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車の中。

助手席に乗り込み、私は無言だった。

漆喰さんも無言。

それでいいと思った。

言葉を重ねてもどうしようもない。


私たちにあれ以上できることもないし、あんな夫婦に関わりたくもない。

事故物件は閉ざされた空間で起こる悲劇だ。それを身をもって知った。


漆喰さんが「祓えない」と言う事故物件は、あまりにも大きな『事故』すぎたのだろう。

これからこんなことが続くと、流石に私、ちょっと辛いかも……。

そう思いながら車内のデジタル時計の数字だけを、ぼうっと見つめていた。

外の風景を見る気にもならなかった。


考えがまとまらないまま、九時十五分のデジタルな数字を見ていると、「階さん」と漆喰さんに名を呼ばれた。


のろりと返事を返す。


「……はい。なんですか」 


「今から、スーパー銭湯に行かないか」


「今から、スーパー銭湯……!?」


いきなりのワードになにごとだと、運転する漆喰さんを見る。

その横顔は整いすぎていたけれど、私の様子を伺う瞳は瞬きを繰り返して、どこか人間味があった。


「昨日、ネカフェに泊まって軽くシャワーを浴びた

が、なんだか風呂に入った気がしなくて。今回の事故物件の除霊は上手くいったが──このまま、あの家の空気を家に持ち帰りたくないと思ってね」


「確かに」


私も、すべてを洗い流してサッパリしたいと思った。


「じゃあ、行こうか。風呂から上がったあと、そこで早速、次の事故物件についてだな」


「せめて日を置いてくれませんか!? さっきあんなことがあったばかりなのに!」


「階さんのメンタルなら大丈夫だ。問題ない。白狐が守ってくれるし、階さんが見た夢は次も見るとは限らない」


「そりゃ、そうですけど……」


また見る可能性だってある。

乗り出した体を再び座席に預ける。


「それに、事故物件はああいうのだけじゃない。バリエーションはたくさんある」


「絶対に嫌なタイプのバリエーションですよねっ」


「前向きな理由の事故物件なんてないから、そこは仕方ないな」


ふっと笑う漆喰さん。

少し空気が軽くなったとき、気になっていたことを呟いた。


「ところで、私が見た夢に出てきた宗教団体って……何だったんでしょう。漆喰さんは何か分かりますか?」


「……突然だね」


「だって、お札がどうとか。カルマがどうとか、気になりますよ」


「気になるのは共感できるけれど、さあ。俺にはわからない。知っていてもノーコメントかな。逆に階さんには何か思い当たることがある?」


「それは……」 


パッと出てきたのは『健照教』

「家を大事に」というフレーズ。

私の周りにずっと、ぺったりとくっついているような……。


でも、確証なんてない。

言い淀んで下を向く。


「それを調べたいなら、俺は何も協力はしない。階さんが好きにしたらいいと思うけれど……ちょっと『変な人』として、俺の中の好感度が下がるかな」


「ハッキリと好感度が下がるとか言わないでください。割と心にグサッときました」


別に漆喰さんを恋愛対象として見ているわけではないけれど、イケメンに「好感度が下がる」と言われるのは、なかなかにシンドイ。

うーんと唸ると、「他にも気になることがある?」と漆喰さんに尋ねられた。


「じゃあ気になること、もう一つ。夢で見た『オリーブグリーンの瞳』というのが、なんだか気になって。漆喰さんの瞳と同じ色……なんというか、上手く言えないんですけど、気になります」


漆喰さんと何らかの関連性があるのではないか、と思ってしまう。

車が赤信号になり、ゆっくりと止まる。

漆喰さんは赤信号をたっぷり見つめたあと、さらりと喋った。


「俺の瞳の色は血筋だ。家系に海外の血がある。それ以上は俺のプライベートだから、黙秘したい」


「血筋だったんですね。プライベートなことに触れてすみません。困らせたいとかじゃないんです」


手をパタパタ振りながら、「銭湯、もうすぐ着くかな」と自ら話題を切り上げて外を見る。


外の景色にやっと目を向けると、来た道とは違って、広い道沿いに飲食店やチェーン店が多く並んでいた。大型トラックもそこそこ走っている。いかにも郊外、という感じだ。

さっきまで事故物件にいたのが嘘みたいに、窓の向こうの景色はのんびりしている。その落差に肩の力が抜けた。


窓にコツンとおでこをつけて、ひんやりとした感触を感じながら考えをまとめてみる。

夢で見た『ユカリ』さんが体験したオリーブグリーンの瞳と、漆喰さんの瞳。


夢と現実。オリーブグリーンの瞳という共通点。

だけれど、今どきカラコンなんて珍しくない。誰だって簡単に付けられる。

でも漆喰さんの瞳は生来のものだ。

だとしたら、これは……。


「同じ瞳の色……カラコンじゃなかったら、同じ血筋。あ。え。親族なら、あり得る……?」


私の脳内にある名前が浮かんだ。

『漆喰輝夜』

漆喰さんと同じ苗字で、響きがよく似た名前。

漆喰輝夜と漆喰神楽。


前々から聞いてみたいと思っていたけれど、今プライベートな質問を「黙秘」と言われたばかりで、迂闊には聞けない。

イケメンに「好感度が下がる」なんて二度と言われたくないし。なんだか上手く考えがまとまらない。


「何か繋がりが……じゃなくて、実は同一人物? 名前を変えたとか……そうだ、あの『証言』って結局なんだったの……あー、もうわかんないっ!」


頭がモヤモヤする!


「か、階さん? 大丈夫か?  銭湯に着いたらコーヒー牛乳くらい奢ってあげるから」


「いえ、お気遣いなく。突然失礼しました……」


ふう、と息を吐いて姿勢を正す。

情報が手元に揃っているのに、上手くまとめられなかった。


謎の核心まで来ているのに、あと一歩踏み込めない。近づけない。そんな感じで──ちょっと怖い。


もしくは、なんとなく。

踏み込んではいけないような気がして、頭がパンクしそうで思考を手放した。

こういうのは、分かるときにはすべてスッキリ分かるものだろう、と自分を納得させる。


その後。

スーパー銭湯で思いのほか、漆喰さんとロウリュで意気投合してしまった。

隣で頬を上気させ、低い声と吐息を漏らしながら汗を流す漆喰さんは、実に目の毒だった。

サウナの熱気のせいか、それとも彼のせいか、心臓まで蒸されてしまう勢いだったけれど、楽しかった。


モヤモヤした気持ちも、あの家で見た夢も、汗と一緒にデトックスできた。

あの夢は、家に持って帰るには重すぎる。銭湯に来て正解。


あとはちょっとずつ、漆喰さんのことを知っていけばいいと心も体も整った。


そうしてのんびりと、スーパー銭湯でリラックスするのだった。

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