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「事故物件に宿泊するにしても、その、用意が」


事故物件にそのうち宿泊するかもとは思ってはいたが、まさか今日だとは思ってはいなかった。事故物件大歓迎とは言ったものの、さすがに心構えを作る時間ぐらい欲しい。

だが、漆喰さんの表情は変わらない。


「こちらで宿泊セットは用意している。セット一式の内容は就労内容五ページに記載している。それ以外に必要なものがあれば買い足してくれ。それは必要経費とみなすから、領収書を頼む」


「わぁ。逃げられない。準備バッチリ」


私が乾いた声を上げるとイギリス屋名物。チョコレートバナナワッフルと、ミックスジュースが私の前に置かれた。漆喰さんの前には今日もホットコーヒー。


好きなものをどうぞと言われて、ついワッフルを頼んでしまったけど、このワッフルが最後の晩餐みたいに見えてきた。

対して漆喰さんは高級ワインを嗜むような、上品な手つきでコーヒーを飲んでいた。


「宿泊についての詳細は移動中に話す。流れとしては今日は一人で宿泊して貰って、朝に俺が迎えに行く。君のその力、白狐の『無差別浄化』の力を試してみたい」


「……はい」


もう、どうにでもなれと思った。

ナイフとフォークを使ってサクッとワッフルを切って、チョコレートソースをまとわせ。ぱくっと食べる。表面はカリカリ。中はもちもち。チョコレートソースのコクが、ワッフルの香ばしさを引き立てる。


前のティラミスといい、美味しいものは美味しい。ここで食べ物が喉を通らない、なんてことにならない元気な私の体が恨めしい。


「あの、漆喰さん」


「なにかな」


「もし、事故物件に幽霊とかじゃなくて、人が肝試しで入って来て、私と鉢合わせてトラブルとかになりませんか?」


私は見えない幽霊より、見える人の方が怖いと思った。


「今回は私有地。人の管理がされている場所で、物件のライフラインは今も生きている」


「それは、なんでですか?」


事故物件と言うと私の中では放置。荒れ果てた家、みたいなイメージがあった。


「家は人が居なくなるとあっという間に朽ちる。一戸建て、マンションに共通して換気や通水が行われない家は湿気でカビ・腐食が進む。さらに一戸建ては屋根や壁の破損が放置されると、倒壊リスクが高まる。ほかには小動物の住処になったり、シロアリが繁殖しやすい環境になる」


なるほどなぁと思いながら、次はワッフルとバナナを一緒に食べる。これも美味しい。


「そうやって老朽化が進み、窓割れ理論で勝手に人が侵入し出したら、もう事故物件ではなくて、廃墟だ。そうなると『特定空家』として行政から強制解体の費用を負担するリスクがある。建物に資産価値は無くなり、税金の負担も出てくる。だったら、最低限の手入れをする方がいい」


淀みなく喋る漆喰さんはさすが、不動産さんだと思う。たくさん勉強したんだろうなぁとか、月並みな感想を抱きつつ。ミックスジュースを飲んでから質問する。


「だったらその物件。誰か人が住んだらいいのにって──あ。なにかがあったから住めない。やむを得ない理由で、事故物件になってしまった。だから住みたくとも、住めない……」


こくりと漆喰さんは頷いた。やたらと色っぽい仕草でコーヒーカップの持ち手を、つつっとなぞった。


「そう。事故物件は様々な理由で存在している。オカルティックな原因から法的な権利問題。人とのトラブル。簡単に家を壊せばいいということで解決なんかしない。事故物件でなければ、普通の資産として運営出来るから、手放しにくいという心理もあるしね」


漆喰さんの長い指先はカップを持ち上げることはなく、曲線をなぞるだけだった。

なんかやっぱり、エロメロい人だ。


「で、私はそのオカルティックな理由の事故物件を、白狐様の力で祓える……かもしれないってことですね?」


「そうだ。それは金になる」


「はっきりといいますね」


「商売だから」と漆喰さんは言ってから次はコーヒーに口付けて、続けて喋った。


「俺は見えるけど、祓えない。だから祓える人を仲介したりしていた。そうすると人件費も時間も掛かる。決して赤字になんかはしないが、それをコストカットしたいと思うのは普通だ」


確かにと思う。

だから漆喰さんは私を雇う。一緒に住むと効率がいい。

私もお金が稼げて、家賃を浮かせられる。利害関係はとても一致している。


「あ、でも。白狐様は嫉妬深いって、それは大丈夫なんですか?」


前みたいにカップが割れたり、何かあったりするのかと思った。

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