どれだけ探しても見つからないものを、一体どうして見つけろというのか。
果たしてこれは前に進んだのかそれとも崖っぷちに立ったのか。
終わりの見えない迷宮に迷い込んだかのような気持ちになったその時。
「――――またか」
「随分と威勢のいい事だな」
肌を粟立たせるその気配は紛れもなくレギオンのモノ。
こちらへと向かってくる無数の気配を感じながら、龍夜は刀を抜いた。
「次は撃ち漏らすなよ」
「くっくっくっく、当然だ次こそは徹底的に壊滅的に破滅的な攻撃をくれてやるとも」
「もうモード切り替わってんのかよ怖えよ!」
その夜。
二人の戦闘回数は二桁を数え。
葬ったレギオンの総数は、千を超えた。
翌日。
大学の授業は午後一コマということで、鈴橋三奈は騎士団へ向かい、事務室へ入り、机に座り、自分の端末を立ち上げた。
大量の精霊術師と騎士を抱えるとはいえ――否、だからこそ、その事務処理は膨大になる。かつ、彼らは日々己の能力の研鑽に務める義務(という名の趣味)があるため、そういった部分をフォローする存在が専用で必要になる。
騎士団を組織として運営してきたのは、術者でも騎士でもなく、彼女たちのような一般人であった。
部屋には
幾つかの情報や報告をメールで受け取る。その中に、ここしばらくで見慣れた名前を見て自然口元に笑みが浮かんだ。
「ええと。『十体前後のレギオンの群れと遭遇するも現地術者の協力を得てこれを討伐。領地の浄化に尚も問題のある可能性。前任者の調査記録から漏れた集中点がないかの調査を願いたい』ですか。ふむ、なるほど」
数秒、考え込む。
その時、部屋に入ってきた女性が、三奈に声をかけた。
「あら三奈、朝からご苦労様」
「おはようございます、遠藤先輩」
にっこりと営業スマイル。
それを見て。
ああまたあのクソガキなにかやらかしやがったな、と、事情はよくわからないものの遠藤さおり(48)は何かを悟った。
「ああ、うん……おはよう」
「? どうしたんですか遠藤先輩、床に何かついていますか?」
「あ、ううん別にそういう事じゃなくてね。
単純にあんたの内心から噴き出す悪鬼の如き殺意の波動を正面から受け止めたくないのよ……」
鈴橋三奈。
笑顔の裏に鬼を飼う、騎士団事務員期待の若手である。
「あ、すみません。ちょっと姫様の所に行ってきますから席を外しますね」
「ええ。早くいってらっしゃい。主にこの部屋にいる人達の胃袋の健康のために」
既に三奈のプレッシャーにやられたのか、何人かの人間がお腹を押さえて机に突っ伏していた。
よくわからない言い回しに疑問符を浮かべながらも、件のメールを印刷し、三奈はそのまま部屋を後にする。
全員の安堵の溜息がひとつになった事など知らず、三奈は少し早めのペースで姫の部屋を目指した。
道が途切れたときにつかむ物。
その僅かな手がかりは、希望となるか絶望となるか。
諦めないために走るのは誰なのか。