一、家出
少女は駆けていた。
閑静な住宅街の景色が流れていく。
この世の全てを不条理と捉え、燃えたぎる恨みを抱いて。
いつもと何ら変わらぬコンクリートに固められた灰色の街が、今この瞬間だけ酷く冷たく感じた。
意見を押しつけてくるばかりの母親も、本音でなんて話せないクラスメイトも、妙に探りを入れようとしてくる担任も。
(――全部、嫌いだ)
己をかき消そうとするものたちが発する雑音を振り切るべく、全力で走っている。こうすればいつかはどこか自分が居心地が良いと感じられる場所に行けるのだと、少女はそう信じてやまないのだ。
そんな場所、この世界にはないというのに。
しばらく走るともう息も絶え絶えで、終いには雨まで降り始めて、セーラー服に雫が染み込んでいく。少女は服が多少濡れることを気に留めなかったが、段々と雨脚が強くなってくると濡れた制服が張りついてくるのが不快だったのか、屋根を探しにいこうと顔を上げた。
――それは果たして吉か凶か、目の前にはこぢんまりとした神社が鎮座している。
強く打ちつけられる雨。帰る家から飛び出してきたこの状況。少女は一切の迷いもなく、参道を進んでいった。
雨の中でもはっきりと目を引く鳥居の朱。神社といえば地域に根づくもの。ここも随分昔に建てられたのだろうが、それを感じさせないほど鳥居の色は強く残っている。途中で鳥居だけを建て替えたか補修工事を行って再度色を塗ったのだろうか。
鳥居を潜り抜け石畳の上を歩いていくと、拝殿へ続く階段の一番上に腰を下ろした。ここ、賽銭箱の前は拝殿の瓦屋根が伸びているため雨に濡れるもない。雨宿りにはちょうどいいポジションだ。
今一度、周りを見回してみると、神社は稲荷像や石垣が苔むしていたり欠けていたりと全体的に古びてはいるものの、思ったより管理が行き届いているようで、壁や床の穴や腐っている箇所は見当たらなかった。
ふと、空を見上げた。天気は大荒れで、黒く厚い雲はもう二度と晴れ間が訪れないのではと思わされるほどのものだった。文学的にいえばまさに「バケツをひっくり返したような雨」とでも表現できようか。
ふぅ、と一つ息を吐く。
口を開けば「良い学校に行け」と言う母親と口論になり、ついカッとなって家を出てきたのが事の始まりだったのだが、随分遠くに来てしまった。とにかく家から離れようと滅茶苦茶に走ってきたものだから、帰り道なんてわかるわけもない。
…まあ、そんなこと別にどうだっていい。心配されたとしてもそれはそれ。せいぜい私が帰ってくるのを心配してずっと待っていればいい。
最初から、帰るつもりなどないのだから。
何だか体の中心から冷えてきて、身震いしてから腕をさすって縮こまる。天気が回復するにしてもあと数時間はかかりそうな勢いだ。
これでは仕方がないと、もう少しこの神社に留まることにした。晴れるまでとはいかなくとも、小雨になるまでここにいたってバチは当たるまい。バチに関しては、ここに祀られている神様が寛容な心を持っていることを願うばかりだ。
とりあえずの安全地帯を確保したことによる安心からか単純な体の疲れからか、まぶたが重く感じてきた。もうじき夜も更けてくる。神社に制服姿の学生が眠りこけていれば警察の補導にかかるのは目に見えているため、今ここで眠ってしまうのは避けたい。が、心身の疲れは想像以上だったようで、特大の睡魔には抗おうにも抗えない。こくりこくりと揺れていた体は階段の手すりに体重を預けたことで動きを止める。少しした後、代わりに小さな寝息が聞こえた。
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深い眠りと眠りの間、俗に言うレム睡眠に差しかかったからか、自然と目が覚めた。
(…あれ、寝てたのか)
まだ若干重たい目を擦り視界をはっきりさせていくと、体重をかけていた左肩と背中が痛む。あんな神社の階段で眠っていたのだからこうなるのは必然なのだが。
そこでふと、違和感に気づく。
眠る前と今とで周りの景色が変わっているのだ。左半身を預けていた階段の手すりはいつの間にか時代劇に出てきそうな木目の壁にすり替わっており、場所も拝殿の前から町屋のような建物の間に変わっている。
(ここは…?私…あの神社にいたはずなのに、いつの間に…?)
もはや「いつの間にか」という単語で解決できる事態ではない。
誘拐?夢遊病?それともまだ夢の中に?
どんどん思考が散らかっていくが、どんなことが原因であろうと、それはこの現状を解決する手段にはなり得ない。
一度深呼吸をして冷静になると、とりあえず現状の把握を第一に、一旦外の様子を伺ってみることにした。
壁に手をついてなんとか立ち上がると、スカートの砂を払い、腰を下げて警戒しながら少しずつ壁を伝い路地から出る。
――そして、絶句した。
地面に敷かれた石畳、淡く光を放つたくさんの提灯、昔のレトロな情緒を感じさせる建物…そこまではよかった。
石畳を歩いている人々がおかしいのだ。
角、羽、鱗、その他耳や尾の生えた人々が街道を往来している。
確かに遠目から見れば人間の姿形をしている者が多いのだが、その大半が身につけている着物も相まってコスプレのように見えてしまう。もちろんそんなことがある訳ないのは重々承知の上だが、もはやそうあればいいとすら願っていた。
圧倒的な人外の雰囲気を放つ者たち、ビル一つない景色。
心の底から思った。
「…ここ、どこ?」
初めまして、紗雨と申します。
初投稿なので色々とミスやら誤字脱字やらあるかもしれませんがどうぞ温かい目でご覧ください。




