次の事故物件へと
「漆喰さんって忍者か何か?」
私は「HYOKO」というスーパーに行った帰り道、そんなことを呟かずにはいられなかった。
今日は天気も良く、買い出しに出ていた。
漆喰さんと一緒に住むようになって二週間。漆喰さんの不動産屋に勤めるようになって一週間。
その感想が、今吐き出した言葉だった。
そんなことを言いながらも、今ではちゃんと家までの道を覚えた。
最初の頃は、ちょっと迷子になったけれど。
このきっちり整理された歩道や植木。
大阪の道路は京都ほどバスを見かけないなど、土地の違いが面白かった。
空気と風はなんというか、京都と比べて大阪の方が騒がしい感じがした。
ちらっと顔を上げれば、JR森ノ宮駅の向こう側にそびえ立つ大阪城。絵になるなぁと感心する。
周囲の高いビジネスタワーにも目を惹かれる。
淀川から分岐した川も流れていて景色もいい。京都とは違った自然と歴史、現代が混じり合った感じが、実に大阪らしいと思った。
さわりと風に乗って、電車の走る音が聞こえる。
「あとは、電車の走る音が絶え間ないのも大阪っぽいよね」
大阪城があるおかげで、この辺りは区画整理が行き届いていて、京都の土地の雰囲気と似ていると思った。
でも、お寺や神社はここではほとんど見かけない。
その代わりに高い建物が多い。私にとってはなんとも不思議な街だった。
「そんなふうに思えるほどには、ここにも慣れたけどさ。漆喰さんには慣れないというか、不思議が増すばかりなんですけどっ」
ぎゅっと手に力を入れると、膨らんだエコバッグがガサッと揺れた。
初めて事故物件で一夜を過ごした、あの日。
あれよこれよと言う間に、私は漆喰さんの家――桜ノ宮にあるレジデンスマンションに引っ越した。
何しろ事情が事情なので、家財道具などを用意することなく、主に服や私物などだけで京都から大阪への引越しはあっさり済んだ。
漆喰さんが私に用意してくれた部屋はクローゼット完備、ベッドまで既にあった。私に潤沢な資金があるわけではないので、有り難く使わせてもらうことにした。
両親も私の部屋に残っている大量の私物を見て察したのか、「ちょくちょく帰って来なさい」「落ち着いたら、彼氏と一緒に遊びに来なさい」という、楽観的な反応だった。
「漆喰さんと実家に遊びに行けるかな……あははっ。いや、笑っている場合じゃなくて。それに、いつ出て行けって言われるかわかんないし」
そう、この同居は漆喰さんの匙加減、気分次第だ。漆喰さんの希望する事故物件を除霊し終えたら、終了なのだろう。
それでも当分はお世話になりそうだとは思う。
「早速、次の事故物件に泊まるのも決まっているみたいだしね」
私と漆喰さんの関係は、あくまで利害の一致。
それでも漆喰さんと宗教団体『健照教』そして『漆喰輝夜』
このことは大変気になっていて、「漆喰」という苗字でネット検索をしてみると――。
南大阪にて、十二年前に裕福な「漆喰家」の夫婦が何者かに殺害された、という記事を見つけてしまった。
長男は無事だったが、弟は行方不明。
子供の名前まで記載はなかったが、それが漆喰さんに関係あるかどうかは……これ以上探るのはやめようと思った。
人が亡くなっているのに、他人が好奇心で調べるのは不謹慎だ。それに知ったところで、私の好奇心を埋める、自己満足でしかない。
そう思って、私はそれらのことを考えるのをやめた。今は新しい土地で、仕事をちゃんと頑張りたい。
つらつらと考えながら横断歩道を渡る。このまま真っ直ぐ行って左に入れば、漆喰さんの家だ。
家に近づくほどに、周りの風景はお上品になる。
路駐や放置自転車はなく、花壇や歩道のタイルが綺麗だ。
京都でいう左京区エリアに似ている。モダンで豊かな自然と、観光名所があるのが共通点かなと思った。
そうして、マンションに帰ってきた。
ちょっとしたホテルの入り口のようなホールを抜けて、ピカピカのエントランスでエレベーターを待つ。
「今は十三時か。漆喰さんも今日は休みだけど、どこかに出掛けたみたいだし。今日も顔を合わせることは、そうそうないかな」
男女二人、同じ家に住む。
そんな体験は私は初めてで、漆喰さんに恋愛感情がなくても、ドキドキしてしまった。
お風呂場で鉢合わせてドッキリとか、私服の私を見て漆喰さんが頬を染めるとか……少しは想像してしまった。それくらいは許して欲しい。
そんなことを考えているとポーンと、到着を告げる電子音がして、エレベーターの中に入る。最上階のボタンを押した。
中も、ここでなら閉じ込められても快適そうだと思えるくらいに広く、綺麗な壁に背を預ける。
「いざ住み始めると、部屋は広すぎるし、漆喰さんはほぼ部屋から出てこないから会わないし。しかも漆喰さん、食事は全部外食! お金持ち! 一緒の職場で働いているのに、事務所で顔を合わせている時間の方が長いという事実……」
当初は勤務地も家も一緒で、四六時中、漆喰さんと顔を突き合わせて過ごすかと思えば、そんなことはなかった。
漆喰さんは私の始業時間より一時間早く、帰りは私より一時間遅い。
家でのルールとして、私は二十四時までにお風呂の使用を済ませること。二十四時以降は漆喰さんが使用すると、例のPDFに書かれていた。
「そのお陰で『お風呂でバッタリ、ハプニング』もないわけで……本当に、すれ違い生活の極み。漆喰さんの気配がなさすぎて忍者みたい」
ねぇ? と誰もいないエレベーター内で言ってみると、タイミングよく扉が開いた。
まるで「はいはい」と雑に宥められているような気分になりながら、エレベーターを出て部屋に帰ってきた。




