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「白狐については常に君の肩や足元にいて、猫みたいにずっと尻尾を君に巻き付けている。数珠に関しては、あれは俺のスイッチ。霊が四六時中見えるのは面倒くさい。数珠を身に付けると、霊がより見えやすくなるようにして貰った」
「へぇ……」
実に興味深い。
ぱぱっと肩や足元を見るが、私には白狐様の姿は見えない。少し残念だと思う。
数珠に関しては、誰がそんな細工を施せるのだろうと更なる好奇心が疼いたところで、車がすっとコンビニの駐車場に止まった。
静かに車のエンジンを切る漆喰さんの手が、なんとも色っぽい。
「さて、ここに寄ったあとは事故物件まで一直線。基本、階さんは家に入ったら朝までステイ。緊急事態以外は家に居て欲しいから、買い逃しがないように頼む」
「……はぁい」
話の腰をポッキリと折られたような気がしたが、仕方ない。
これも私がお見合いを回避するため、そして大阪暮らしの第一歩。頑張ろうと気合を入れ、シートベルトを外して車外へと出るのだった。
コンビニに寄ったあと、着いた場所は本当になんの変哲もない住宅街だった。
車がゆっくりと進む。時刻は夕方になっていた。
西陽が降り注ぐ窓の外をじっと見る。
無理矢理特徴を挙げるなら、家の作りがなんというか「平成レトロ」といった趣だ。
失礼だとは思いながら、少し野暮ったい門構えの一軒家が並ぶ光景にそう感じてしまった。
京都ではあまり見かけない庭木。
コンクリートやブロック塀。
木造の家が少ない。広い道幅に、知らない土地へ来たと改めて実感した。
本当にこんなところに事故物件が、と疑問に思う。
ときおり通りすぎる人たちは至って普通だ。お喋りに夢中になっている学生たち。自転車に乗った、買い物帰りと思われる女性。
なんの変哲もない日常風景。
「こんなところに事故物件ってあるんですね」
ぽそりと呟く。
「あるよ。どこにでもある。階さんは知らない? 事故物件情報だけが記されている『小島物件WEB』っていうサイト」
「あ、聞いたことはあります」
確か、小島さんが管理人で、全国マップに事故物件情報が書き込まれているというサイトだ。
「そこには、都会のど真ん中の商業施設から田舎の町まで、意外な場所の事故物件情報が載っている。サイトを調べたら隣の家が事故物件で驚いた、なんて人がいるくらいだ。住む人には告知義務があるけど、周囲にそれを知らせる義務はないからね」
「そっか。大きな事件になったら周囲にも分かってしまうけど、家の中で起きた内々のことなら、近所の人たちは何があったか分かりませんよね」
家で起きた予期せぬ不幸を他人に進んで話す人はいないだろうし、周囲だって何かあっても察する程度が関の山だろう。
だから事故物件は知らぬ間にそっと、街に広がっていく。そんな妙な想像をしてしまい、寒気を感じる前に頭を振って、ぱっと前を向いた。
すると、ちょうど車が止まった。
漆喰さんが何も言わずに一軒家の前に車を止め、外に出る。私もバッグを抱え直して後に続いた。
外は夕陽が眩しく、知らない土地の風に髪がなびいて首筋がひんやりとした。
「さて、ここが今日、階さんが泊まる場所」
「そんな、高級スイートを勧めるような笑顔で言わないでくださいよ」
ふふっと笑う漆喰さんをよそに、夕日影に照らされた家をじっと見つめる。
二階建ての一軒家。白い壁に黒い屋根瓦。壁を伝う雨樋のパイプは焦茶色で、それが家全体に古めかしい雰囲気を纏わせていた。
煉瓦の門構えにアーチ型の門扉。その奥に茶色のドア。一見、人の良さそうな老夫婦が住んでいそうな佇まいだが、ここから見える窓はぴっちりと閉まり、カーテンも下ろされていた。
「階さん、なにかこの家から感じる?」
「いえ、特に」
正直に言う。
「そう。俺はもう、数珠をしてないのに気持ち悪いから、ここでお暇させて貰う」
「へっ!?」
「はいコレ、鍵。中に入ったら戸締まりを忘れずに。ベランダや窓は開けられるけど、夜になると夜間防犯センサーが働くから閉めてね」
漆喰さんの指先から、キーホルダーすら付いていない、くすんだ銀色の鍵を手のひらに押し付けられて焦る。
「ちょ、ちょっと!」
「就寝前には一度、俺にメッセージを送ってくれ。あとの細かいことはすべてPDFに書いてあるから」
じゃっと運転席に戻ろうとする漆喰さんの腕を掴む。
「待って、待ってください! 漆喰さんには何が見えているんですか!?」
私の言葉に、漆喰さんは視線をゆっくりと二階の窓へと向け、オリーブグリーンの瞳を曇らせた。
「……アレが見えへんなら、見えへん方がええで」
「やだー! こんなところで漆喰さんの関西弁聞きたくなかった! 関西弁の無駄遣い!」
叫びも虚しく、漆喰さんはあっさりと私を置いて、車を走らせ去っていった。
遠ざかる車に肩を落とすが――。
ぐっと鍵を握りしめる。
「自分で決めたことだし。白狐様がいるから大丈夫、大丈夫……」
はぁ、と深い溜息をつき。二階の窓を見ないようにして、そっと門扉へと手を伸ばした。




