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「……え、漆喰さん? これは、まだ夢……?」


なんだかリアルな夢を見ていたようで、頭がぼうっとする。

周りの景色を見ると、カーテンから朝日が漏れて広いリビングに影を作っている。

鳥の爽やかな囀りが聞こえる。

朝なのはわかった。


「階さん。おはよう。今は七時十五分。約束の時間になったから迎えに来た。これは夢じゃない、現実だ。何か体の不調はあるか?」


漆喰さんは屈んで、私の横に置いてあった飲みかけのペットボトルを差し出した。

ちゃぷんと水の音がする。クリアな響きが心地よくて、私はお礼を言ってから受け取る。


ひんやりとしたボトルの感触にホッとする。ボトルに口をつける。

中身は少しぬるかったけれど、水分が体に馴染むようで、ぷはっと飲み終える頃には頭がやっとスッキリした。


「漆喰さん! 私、変な夢を見たんです。なんか引き籠もりの女の人になる夢で……わーってなって、階段から落ちて、光がばーってなる夢を見たんです」


「……階さんが変な夢を見たのはわかったが、語彙力がなさすぎて俺には理解できない。済まない。とりあえず体に異常はなく、特筆すべきは夢を見た。それだけだな?」


理解できないと謝られているのに、謝られている気が全くしない。

それでも今の私にはなんと説明していいかわからず、「はい」と言うしかなかった。


「わかった。俺は二階を見てくる。その間に着替えなど、身支度をしておいてくれ」


そう言われて、確かに私はまだジャージのままで、顔も洗っていないドすっぴんだと気がつく。


対して漆喰さんは、昨日と同じスーツだが中のシャツは替わっていたし、髪もちゃんと整えていた。ネカフェで身なりを整えたのだろう。

男性である漆喰さんに圧倒的な女子力の差を見せつけられたような気がして、わたわたと寝袋から出るのだった。


漆喰さんがリビングから出て行ったあと、すぐに身支度を整えた。

顔を洗い、歯磨きをしてから、寝袋の周りを片付ける。

そうしていると、漆喰さんがまたリビングに戻ってきたが、その手には紫の数珠があった。

そして上着からスマホを取り出して「ちょっと電話」と短く言い、玄関の方に向かった。


残された私は今のうちにと、昨日買ったミニヨーグルトとミニハムロールパンをサクッと食べることにした。

正直、あんな夢を見てあまり食欲はない。

だが食べないと元気が出ない。人間、食べられなくなったら終わりだ。

「いただきます」をしてから、パンに手を伸ばす。

あと、庭がある方向に目を向けないことにした。あの夢通りならばペットが……。

これ以上は想像したくない。

頭を切り替えて、寝袋を座布団代わりにして座る。スマホのメッセージ受信やSNSを確認しながら、ふと夢のことを考えてしまった。


「あのやけにリアルな夢は何だったんだろうな。最後はまるで、お化けのカヤコが階段から降りてくるみたいだった」


しかも場所は、この家の玄関だ。

パンを食べ終えてヨーグルトを手に取る。変な夢を見たけれど、体に変なところはなく、食事も一応こうして食べられる。


「事故物件だって意識しすぎて変な夢を見たとかかな。で、白い光は朝日でした、的な?」


誰でも思いつきそうなことを言ってみる。

仮に、夢で見たことが過去の出来事。しかもここの二階の住人の過去だったり、白い光が白狐様だったりすると、なんだか私が霊能力人間みたいじゃないか。


「それはそれで、なにか怖いよね」


うーんと思いながらも、ヨーグルトを全部食べ終えて、ペットボトルの水も飲み干す。

するとリビングに漆喰さんが戻ってきた。

私をじっと見たあと、彼は眉根を寄せた。


「事故物件で清々しく朝食を食べる人間って、凄いな……」


「食べられないよりかは、いいじゃないですか! 朝食は絶対に食べる、というのが階家の家訓なんです」


実家が神社ということもあって、朝食は大事だと教えられてきたのだ。


「良い家訓だな。羨ましい」


ふっと笑う漆喰さん。

一瞬の笑顔が寂しげに見えたのは、気のせいだろうか。私が何か言う前に、漆喰さんの形の良い唇が開いた。


「それはそれとして、この事故物件は二階に原因があった。けれども俺が今視てきたら──その原因は綺麗サッパリ無くなっていた」


「それって、私の例の『無差別浄化マシーン』のせいですか?」


「だろうな。階さん、もうこの家は事故物件じゃなくなっている。二階になにがあったか、説明を聞くつもりはあるか?」


ニヤリと笑う漆喰さん。

そんなの気になってしまうじゃないか。

こくりと頷くと「おいで」と手招きされて、漆喰さんに近寄る。


リビングを出て二人、廊下を歩くときしっと音がした。


「この家はね、十数年前には三人家族が住んでいた。けど、その娘さんが社会で上手くいかないことやプライベートの不幸が続いて……宗教団体にハマってしまった」


漆喰さんのどこか苦々しい声。

また廊下の音が軋む。

漆喰さんが語りながら玄関先まで歩き、二階へと続く階段を見つめる。


「そして、娘さんは二階の自分の部屋で引き籠もりになった」


「引き籠もりに……」


夢の中で私が見た光景にデジャヴを覚える。

この階段を上がった先……。


二階の間取りが、私が見た部屋と同じだったらどうしよう、と思った。

けれど漆喰さんが階段を上がるので、私も覚悟を決めてゆっくりと一段、足を掛けた。

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