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「心理的瑕疵については、二〇二一年に国土交通省がガイドラインを策定した。それによって、事案が発生してから概ね三年が経過すれば、告知しなくてもいい。これは賃貸物件の場合で、三年ルールとも言われている」
スタッフの人が丁寧な手つきで、白磁に金のデザインが入ったカップとソーサーを漆喰さんの前に静かに置いた。
ふわりと珈琲のほろ苦い芳醇な香りが漂う。
「そして少し蛇足だけど、売買物件や一戸建てなどの金額が大きい場合は三年の明確な期限はなく、数年前のことでも告知するのが通例となっている」
「そんな規則があるなんて、知りませんでした」
私と漆喰さんの会話を縫うように、スタッフの方が次は私の前にティーポットに入った紅茶、カップを置いた。
そして平べったい白いお皿に、フランス料理みたいに美しく飾られたストロベリーティラミスが私の前に並ぶ。
白いお皿に乗ったティラミス。
ココアのダークブラウンと真っ赤な苺のスライス。赤のベリーソースに金粉が散らされており、映え過ぎる一品に写真を撮りたい気持ちをぐっと堪えた。
「あとは三年ルールを過ぎていたとしても、入居希望者から質問された場合、業者は事実を隠してはいけない。嘘をつくと契約解除や損害賠償の対象になる。隣接地の事案も告知対象だが──っと、せっかくの紅茶が冷めるな。どうぞ、召し上がれ」
漆喰さんは「俺も頂きます」と言うと、整った指先で珈琲カップを手に持ち、流麗にカップに口付けた。
それを見てケーキより、珈琲を飲む漆喰さんを写真に撮る方が、何倍も映えると思った。
SNSに漆喰さんを載せたらプチバズりは手堅いとか思いながら「ありがとうございます。頂きます」と、急須からお茶を淹れる手付きで、ポットからカップに紅茶を注ぐ。
そしてシルバーのフォークで、淡雪のように軽いティラミスを苺と一緒に頬張る。
「っ……口の中が甘くてほろ苦くて、甘酸っぱくて美味しいっ」
「それは良かった」
和菓子にはない複雑な味わいで、一体感のあるマリアージュに酔いしれる。
熱い紅茶を一口飲めば、程よい渋みとコクがティラミスにピッタリ。
ティラミスと紅茶にうっとりしそうになるところをハッとして、フォークを置いて。今度は自分から会話をする。
「事故物件については、おかげ様で理解しました。不吉なことがあった家に住むのは、何も思わないわけではありませんが、多分。どんな事故物件であったとしても──変なことが起こるとしても、私は大丈夫だと思います」
漆喰さんは珈琲を一口飲んでから私を見た。
そしてカチャリとカップをソーサーに置く。
「……変なこと。それは事故物件について、一般的に良く言われる幽霊が出る。怪奇現象が起きても階さんは平気。幽霊は信じてないと言うこと?」
信じていない訳じゃないけど、見えないのだから一緒かなと思った。
「はい」
「それはリアリストだから?」
「いいえ」
「じゃ、SNSで配信をしているとか。もしくはそれをネタに何か活動しているから、事故物件は平気という意味?」
「いえ。そんな活動はしていません」
漆喰さんはオリーブグリーンの瞳を細めた。
そろそろ私から事故物件が大丈夫な理由を言うべきだろうと、口を開きかけると。
漆喰さんがぐいっと身を乗り出してきて、密やかな声で囁いた。
「じゃあ、不思議な力があるから?」
しっとりとした声にちょっとドキドキしてしまう。けれども。実はその通りだった。
「……分かるんですか」
漆喰さんは外の景色を見たあと、珈琲を飲んでからゆっくりと喋った。
「まぁね。昔、あることが原因で俺は霊が見えるようになった。それから霊が何を言っているのか、ちゃんと声として聞こえる。その意味を把握して理解も出来る」
「霊が見えるように……」
それはどう言った原因なんだろうと思ったけど、私の呟きには漆喰さんは答えず、深く頷いただけだった。




