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漆喰さんは言葉が終わらぬうちに、淡々と階段を降りて行く。私も後に続いて……そのまま家人と顔を合わせるのは気まずくて、一階の廊下の奥にある洗面所へとささっと逃げ込んだ。


漆喰さんは、それを止めることはなかった。

夢で見たあの夫婦と同じ人たちが目の前にいたら、と思うと怖かったのだ。


漆喰さんが私が洗面所に潜むのを確認してから、ガチャリと扉を開けた。

私はこっそりと洗面所の隙間から、玄関の様子を伺う。

漆喰さんが扉を開けると、そこには初老の夫婦がいた。枯れ木のような細い男性に、頭にきつくパーマをかけた女性。それを見た瞬間、私は思わず口元を押さえる。


「……っ、夢で見た人たちにそっくり……!?」


歳月は経っているが、夢で見た特徴と同じ。

この二人はユカリさんの両親に違いない!


ぶわっと産毛が逆立つのを感じながら、玄関の様子を見つめる。神妙な顔付きの二人に、まず口火を切ったのは漆喰さんだった。


「おはようございます。先ほどお電話でも申し上げましたが、この家にいた悪霊は祓いました。契約通り、一週間以内に第三者が怪奇現象を三回、目視確認。あるいは録画媒体に一回でも収めることができれば、前払いの料金をお返し致しますが、」


すらすらと喋る漆喰さんの言葉を、細い男性が手で遮った。


「いや、漆喰さんのことは疑っていません。実は朝方に、あの子の……裕佳梨の位牌が真っ二つに割れたんです」


「──それは、驚かれましたね」


「なんとなく、あの子が成仏したような気がして……それで、いてもたってもいられなくなって来てしまった。漆喰さん、裕佳梨は本当に成仏したんですよねっ!?」


必死に漆喰さんに訴えるその顔には、焦燥感がありありと浮かんでいた。


「はい。跡形もなく成仏しました。もう怪奇現象に悩まされることも、家を手放そうとするたびに不幸が続くこともありません」


あぁ、と女性も顔を押さえる。

「良かった」と何度も頷く二人。長年の苦しみから解放されるような安堵感は、遠目に見ている私にも伝わってきた。


しかし──この人たちはユカリさんを……。


漆喰さんはどう思っているのか。

表情の見えないその背中を見つめると、彼は何かを考えるように、すっと腕組みをした。


「つかぬことをお伺いしますが、ユカリさんはマロンケーキが好物でしたか?」


漆喰さんの言葉に老夫婦は動きを止め、不審げに「えっ……なんですか急に?」と、女性が声を漏らした。


「マロンケーキは、好きでしたか?」


漆喰さんが同じことを繰り返すと、女性は戸惑いながらも「はい。娘の好物でした」と答えた。


「では、貴方がたが私に教えてくれたユカリさんの死因。『娘が暴れて、勝手に階段から落ちた』というその言葉に、偽りはありませんか?」


冷たく落ち着いた声が玄関に響いた。


「い、偽りだなんて! 裕佳梨が死んだ日には民生委員さんも居たんだ。嘘なんか言っても仕方ないだろう」


「……民生の方は現場ではなく、リビングに居た。ユカリさんが落ちた瞬間を見たのは、あなたたちだけだったのでは?」


「な、何が言いたいんだ!?」


離れて見ている私からでも、老夫婦の狼狽は手に取るように分かった。私が見た夢はきっと、ユカリさんの最期の追体験だったのだ。


ユカリさんが階段から落ちたのは、事故じゃなくて……。

やるせなくて、唇を強く噛み締める。私の言い表せない気持ちを代弁するかのように、漆喰さんが淡々と喋り続けた。


「いえね。霊能者も私も祓えないような事故物件というのは、他殺が多いのですよ。自分の意思に関わらず『理不尽』に最期を迎えてしまった人の強い怨念が、その無念が場所を穢す――というのが私の持論でしてね」


その言葉に圧倒されるように、夫婦の動きがぎこちなくなる。


「ユカリさんは心に悩みを抱え込んだまま亡くなり、この世に残った。そのやるせない想いが、この家を事故物件にしてしまった……。ですが、それだけの理由では、ここで起きた数々の怪奇現象と釣り合わない気がします。例えば……真実は、ユカリさんはあなたたちによって、この階段から――」


「もう結構ですっ!」


女性が悲鳴のような声で、漆喰さんの言葉を遮った。


「用が済んだら帰ってくれませんか! お金はお支払いしました。宗教団体への証言もした! そちらも霊を祓ってくれた。なら、もうそれで終わりでしょうっ!?」


今、宗教団体への証言と言った?

それが何を意味するのか考える暇もなく、玄関の三人の会話が続く。


「……そうですね。私は警察官ではないし、真実がどこにあろうと今さらでしょう。亡くなったユカリさんは戻ってこない」


ぐうっと息を呑み込む二人。それが後悔なのか、漆喰さんに言い返せない恐怖なのか、私には分からなかった。


「失礼しました。今後、何かありましたらお気軽にお問い合わせください。階さん、行こう」


「は、はいっ」


いきなり名を呼ばれて心臓が跳ね上がる。

もう、一刻もこんな場所には居たくない。

すぐにリビングへ戻り、荷物を引っ掴んで漆喰さんの元に駆け寄る。夫婦が私を見ていたが、視線は合わせなかった。


私たちが靴を履き、外へ出ようとしたとき。

ふいに、胸の奥にユカリさんの悲しみが込み上げてきた。


彼女は多くのことに追い詰められていた。

だからといってペットを殺したり親に当たるのは正解じゃない。でも──彼女をそこまで追い詰めた要因は、少なからずこの両親にある気がしてならなかった。


チラリと後ろを振り向き、呆然と立ち尽くす二人に、私は思わず呟いた。


「リストカット、もっと心配してあげたら良かったのに」


「!!」


二人が息を呑むのが分かった。それを遮るように、漆喰さんが「では、失礼しました」と扉を素早く閉めた。

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