表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/57

ガラス戸から見える中は都会のコワーキングスペースのようでおしゃれだ。

やや重厚なレトロフォントで『漆喰不動産』と書かれたガラス戸をガラリと引いて、中にいる漆喰さんに挨拶をする。


「おはようございます」


「おはよ」


漆喰さんはちらりと私を見て軽く挨拶をしたが、すぐにオリーブグリーンの視線はモニタへと戻った。

今日もパリッとしたブラックスーツに高そうな時計。漆喰さんの周りにだけ、洗練された都会の空気が漂っている。

私はその空気を壊さないように、そっと中に入った。

ガラス戸の手前にはカフェのような椅子と机。その向こうに漆喰さんが作業する大きなメインデスクがある。

奥行きのある作りで、まるで「うなぎの寝床」のような部屋だ。


私は作業スペースがある奥へと足を進める。ラックに私物を置いて、さっと身支度を整えた。周囲は棚に入った資料だらけだが、古書店のような狭さは不思議と気にならなかった。


「では、お仕事頑張りますか」


スマホでシフトアプリの出勤ボタンを押し、スーツの襟を整えて漆喰さんの後ろの席に座る。ミニノートパソコンを立ち上げる間、漆喰さんの背中を見つめながら話しかけた。


「漆喰さん、今日は昨日の続きのデータ入力でいいですよね?」


「あぁ、お願いするよ。それは午前中に終わりそう?」


漆喰さんがリズミカルにキーを叩く音は止まらない。


「はい、大丈夫だと思います」


「分かった。午後からは事故物件に出向いてもらうから、よろしく」


「はい。午後から事故物件に出向く……えっ?」


「近いうちにあると言っただろう?」


そこでやっとこちらを見て、綺麗に微笑む漆喰さんは――なかなかに悪い上司だ。


「い、いきなり過ぎませんか!?」


「物件を持っている向こうの都合に合わせたら、こうなった。大丈夫だ、今回も俺がついていくから」


それだけ言うと、漆喰さんはまた作業に戻ってしまった。私の視界には、シワひとつない綺麗なスーツの背中だけが残される。


「はぁぁ、分かりました。頑張ります。あ、お昼にお弁当を持ってきたんですけど、それを食べてからでもいいですか?」


「もちろん」


おにぎりは二個買おう。気合を入れて午後に臨もうと、私はパソコンの画面に向き合った。



「今日はどんな恐ろし物件ですか? 詳細は後回しですかっ」


昼食を食べて元気満タン。宿泊セットの準備もバッチリだ。前回の事故物件では陰鬱な気分になったけれど、これも仕事のうち。自分で選んだ道だ。やるしかない。

車の中、私は握り拳を作って運転席の漆喰さんに質問した。


「そうだね……今回はそのあたりも含めて、説明しておこうかな」


今回はちゃんと説明してくれるんだ、と安堵して耳を傾ける。


「場所は泉北にある団地だ。一棟そのものが事故物件と化している」


「一棟そのものが!? ……殺人鬼が全室に押し入って皆殺しにしたとか、デスゲームでも行われたんですか?」


「想像力が豊かすぎる。もう少し抑えてほしいな」


先生が生徒をたしなめるような言い方をされてしまった。ならばと、握りしめた拳を顎に当てて考えるが、先に漆喰さんが小さく笑った。


「まあ、考えても正解は出ないだろう。先に答えを言おう。発端はある一人の主婦だ。子供が難病にかかってしまい、それを治療したくて手を出したのが──とある宗教団体だった」


「! また宗教団体……」


私の言葉に、漆喰さんがオリーブグリーンの眼差しをちらりと向けたが、すぐに前を向いた。昼下がりの車道は空いており、車は快適に進んでゆく。


「……宗教団体のことは気になるだろうけれど、話を先に進めるよ」


「わかりました」


前の物件の「ユカリ」さんも宗教に関わりがあった。やはり何か繋がりがあるのだろうか。


「宗教というのは、ごく普通の主婦がハマるケースも少なくない。重要なのはここからだ。その主婦はね、とても人望のある人だったんだよ。気立てが良くて、団地の自治会長を務めるような真面目な人だ。子供の難病のこともあって、住民は皆、彼女に同情した」


「……もう、嫌な予感しかしませんけど」


「安全地帯から俯瞰していればそう思えるだろう。けれど、渦中にいたら分からないものだよ。団地の住民たちは皆、彼女を通じてその宗教団体と関わりを持ち……気がつけば集団でズブズブにハマり、各々が悩みを団体にさらけ出した」


「それって、宗教団体に弱みを握られたようなものですよね。鴨川から鴨の集団が、京ネギを背負ってやってきたみたいな……」


「階さんは面白いね。クラウス・ノミを見ている気分になるよ」


「え、それ誰ですか? 海外のモデルさんか何かですか?」


私の問いに、漆喰さんはただ微笑するだけだった。

周りの景色は前回と同様に高い建物が減っていき、代わりに大きな看板が目立ち始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ