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「そしてね、その宗教団体のある人物が唆したんだ。この団地にこれほど悩みがあるのは、団地の裏にある祠の神様が皆を呪っているからだ。その災いを断ち切りましょう──と。住民に祠を壊すように仕向けた」
それは神社の娘としても、ぞっとする話だった。
「酷い。でも……なんで、祠なんですか?」
「宗教団体の狙いは、その祠の所有者。それが真の目的だ。祠があった場所は団地の敷地内ではなく、隣接する土地の所有者──地主のものだったんだよ」
「地主の、だった……ですか」
「そう、過去形だ。当時は団地の裏手側の敷地に明確な境界線はなく、地主の好意で広場として使われていたらしい」
「じゃあ、所有者の人からしたらいきなり祠を壊された、ということですか?」
「そうだ。それだけじゃない。団地の住人たちは、そんな祠を建てた所有者こそが悪いのだと、寄ってたかって非難した」
「……」
「責められた地主は、壊された祠と土地を手放した。誰だって宗教団体と揉めたくはないだろうからね」
こくりと頷くと、漆喰さんは車の運転と同じように滑らかに言葉を続けた。
問題はそのあとだ。
宗教団体はいよいよ地主に擦り寄り、住民と揉めて心が弱りきっていた彼を懐柔した。そして地主が持つ、その他の土地をごっそりと奪い取った。
残されたのは不協和音が渦巻く団地一棟と、無残に壊された祠。
気がつけば団地の住人は宗教団体に金を巻き上げられ、あの主婦の子供も亡くなった。
まるで負の連鎖に飲み込まれるように、一家離散などの憂き目に各家庭が次々と遭い、皆、逃げるように引っ越していった……。
新しい住人が入ろうとすれば、必ず不幸な出来事や怪奇現象が起こる。その不気味さゆえに、いつしか人は近づかなくなった。
現在、その一棟だけは表向きには「地盤沈下により居住不能」という触れ込みになっている。
その他の棟には今も入居者がいるのだ、と漆喰さんは語った。
「その宗教団体、怖すぎませんか? そこまでやる必要がありますか……」
「あるからやる。さんは宗教団体側の気持ちなんて考えなくていい。理解したいのなら別だ」
はっきりと言われ、それもそうだと思う。
けれど、漆喰さんの言葉に微かな冷たさを感じて、私は口を噤んでしまった。
「それで、一棟まるごと事故物件になった本当の理由は、祠の神が人間によって住処を奪われ、代わりに団地へ棲みつき──人を呪う神になってしまったことだ」
「!」
「調べると、その祠の神の元は、かつて地域に立派な本社を構えていた大きな神様からご神霊を分けたもの。分御霊として分祠されたものだと分かった。しかし、その本社は区画整理で消滅し、壊された祠だけがその神様の唯一の居場所だった……ということらしい」
「それは……神様だって怒りますよね。怒らないわけがないですよ」
それで一棟まるごと事故物件になった理由が、腑に落ちた。
「そう、怒れる神は手が付けられない。祓うことも対話も不可能だ。そこで、神格において引けを取らない、破格の白狐様を背負っている階さんの登場というわけだ」
「いくら白狐様でも、神様が相手だなんて──」
それに、そんな原因を作ったのは私たち人間で、祠の神様は悪くないのに。苦い思いが胸に広がる。
「問題ないと思うよ。神格は白狐のほうが遥かに上だ。おっと、もう着くね。あとの詳しいことはPDFで送ってあるから、現地で確認してほしい」
漆喰さんはすっと背筋を正す。
それでお喋りはここまで、という空気が車内に漂った。道路標識を見れば『泉北』という文字が見える。
窓の外にはベッドタウンの街並みが広がっていた。それを見つめつつ、窓に映る漆喰さんの横顔に問いかける。
「漆喰さん。その宗教団体って──『健照教』……ですか?」
「……へぇ。調べたのかい?」
漆喰さんの方を見なくても分かった。
オリーブグリーンの瞳が一瞬、私を鋭く射抜いた。
お見合いの件でその団体の名を知ったこと。事故物件で見た夢の内容が、健照教との繋がりを予感させたこと。
でも、どう説明すればいいか分からない。
窓越しに映る漆喰さんの顔も見られずに返答を渋っていると、「忘れたほうがいい」とだけ言われてしまった。
──漆喰さんは結局、団地に到着しても健照教のことは話題にしなかった。それは無言の『触れるな』という警告なのだと思った。
そう理解したのに『わかりました』という言葉は喉の奥に詰まったまま。
外に出すことはできなかった。




