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乗車して何か話そうと思ったけど、漆喰さんのスマホが鳴った。

漆喰さんは「失礼」と一つ断りを入れてから、ハンズフリーで会話を始めた。


「あぁ。うん。もしもし。今、運転中。わかった。詳しいことはメールしといて。『健照(けんしょう)教』に関することは、引き続きお願いするわ」


健照教。なんか聞き覚えがある単語だったが、それよりも漆喰さんの──関西弁での会話。

さっきまで喋っていた標準語とのギャップが凄くて。なんだかメロいと思ってしまった。


その後も漆喰さんは関西弁で電話のやり取りをして最後に「なんでやねん。カノジョとかじゃない。今、仕事中やから。もう電話切るで」と、言って会話を終わらせた。

そして漆喰さんは苦笑しながら私をチラリと見た。


「すみません、ちょっと外せない用件でした。プライベートでは関西弁を使っていて、仕事中は標準語で分けている。気にしないで欲しいかな」


オリーブグリーンの瞳が照れくさそうにしていたので、こっちもなんだか照れてしまって、手をパタパタ振る。


「大丈夫です。私は母が関東の人なんでその口調が移って、地元の京都弁とか喋れませんから」


あははと笑う。

むしろ『イケメンのギャップを見てしまって、妙にドギマギしました』とかは勿論言えず、その場の空気を和ませるだけにした。


そんなちょっとした緊張のドライブを経て、すぐに着いたカフェは駅に隣接する高層ビル、ナンバ•スイスホテルのスカイ•ラウンジカフェだった。


車が駐車しやすいからと言うだけで、ホテルのラウンジカフェを使用する漆喰さんには驚くばかりである。


ホテルのラウンジカフェは前に披露宴に行ったホテルのような華やかさで、天井も高い。全ての調度品がおしゃれ。そこにいる人達も優雅。そして凄くいい香りがした。

まるでドラマの中の景色だ。


さらには高層階から見えるガラス越しの難波の街並みは、京都の街並みと違う圧巻さだった。

京都は建物の高さが制限されているから、単純に高いビルを見ると都会は凄いと思ってしまう。


そうして、ホテルスタッフの人に通されたのは、窓際の日当たりの良い場所。

丸いガラスのテーブルに、沈み込むような白いソファ。うちの寺座布団もこのソファみたいになったらいいのにと、ごそごそとしているとふっと、微笑する気配がしてはっとした。


前を向くと恐ろしいぐらいに、このホテルに馴染むイケメンが私を見て微笑んでいた。


「すみません。こんな高級なところ慣れてなくて」


「俺も普段はイギリス屋としか行かないから。付き合わせて悪いね。代わりに好きなもの頼んでいいよ」


と、長い指先が細長いメニューを私に渡してくれた。

うん……。イギリス屋も、コーヒーチェーン店の中では高級なんじゃないかな。

そんなことは余計なお世話だろうと思いながら、ひらりとメニューを開くと、紅茶や珈琲の値段がほぼ二千円。

ひっと声をあげそうになった。こんなのご馳走になる訳にはいかない。


ば、番茶はないですか。粗茶でも構いませんがっと目を泳がせてしまうとまた、苦笑する声が聞こえた。


「メニュー、いきなり渡されても困るよね。悪かった。俺は珈琲を頼むけど、君が嫌いじゃなかったらここのストロベリーティラミスはおすすめだ。量も多くない。それと一緒にアッサム紅茶がベストだけど、一度頼んでみる?」


オリーブグリーンの瞳にヴィジュマックス。

そんな相手にこんなことを言われて、断れる女子などこの世界にはそうそういないだろう。

私はメニューで口元を隠しながら「はい。それでお願いします」と言うのだった。


漆喰さんは慣れた様子でスタッフの人にオーダーを通して、ガラスの上にグラスに入った水とおしぼり。カトラリーがセットされたところで「じゃ、事故物件のことを話そうか」と言った。


そうだ。私の目的はイケメンとお茶をすることじゃない。背筋を正してよろしくお願いしますと、頭を下げる。


「改めまして。俺は漆喰(しっくい)神楽(かぐら)と申します」


「私は(きざはし)(みや)と言います」


(きざはし)。名前、変わっていますね」


「よく言われますけど、漆喰さんも変わっていると思います」


そんな他愛のないやり取りをしながら、私が今京都に住んでいて大阪の物件を探していること。

その理由は大阪で働きたいと言うことを告げた。

そして漆喰さんは、ガラスのテーブルにそっと一枚の名刺を置いた。

ダークグレーの紙に白い文字。ショップカードみたいでおしゃれだと思いながら手に取る。


そこには『漆喰不動産•漆喰神楽』と言う文字と電話番号、住所、メールアドレスが記載してあり、後ろにはQRコードがあった。


「名刺の通り『漆喰不動産』のオーナーをしている。取り扱う物件は主に事故物件」


「!」


「オーナーとはいっても、個人事業主だからオーナー兼従業員だ。今からちゃんと、事故物件について営業させて貰うよ」


今からまるで何かしらのコンサルをするような上品さ。でも、その内容は事故物件だというのだからギャップが凄いと思った。

周りにこんな話を聞かれないか、前のめりになる。


「よ、よろしくお願いします」


「早速、事故物件紹介したいところだが、まずは、事故物件について簡単な説明をさせて貰う。後からそんなことは知らなかった、聞いてなかった。そんな風に互いに揉める原因を作りたくない」


同意だとこくりと頷いた。


「事故物件とは、心理的に抵抗を感じるような出来事があった不動産。専門用語では心理的瑕疵(しんりてきかし)がある物件のことを事故物件と言う」


漆喰さんはすっと指を一本立てた。


「まずは事件、事故、殺人、傷害致死、自死、自殺、火災などにより死亡したケース」


「それは私でもよく聞く、事故物件の原因ですね」


「そうだ。言い方は悪いが、ポピュラーな事故物件の原因だ」


そして漆喰さんの指がもう一本上がった。


「あとは特殊清掃が必要な孤独死など。部屋の修繕が必要になった場合も事故物件に含まれる」


「へぇ……」


「ちなみに、自然死や不慮の事故など、遺体がすぐに発見された場合は、原則として事故物件には該当しない」


三本目の指が上がることなく、漆喰さんの手は下がった。

なるほど。不慮の事故や自然死なども事故物件に入るならこの日本は、事故物件だらけになってしまうと思った。

そもそも京都に住んで居るから仏閣やお墓は身近にあり、かの有名な鴨川は昔は処刑場だった。


人が死んだ土地の上に住むと言うのは当たり前のことで、逆に誰も亡くなってない土地の上に住むのは、珍しいんじゃないかなと思っていた。

だから漆喰さんの話はすんなりと耳に馴染んだ。顔を上げると、丁度スタッフの人がオーダーした飲み物達を持って来た。


その間にも漆喰さんはスラスラと喋る。


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