とあるダンジョン保険外交員の日常
※ 役立たず鑑定士を追放した配信サークル、崩壊する〜レアドロップが逆転した俺と最強少女〜とは別視点の短編です。世界観は地続きです。
土日、祝日、ゴールデンウィーク、盆休み、シルバーウィーク、正月休み。
仕事仕事仕事仕事仕事。
あー、めんどくせー。
ギルドの仕事はなかなかにブラックだ。近年の配信ブームのせいで、探索者は年々増加し、それに伴って、営業時間の拡大や、フロー変更など、業務も多様の一途を辿っている。
今日も世間様はお休みなのに、俺はこんな所で時間を端金に変えている。
34歳、御手洗航平。つまりは俺の一日が、無為に消費されていく。
憂鬱を嘲笑うかのように、片耳につけたイヤホンからは、やれ有名探索者が今日もレアドロップを持ち帰っただの、やれインフルエンサーの熱愛が発覚しただの、どうでもいいニュースが流れていた。
その時、電話が鳴った。俺は背もたれに寄りかかりながら欠伸を一つして、誰かが取るのを待った。
皆んな忙しそうだ。
別の電話に応対中の課長が、声を弾ませたまま、目でこちらを刺した。笑いながら睨むとは、器用な男だ。
仕方なく受話器を取った。
「大変お待たせいたしました。探索者ギルド東都中央本部、ダンジョン保険課の御手洗でございます」
早口言葉の要領で告げる。
「そちらの保険解約したいので、用紙送って欲しいんだけど」
相手の男は、無遠慮な声だった。
「承知しました。それでは証券番号か、お名前とご生年月日をちょうだいしてもよろしいでしょうか」
すぐさまメモを取って、端末を叩く。
36歳。Eランク探索者。ダンジョン専用死亡保険1000万。契約日は半年前。うわ、これ早期解約じゃん。担当者かわいそ。で、受取人は奥様、と。
「確認いたしました」
「差し支えなければ、今回の解約理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「保険は無駄だからやめようと思って」
一言だった。
じゃあ何で入ったんだよ、と少し笑いそうになったが、向こうは早く切らせろ、と言った調子だ。
こちらもお前と話したいわけじゃない。
マニュアルだから訊いてるだけだ。
「一応、確認ですが」
前置きをする。
「ダンジョンでの死亡事故は民間保険の対象にならず、社会保険も削減の対象になります。もしも、万が一の場合、ご家族様のご負担になりますが、本当に解約してもよろしかったでしょうか?」
「そう言うのはいいから」と、男が言った。
「かしこまりました。それでは明日、普通郵便で発送いたします。お電話ありがとうございました」
男が切ったのを確認して、受話器を置いた。
大袈裟にため息をついて、天井を仰ぎ見る。一仕事終えた感じを出す。
こうすることによって、次は別の奴が取る可能性が爆上がり。
まあ、そうなればいいな、って話。
……んじゃ、書類作りますか。
ここ一、二年。解約がどんどん増えている。
税金やら物価高騰やらで、国民の生活ガー、と、マスコミは連日騒いでいるし、現場を知らない”自称”金融インフルエンサーは、
『ダンジョン保険に入るくらいなら、そのお金でポーションを買った方がマシ!保険は損!今は資産運用!』
とかなんとか言って、SNSで無知な奴らを日々食い物にしている。
まあ、探索者で飯を食ってるのはこっちも同じだが。
個人的には、保険も入る余裕もないのに何で探索者なんかやってるのか、甚だ不思議なんだが。
…まぁ、どうでもいい。
別に俺が困る訳でもないしな。
ほい、完了っと。
早くやめたそうだったし、一応、速達で手配しておくか。俺って、やさしー。
俺がこの男の死を知ったのは、それから二ヶ月後の事だった。
それは、同僚の林の一言だった。
「そう言えば御手洗、お前が解約受けてた◯◯って奴さ。先週死んだぜ」
天気の話でもするかのように、穏やかな口調だった。
しばらく誰のことか分からなかったが、記憶の隅をつついて、ようやく先日の無遠慮な声を思い出した。
「え?マジ?」
「マジマジ、さっき報告書で上がってたぜ」
男は保険の他に、探索者組合の拠出年金に加入していたらしい。節税になるやつだ。もちろん保障は皆無。
「あーあ」
一応、渋い顔をして、煙草に火をつけた。
「だーから、言ったじゃん」
じゃ、これは追悼の一服だ。
心なしかいつもより、美味い。
「どこで死んだの?何層?」
フー、と吐いて、俺は続けた。
「貝浜のダンジョンで。二層」
「Eランクの癖に二層とは、剛毅だな」
煙が散らかった。
「流石、半年で解約するだけのことはあるわ」
林がおどける。
コイツ、よっぽど暇なんだなと俺は思った。
「…まぁでも」
少し、林が真顔になる。
「奥さんは可哀想だな」
一瞬、沈黙。白い煙が溶けていく。
少しだけ、電話口の男の事が頭をよぎった。
「何で妻子持ちで、探索者なんかやるかね」
林は続けた。
「金無いんじゃね?金ない奴ほどギャンブルとか、アホなビジネスにハマるからな」
「じゃあ俺らと同じじゃん」
林が笑った。
「間違いない」
そう言って、顔を見合わせた。
お互いに、声を出して笑った。
「午後、行きたくねー」
「新人探索者の説明会?地味に面倒だよな。この前なんか、『手数料はいくらですか』って訊いてきた奴いたんだが。勘弁してくれ、マジで」
「影響受けすぎだろ」
苦笑した。
「まあでも、必要だしな」
最後の煙を吐いた後、灰皿に煙草を押し付ける。
「そろそろ行くか」
今日も探索者は、夢を追ってダンジョンに向かう。
危険だが夢のある仕事。危険はないが夢もない仕事。
果たしてどちらが幸せなのか。
……まぁ、どっちでもいいか。
「林、置いてくなよ」
午後はもう少し暇になればいい。そう思った。
ここまでありがとうございます。
思いつきですが、好評ならまた本編の合間にたまーに書こうと思います。メインで書いてる小説も、よかったら見てやってください。
ちなみに私は金融業じゃないので、本職の人いたら、ツッコミお待ちしてます。




