⑤
耳元から聞こえてくる呼び出し音は『チューブラー・ベルズ』全く、望のやつ。ホントいい趣味をしている。そう思ったとき、音楽が途切れた。
「もしもし。俺だ。望、今ええか?」
俺が電話した相手は昼間に話していた相手、望。望が相手なら素でいい。
『神楽氏。あれ、今日は女子とデートだったのでは?』
「ちゃうわ。昼間とおんなじこと言わすな。それよりも『健照教』について、もう少し探って欲しい」
『えー。神楽氏のお願いとは言え、宗教ネタは突っつくと、こっちも危ないでゴザルからなぁ』
渋る望。
風が水面を走り、ちゃぷんと水を跳ねさせる。
「さっき、望のパソコンに呪物リストを送った。そこから気になるものを幾らでもやるから」
電話の向こう側で、ゴソゴソと慌てる音がする。
『なんですと!? 何故、それを早く言わないでゴザルか。今、チェックを……おほっ。こ、これは中々の一品揃い。首を吊った縄に、呪いの遺言書……That's fire!』
望がリストを見て、ハァハァと興奮しているのが手に取るようにわかる。
望は生粋の呪物コレクターで、売れっ子オカルトライター。そんな彼の元には自然とヤバい話が集まるのだ。俺はそれを利用させてもらっていた。
望はこの手のモノには目がない。
だが、昨今のオカルトブームで呪物コレクターが増えた。
それに伴い呪物の紛い物も沢山、出回ってきた。そう言った背景から、以前と比べると呪物の入手が段々とシビアになって来たそうな。
『さすが神楽氏が扱うモノは品質がいい。青蓮寺殿は中々売ってくれないでゴザルからなぁ』
青蓮寺は俺に数珠や霊能力との付き合い方をレクチャーした、呪術師。
金さえ出せば大抵のことはしてくれるが、気に入らない呪物は片っ端から壊していくのが彼のポリシーらしい。妙な呪術師ではある。
この世界。俺も含めて、いろんなヤツがいると思って苦笑すると視線を感じた。
その視線の持ち主は女子のグループだった。女子達が俺をチラチラと見ていた。あぁ、このベンチを使いたかったのだろう。
俺の後ろには写真映えしそうな、電飾のオブジェがあった。
女子グループ達に軽く会釈をして、その場を去る。背後から何やら黄色い声が上がったような気がした。
今は通話中。背後の気配を無視をして適当に遊歩道を歩きながら、望の協力を引き出すために階さんのことも喋ろうと思った。
「今日、面白い人物に出会った。神様クラスに匹敵する白狐に守護、と言うか憑かれているのに本人はまるで無自覚」
『へぇ。それはとんだ鈍感ガールですな』
どれぐらい凄いかは望に『無差別爆撃浄化マシーン』と名乗れるぐらいに白狐の力は強いと付け足した。
すると望は『呪物コレクターの天敵』だと言った。
「あぁ。そうだな。望とは相性悪いな。でも俺の目的の為にはうってつけの人物。霊が見えるだけの俺には喉から手が出るほど欲しい人材だ。絶対に逃したくないから──家に住まわせることにした」
『!?』
スピーカーから望がびっくりしている気配がしたが、そのまま会話を続ける。
「口説いて俺に惚れさせようかと思ったけど、歳の差を考えると俺が無理やった。それに白狐に邪魔されそうやったし。言い方は悪いが、最終的にはその子の弱みにつけ込んでなんとか、そばにおくことには成功した」
『神楽氏。それはイケメンしか許されないイケメンパワーによるイケメンプレイで……いや、神楽氏が人を家に引き込むなんてよっぽど──あぁ、神楽氏の過去のことを思えば、その子を引き込むのは仕方のないことですかなぁ……』
望悩ましい声を聞きながらカツンと、遊歩道の道に革靴の音を響かせる。
遊歩道の常夜灯に惹かれるように歩く。
そのまま明かりが射す場所には近寄らず、川面へと近づいて、真っ黒で透明な水面を見つめる。
「その子の力を利用させて貰って、長年準備していたことを、やっと実行に移せると思う。だからもっと『健照教』の情報が欲しい。出来たら宗教関連の裁判に強い、弁護士とかのピックアップもしてくれると助かる」
黒い水面に、常夜灯の光が何度も浮き沈みする。
水の匂いに鼻も馴染んだと思ったとき、スピーカー越しから望のため息が聞こえた。
『……はぁ。これも長年の付き合い。引き受けるでゴザルよ』
「助かる」
『まぁ。最近『健照教』は大阪から京都に行動範囲を広げて、ヤングなターゲットを狙って行動もそこそこ活発になっている。情報をキャッチしやすくはあるけども、続報はしばし待たれよ』
今日、昼に望から掛かって来た内容もこのことについてだった『健照教』は現在、京都でスピリチュアル・サークル『ピュアライト』とか、インチキ臭い名前を名乗ってサークルモドキの活動をしていると言う報告だった。
「分かっている。じゃ、頼んだ」
『それにしても長年探している神楽氏の弟、輝夜氏が『家を大事にして幸せ』と謳う、健照教の幹部になっているなんて実に、因果なものですぞ』
因果か。
俺には因縁かと思ったが黙っていた。
『おっと喋り過ぎたようですな。失敬』
「いや、気にしてへんから」
『ではでは、この辺で失礼するでゴザル。神楽氏、あまり無茶をしないように。あと』
「ん?」
『女子との同棲爆発しろ。では、さらばっ』
ブチっと通話が切れて、俺はスマホを見て苦笑した。
「同棲とか、ええもんちゃうから。俺が……同棲なんて、家族ごっこすらも出来ひんの知ってるくせに」
望なりの俺への心配とは分かっていても、言わずにはいられなかった。
さぁっと風が吹いて、髪を揺らす。川面に映った虚像の月も揺れる。
「輝夜……」
その名を呼んでも水に浮かんだ月のように、虚ろな響きしか無かった。
スマホを上着に入れて、まだ吹く風に身を任せるように少しだけ歩こうと思った。
それからコインパーキングへと戻ろう。
自宅に戻る前に、この寂寥感はここに置いていきたいと思ったのだった。




