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事故物件、二回目のお泊まり

──私が今日泊まる事故物件は、泉北のとある団地。

この地域は高度経済成長期に合わせて街開きが行われ、かつては多くの団地が建てられた場所だ。


現在は高齢化が進み、若年層の誘致が課題となっている。近年ではその状況を改善すべく、建て替えや既存の住宅・店舗を活かした「街づくり再生プロジェクト」が進められている──そんな明るい空気から、この一棟だけは取り残されたように佇んでいた。


団地の最奥に位置し、背後には祠も広場もなかった。あるのは、周囲と袂を分かつような高い塀のみ。

棟の入り口には鎖とバリケードが渡され、「防犯カメラ設置」「警察巡回」の案内が躍る。


「地盤沈下工事につき関係者以外立入禁止」というデカデカとした看板。事前に事情を聞いていたからこそ、その物々しい佇まいが、いっそう団地を薄暗く見せているのかもしれない。

エレベーターのない五階建ての古い建物は、同じドアが並ぶ無機質さが寒々しく、かつての賑わいが消えた静けさが、底冷えを加速させているようだった。


そんな団地の一階、棟の端にある部屋の前に私は立っていた。


「他の棟は活気があったから、余計に堪えるなぁ」


陽も落ちてきたし、とりあえず部屋の中をチェックしようと、くすんだ銀色のドアノブに触れる。

事前に解錠されているようで、ガチャリと扉は問題なく開いた。


煉瓦色の扉はやけに重い。


かつて存在した祠に最も近い部屋に私を泊めるなんて、漆喰さんはドSだと思った。


管理担当者と話があるからと言って、いたいけな乙女を「事故物件・団地バージョン」にさくっと放置して去っていくなんて、ドSが極まっている。


「あとで電話してくれって、笑顔で言うだけ言ってすぐに消えるなんて……顔が極上な分、余計にタチが悪い」


ふぅ、と溜息を吐きながら部屋に入る。

ギィ、バタンと重々しく閉まる扉の音に、びくりと肩が跳ねさせながらも、すぐに鍵をかける。


「お邪魔します……」


バッグからスリッパを取り出して足を入れる。

四角い玄関に、妙な花柄の床タイルが貼られた廊下。低い天井に、剥き出しの木の柱。

いかにも昭和の団地といった内装だ。室内には畳の古い匂いが充満している。


ここも前回の物件と同様、ライフラインは生きているという。部屋中の明かりを点けて、ぐるりと探索する。


間取りはリビング、和室、洋室に水回り。コンパクトな造りだ。


家具一式、何もないがらんどうの空間。


けれど、ここを管理する役所の人が、簡易の机と椅子、それに防寒シートを用意してくれていたのは有り難かった。


ベランダをガラリと開けて、まずは換気をする。


石造りのベランダから見えるのは、無機質な塀だけだ。外は暗くなりつつあるが、塀のせいで空もあまり見えない。それでも、外の空気にはホッとする。

耳を澄ませば、風の音だけが聞こえる。


昔はもっと人の気配があったはずだ。ここに笑顔あふれる人々の営みがあったのだと、ふと夢想する。

少し風に髪を揺らしてから、虫が入ってこないよう網戸を閉めて室内に戻った。


「よし。そろそろ漆喰さんに電話しようかな」


ポケットからスマホを取り出す。コール音四回目で、漆喰さんは出た。


「もしもし、階です。部屋は特に問題ありませんでした。ライフラインも大丈夫です。……ええ、不気味さはやっぱり感じないというか。ここは人が亡くなっているわけじゃないので、気持ち的には楽ですね」


壁に背を預け、網戸越しにのっぺりとした塀を見つめる。

漆喰さんは前回と同じく、近くで待機して朝に迎えに来ると言ってくれた。


「そういえば、ここって個人じゃなくて役所の人が関わっているんですね。市だったら、問答無用で棟ごと壊しそうなのに」


尋ねてみると、壊すほうが手間も費用もかかるのだという。リノベーションして新しい住人を住まわせるほうが、変な噂も流れない。それが市役所の意向なのだと漆喰さんは教えてくれた。


そして『市役所に恩を売っておくのは俺にも有利なんだよ』と、声を潜めてぽつりと呟いた。

うーん、漆喰さんは悪役が似合うなぁ、なんて思ってしまう。


なのに、電話越しに『一人にしてすまない。君の力を本当に頼りにしている』なんて言われてしまえば、それがビジネスライクな言葉なのか、そうでないのか。顔が見えない分、判断に困る。

とりあえず「仕事ですから、気にしないでください」と返して電話を切った。


部屋には、私の吐息だけが広がる。


「よし。白狐様。そんなわけですので、本日もよろしくお願いします」


外から冷たい空気が流れ込む。換気はもう十分だろう。

背を離し、まずはジャージに着替えて夜を迎える準備を整えた。



知らない団地の古い一室。明かりを点けて、前回と同じように過ごす。

怪奇現象が起こると聞いていたが、今のところ変化はない。それよりも、ここは一階で古い建物だから、虫が出てきたら嫌だなぁという恐怖のほうが勝っていた。

……あとは、前回のように「真実が違う」なんてことにならないよう祈るばかりだ。


私にできるのは、白狐様の力を借りて祓うことだけ。私自身は無力なのだから。

モヤモヤする気分を紛らわせるため、漆喰さんが送ってくれたPDFを確認する。車内で聞いた話がより詳細に記されていた。読み終えたあとは、自由な時間だ。

ネットの動画を見たり、親友の架紀ちゃんとメッセージをやり取りしたりして過ごす。


前回、事故物件に泊まるための口実を作ってもらった埋め合わせとして、今度の休日は架紀ちゃんの行きたい場所へ付き合うことになった。

彼女は最近、嫌なことが続いて少し気分が沈んでいるという。

それなら、好きな場所へ行って気分転換になればいいなと思った。


メッセージを終えると、早くも瞼がとろんとしてきた。漆喰さんに一言連絡を入れ、寝袋に潜り込む。


今回は下に断熱シートがある分、前回より寝心地がいいなぁ……なんて思いながら、意識は眠りへと沈んでいった。

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