事故物件は君を待っている
漆喰さんは私の返事に「商談成立」と微笑んだ。
まさに極上イケメンスマイルという名に相応しいが──ブロマイドとかで見る、商業用の完璧な笑顔めいていた。
早まった気がしなくもなかったけど、私もあまり悠長にはしていられない。
漆喰さんを全面的に信頼するという訳じゃないけど、時間もお金も無限じゃないのだ。
行動してから問題があれば、軌道修正していけばいいかと思うことにした。
そんなところで話がまとまり、漆喰さんは今日は一旦ここまでにしようと言った。
詳しい話は二日後。連絡先を交換して、また難波で会おうということになった。
私も朝から面接、不動産屋に行って、漆喰さんに会ってちょっと頭を整理したい気持ちがあったので、素直に首を縦に振った。
そしてラウンジカフェを後にした。
駐車場に向かうエレベーター前で、漆喰さんは会計時にカップが割れてくれたから、珈琲代はタダになった。これは白狐様のお陰でラッキーだと言ってくれた。
そういうところは私も共感出来て、素直に「ラッキーでしたね」と笑ってしまった。
その笑い声と同時にエレベーターが到着して、中へと乗り込む。
漆喰さんが駐車場の階へとボタンを押すと、エレベーターは静かに下へと動き始める。中は当然二人きり。その時、漆喰さんがエレベーターのボタンを見つめながら言った。
「そうそう。階さん。言い忘れていたけど、拠点となる家は俺の家だから」
「え?」
「俺と一緒に住んでもらうけど、下心はないから安心して欲しい。君に手を出そうものなら、最強セコムの白狐と対決することになる。それは、さすがに俺でも骨が折れる」
そっか。
「──じゃあ、安心ですね。って、なりませんよっ。い、一緒に住むって、ひょっとして私のこと騙しましたかっ!?」
ばっと漆喰さんに向き直る。
こればっかりは問い詰めなければならない。
いきなり一緒にこんな怪しいイケメンと住むなんて、事故物件より事故物件すぎる!
しかし漆喰さんは顔色一つ変えず。なんなら、ぐいっと私に向かって距離を詰めて来た。
「わ、わぁ」
壁際に追い詰められて間抜けな声を出してしまう。
背中に冷たい壁の感触。目の前にブラウンのネクタイ。そのライン上にはくっきり浮かんだ喉仏。鼻先にまた爽やかな香水の香り。
白い首筋から上を見上げれば、真剣な眼差しの綺麗な顔。
胸がバクバクする。
逆にこっちが問題発言をして、問い詰められた気分になった。
オリーブグリーンの瞳が私を捉える。
「宮ちゃんは俺に騙されたいんか?」
「!!」
二人きりのエレベーター。
下の名前呼び。
メロい関西弁。
こんなの卑怯過ぎる。
負けるなと目を強く瞑って、手を前にばっと突き出した。
「だ、騙されたくありませんっ! からかわないでください」
私が大声を出したのと同時にエレベーターの扉がスッと開いた。
開いた先には身なりの良いマダム達がいて、何やら親密な距離にいる私たちを見て「まぁっ!」と叫び声をあげていた。
「ついたか」漆喰さんはそれだけ言うと、私から離れて「続きは車の中でしようか」と標準語で喋ってから、エレベーターの外からロビーへと歩き出す。
マダム達が興味津々に、瞳をキラキラさせながら漆喰さんを見つめている。私はなんと言っていいか、わからずに口をパクパクさせてしまう。
それでも分かった。漆喰さんはあまりにも女性慣れしている。モテる人って怖い! 大阪のイケメン卑怯!
これは完全に、からかわれたと思いながら私もばっと勢いよく外へと出て、漆喰さんの横に並ぶ。
「い、一緒に住むなんて私、聞いてませんよっ!?」
「だから、さっき言った」
「そうですけど……! あとあと、続きなんか、しませんからっ。一人で帰ります。今日はありがとうございました!」
混乱する頭のまま。
漆喰さんの言葉を待たずして私はロビーを抜けてホテルの外へと歩いて行った。
「全く、なにが『騙されたいんか』よ……!」
ホテルから出ると、ホテルの良い香りはあっという間に消えて、難波の喧騒が私を包んだ。
風も空気もどことなく乾燥している。
そんな空気をかき分けるように、夢中でカツカツと歩く。




