③
ふんっと鼻息荒くして、また部屋に籠ろうとしたら、ババアがむんずと『私』の腕を掴んで「ユカリちゃん。お願いだから部屋から出てきて。お願い。民生さんが来てるのよ」と、しがみついてきた。
ババアのクルクルしたパーマが腕に絡みつくようでウザい。
──気持ち悪い。
お前らはいつだって世間体しか頭がないくせに。カルマによって正しい反応ができないくせに!
ぶわっと怒りの気持ちが膨れあがって「放せ!」と手をめちゃくちゃに振り回すと、ぼうっと突っ立っていたジジイにぶつかり、ジジイが手にしていたマロンケーキが廊下にぐしゃっと落ちた。
まるで吐瀉物。
ふっ。いい気味だと鼻で笑うと、ジジイが突然怒った。
「食べ物を無駄にするな!」
あぁ。今言うことがそれかよ。
ジジイはいつだってズレている。そんな『私』の落胆にも気付かずに、二人は私の体を掴み、ジリジリと廊下へと引き摺り出して、階段の前まで引っ張られたとき。
いつの間にか廊下に落ちたマロンケーキを踏んでしまい、足を滑らせた。
──あ。
落ちる。
でも手摺りを掴んで踏ん張ろうと思ったら。
ドンっと背中を押された。
それは落ちろと意思を持った、掌底を突き出すような押し出し方。
え?
そう思ったときには、ずだだっと頭から階段の下へと落ちてしまった。
老害どもの悲鳴がする。
痛い。すごく痛い。頭も体も痛い。
頭からぬるぬると生暖かい感触が頬を伝う。
とても痛くて言葉も出せず、ぴくぴくと身体を震わせることしかできない『私』の耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。
「ユカリが勝手に転んだ。いいな。これは事故だ」
「……はい」
はぁ?
なにを言っている。
落ちるとき、どちらかが背中を押したくせにっ!
「ユカリが勝手に転んだ! 誰か救急車を!」
違う!
背中を押されたからだ!
あぁ、そうか。
お前たちはそういうことにしたいのか。
くそ。視界が暗くなってきた。
痛みももう感じない。
私が死んだら──。
呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。
呪ってやる!!
呪詛のように黒くて、ドス黒い感情に呑まれる前に私──階宮は、ユカリが倒れていた階段の下に立っていたことに気が付いた。
意識をユカリから引き離された感覚。
不思議だ。
周りは誰もいない。
倒れたユカリもいない。
相変わらずがらんとした殺風景な玄関。
──とんでもない恨みの感情を体験したと、背筋がゾクリと震える。
しかもこれは事故じゃなくて、故意的な事件じゃないのか。
ユカリは両親に殺された可能性があって、薄ら寒くなった背筋が凍りつきそうだと思った、その時。
あ、あ、あ、あ……。
妙な声が聞こえた。
なんだと顔を上げる。
同時にずるずると何か重いものを引き摺りながら、こちらに向かってくる音がした。
それらはすべて、階段の上から聞こえてくる。
あ、あ、あ、あ……。
ずる。ずる。
あ、あ、あ、あ……。
ずる。ずる……。
段々と近づいて来る音に、私が「嫌だ!」と強く思うと、目の前に白くて綺麗な光がふわっと現れた。
光は次第に形を成していく。
狐のシルエットに大きな尻尾が四つ。
ふわふわと揺らめいて、これはまさか白狐様?
そう思うと、光の輝きが増して視界が真っ白に染まった。
階段の上から絶叫が聞こえる。
まるで断末魔のような声だ。
訳がわからなくて、眩しくて目を閉じる。
──階さん。
光のなか、誰かが私を呼ぶ声がする。
でも私は眩しくてなにもできない。
──階さん。起きて。
ええから、起きろ。いつまで寝てんねん。
……事故物件で熟睡する女とか、メンタル極太で凄いな。ちょっと俺でも引くわ。
なんか聞き捨てならない台詞に意識が急にクリアになって、言葉が口から飛び出した。
「誰がメンタル極太だー!」
がばりと、今度こそ私は寝袋から体を起こすと、目の前にオリーブグリーンの瞳。
宝塚女優みたいに綺麗な顔をした、スーツ姿の男性が私を不審そうに見ていた。




