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意識が深く沈み込み、海底の底に着地するような重みを感じた瞬間。目の前がぱっと明るくなった。

瞼の裏に強烈な光を感じながら、ゆっくりと目を見開く。

視界いっぱいに空から降り注ぐ、眩しい光。抜けるような青空。蝉の声。

日差しが肌に熱を伝える。空気は澄んでいるのに、どこか湿気を含んでいて……これは、夏の早朝だ。


ふと前を向けば『私』の祠の前で、蝉の鳴き声を掻き消すような妙な音楽が流れていた。

途端に、どろりとした不快な感情が『私』から伝わってきた。

なんだこの音は。


盆踊りの心躍る太鼓の音や、優しい風鈴の音は好きだが、この意味のわからない珍奇な旋律は心がざわざわする。


祠の前に置かれた、長方形の機械。そこから流れる騒音がひどく、うるさい。とても嫌だ。


しかも住人たちは私の祠をぐるりと囲み、汗を滴らせながら、一心不乱に同じ言葉を吐き出している。


「私はカルマを追い出す! 私はカルマを追い出す! 私はカルマを追い出す! 」


人の声は、不愉快な蝉の輪唱に似ていた。


「私はカルマを追い出す! 私はカルマを追い出す! 私はカルマを追い出す! 」


ああ。

どうしたというのだろう。

ここには、良い人たちがたくさんいたのに。

なぜ、こんなことになった。

そうだ──あの宗教団体が住人を唆し、すべての不幸を『私』のせいにしたのだ。


不幸とは、苦しみの中で己の心と真因を見つめ、心の在り方を変えるためにある。因果の道理に逆らわず、生きる智慧を養うためのもの。


その向こうにこそ、幸福はいつだってあるというのに。

それを導くのが『私』の役割だ。本社から分御霊わけみたまを受け、この土地の開発を見守り、人々を幸せへと導くのが私の役目なのに……。


今の住民にはもう、私の声は届かない。

なぜ、あの苔色の瞳を持つ若造の言葉を信じるのだ。


苔色の瞳。


その言葉に一瞬だけ、本来の私の意識が覚醒しかけるが、刹那のうちに『私』の感情がまた心になだれ込む。

どんなに良い気を送り込んでも、住民は『私』より宗教団体を信じてしまう。気は霧散し、意味をなさない。


この祠を管理してきた氏子までもが、心を塞ぎ込んでしまった。

どうしたらいい。

お願いだ。

人の子よ。

目を覚ましておくれ。

悲しくて、とても辛い。

『私』の絶望が、津波のように心に押し寄せ、不安の海に溺れてしまいそうになる。


でもこれは決して私、階宮の感情じゃない。


前回と同じように過去を追体験しているのだと理解すると、暗い海から浮上するように、ふっと気持ちが軽くなった。


しかし、視界に広がる光景に息を呑む。

──あの祠が、無残にも壊されていた。


「あ……」と思う間もなく『私』が絶叫した。


あああぁァァァァァァッ!!

なんてことだ。

職人が祈りを込めて作ってくれた祠が。


千木(ちぎ)鰹魚木(かつおぎ)鞭懸(むちかけ)棟持柱(むなもちばしら)御扉 (みとびら)海老錠 (えびじょう)擬宝珠(ぎぼし)が無残にも砕けているではないか。

どれもこれも『私』と時を同じく過ごした愛おしい、大事な『私』の祠。


なぜだ。人の子よ。

その手に持つ鋸で千木(ちぎ)引くのは楽しかったか?

金槌で鰹魚木(かつおぎ)鞭懸(むちかけ)棟持柱(むなもちばしら)を砕くのは爽快だったか?

鑿で御扉 (みとびら)海老錠 (えびじょう)擬宝珠(ぎぼし)を削るのは快感だったか?


『私』をここに祀ってくれて、世話をしてくれた氏子の心を壊すのは愉快だったか!!


もういい。『私』はお前たちを導かない。

不幸をここに引き込んでやる。お望み通り、穢れを振りまく存在になってやる。


この団地に棲まう者はすべて、未来永劫、不幸にしてやる。誰一人として住まわせるものか。関わる者すべてを、奈落へ突き落としてやる。


それがお前たちの望みなんだろう!


悲痛な叫びのあと、切れ切れになったフィルムのように、団地の住人たちに次々と襲いかかる不幸が脳裏をよぎった。


子供の死。

交通事故。

病気。

怪我。

倒産。

窃盗。

詐欺。


数々の災厄が等しく降り注ぎ、住人が誰かに縋りたくても、そのときにはもう宗教団体は跡形もなく消えていた。

住人たちはいつしか団地を離れ、新しく入居した者にもまた、不幸が訪れた。


団地には、不幸を呼ぶ神様だけが取り残された。


──そうして、誰も住めなくなった団地は解体の対象となったが、建物に触れた関係者も須く、不幸に見舞われ、放置されたまま今に至ったのだ。


そうか……この団地そのものが。

神様の「新たな祠」になってしまったんだ。


なんて悲しいことだろう。心がずきりと痛んだ。

その痛みに引きずられるように意識が戻ると、私は泊まっていた団地の一室に立っていた。


寝ていたはずなのになぜ、という疑問が浮かぶ暇もなく、目の前の異形に凍りつく。


そこには腐った野菜の塊のような。

汚泥に塗れ、マネキンほどの大きさをした泥人形が、うぞうぞと蠢いていた。

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