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「と言うか、一緒に住むなんて嫁入り前の娘によく言う。男運なくても結婚を諦めている訳じゃないし──って」
ホテルのロータリー前から、横路に出て道の端でピタリと足を止めて考える。
「仮に漆喰さんのことがなくても。自力で大阪で物件確保して、仕事も大阪で決めたとしても。万が一、相手がその気だったら……お見合いが発生するかも……? でも、男の人と一緒に住んで居て。彼氏が出来たと言い張れば、お見合い回避率120パーセントに出来るかも──」
漆喰さんはどこか、私の霊能力を利用してやろうというのは肌で感じていた。
下心があるようには見えなかった。
だったら、私も漆喰さんをこそっと利用してやればいいのでは。そんな利害関係の計算をしてしまう。
「……家賃は実質タダ。給料は今日落ちたホテルの1.2倍……」
漆喰さんのこの提案を見逃して、同じ内容の物件も職なんてあるはずがない。
そう思うと案外、私達は持ちつ持たれつのような関係。
画像で見せて貰った、一緒に住むという桜ノ宮の家はとても広かった。
単純に綺麗な家に住んでみたいという、欲求が疼く。
そもそも漆喰さんと一緒に住んだとしても。
あんなイケメンと私が恋をするなんて、ありえないだろう。
向こうは女性を選びたい放題に違いない。
対する私は恋愛初心者すぎて、漆喰さんなんかハードルが高すぎて、恋している自分のヴィジョンが全く浮かばない。
さらには身の安全については、私に憑いている白狐様がいるらしいし。
「これは……一度話に乗ってみてもいいのかな。事故物件不動産屋とか、ちょっと興味はあるし」
考えながら、ゆっくりと歩き出そうとするとスマホが震えた。
ぱっと見てみるとそれは漆喰さんからだった。気になって、そのままメッセージアプリの画面を開く。
「なんだろう。えーっと『気を付けて帰ってください。今日は、ひとまずゆっくりと考えてください。では、今後もよろしくお願いします 漆喰』……」
ふうっと、型の力を抜く。
「あんなセリフを言ったあとに、普通のメッセージを送ってくるなんて、相当の手練と見た──」
なんだか全てこちらの行動は、お見通しのような気がしたけども、なんとなく。
標準語の漆喰さんは信用出来る。関西弁の漆喰さんは要注意。そんな風に思えて迷った挙げ句。
私も『よろしくお願いします』とだけ、メッセージを打った。さっとスマホをトートバッグに入れる。
「うん、今日は色々と頑張った。疲れたし、あとは家に帰ってからよく考えようっと」
そう呟いて、背伸びをしてから難波駅へと向かうのだった。
※※※
私の家は西堀川通り、西本願寺の近くにあった。西本願寺と言うメジャーなお寺が近くにあるおかげで、うちみたいな小さな神社も隠れ名所みたいな感じでそこそこ、参拝者はあった。
バスが巡回しているのも良いが、あくまで観光客向け。
春秋は満杯で乗れないことなんてざらにある。
ここ数年はインバウンド需要もあり、市バスは乗れたらラッキー、みたいな感覚になっていた。
だから私達京都駅周辺に住んでいる住民の足は、もっぱら自転車。
大阪、難波から梅田阪急線に乗り換えて京都駅までやっと戻って来た。大体一時間ほど掛かった。そこから京都駅にある駐輪場に預けていたマイ・電動自転車に乗ってさーっと家まで走らせる。
陽はすっかりと落ちていたが、ここは難波、梅田にも劣らない大きな京都駅だ。
京都タワーの灯りやビルの灯りが眩しい。
車も人の往来も多く、何より海外の方々がキャリーバッグをガラガラと引いて、京都駅をたくさんの人が闊歩していた。
まだまだ静かな夜が訪れるのは時間が掛かる。
私はそんな中、すいすいと自転車を走らせて帰路に就くのだった。
八条通を走り、線路を越えると車道の幅が大きな堀川通りにすぐ出る。あとは直線を真っ直ぐに行って、塩小路通前で曲がると家はすぐそこ。
路地の後ろに回れば静かな住宅街。
さすがに京都駅の喧騒さもここまでは届かない。辺りはしっとりとした静けさに包まれていた。
それでも、この辺りもゲストハウスなど小さなホテルなどが建っていて、私でも時代と共に、京都らしさが欠けていく感じは否めなかった。
それも商売、生活のためだし仕方ない。
「ウチだって英語の看板立てたぐらいだしね。んっと、駅で見た時間は十九時ぐらいだから、家にまだご飯あるでしょ」
出来たらデザートもあったらいいなとか思うけど、さっきティラミスを食べたばかりだ。
これ以上甘いもの食べたら、ちょっとカロリーが気になる。
でも今日はたくさん頭を使ったし、和菓子ぐらいならオッケーかなと、思っていると家に着いた。
住宅街がぷつりと途切れ、白壁に屋根瓦の壁が続く。神社はこの時間はとっくに閉館している。
表ではなく、ぐるりと回って裏手側に回り。神社に寄り添うようにくっついている、フツーの日本家屋が私の家だった。
その玄関の前に行くと、ぼんやりとした照明の下。人が二人立っていた。
自転車から降りて、ゆっくりと自転車を押しながら近づくと。
「お母さんと、ピンクのスーツ姿の人……わ。お見合い話を持って来たオバちゃんだっ」
思わず、ぐっと自転車を止めるときゅっとタイヤが音を立てて止まった。
こちらに気付かないでと思ったのも束の間。
お母さんより早くオバチャンがふくよかな体を揺らしながら、こちらに近づいて来た。




