③
「アラ、宮ちゃん! おこんばんは。良かった、ちょうど会いたいと思っていたのよぉ」
お母さんはやれやれといった様子で私を見ていたので、ここは私がなんとかしないと、このオバチャンは帰らないのだろうと察した。
「こんばんは。ご無沙汰していてすみません」
「早速やけど、オバチャンが持ってきたお見合いどうやろか? 相手は『健照教』とか言う……別名ライトピュアって言うサークル? 的な団体に属している方やけども、そんな怪しい宗教ちゃうからね。コミュニティサークルやから。大学生や若い子達相手に、サークル勧誘している真っ当なところの人やから」
──そのやり方は新興宗教団体とかにある、勧誘方法だなぁと思うが、黙って大人しく耳を貸す。
「その団体が公民館でイベントしていた時にちょっと知り合ってね。ほら、オバチャンすぐ世話を焼いてしまうから。んふふっ。その辺はお母さんから聞いてないかな? オバチャン、ちゃんと説明したんやけどね?」
マシンガントークに圧倒される。
オバチャンの夜でも明るい、ピンクパールの唇は止まらない。
何しろお見合いの話は私がテレビを見ながら適当に聞いていて、正当な断る理由を探すのに必死だったから、相手のことについての内容なんかよく覚えてなかった。
「は、はぁ。すみません。でも、ちょっと私にはお見合いなんて、早いかなぁ、なんて」
「そんなん言ってると、あっという間に年取ってしまうんよ。ね、宮ちゃん?」
「そ、そうですね……」
「サークルというのがネックになってるかもしれへんけど、その実態は『お家を大事にしてこそ幸せになれる』っていう理念で活動している立派な団体なのよ」
あぁ。宗教だ。絶対に新興宗教だ。
何も新興宗教が悪いとかじゃない。それが誰かの心の拠り所になっているなら、多分いいことだと思う。
少なくとも私はそういったことに、心の拠り所を作りたいとは思わないだけ。
だからそのような団体に属している人などと、絶対に噛み合わない。お見合いするだけ無駄だ。上手くいきっこない。
そんな私の思いもむなしく。オバチャンの声がやたらと夜の道に響いて、ぎこちない相槌を返す私である。
「へ、へぇ。そうなんですね?」
「そうそう。で、家に起きるトラブル、悩みを解決してくださる団体で、怪しいことはないのよ。サークル活動も活発らしくてね。話すとあら不思議。悩み事が解決されるって評判で、こっそりと政治家の人達や花街の人達も通うてるとか。んふっ」
このオバチャンはここの町内会長を長年勤めていて、やたらとアチコチに顔が利く人だった。色んな意味で活動的なんだろう。
それが今回、私に火の粉が飛んできたと思った。
「えっと、ですね。そもそも何で私がお見合い相手になったんですか? そんなすごい方でしたら、もっと他に相応しい人がいるのでは?」
「いやね、それが。神社の箱入り娘で、全く男運がない子が居るのよって。そういう子もサークル活動したらいいのかしらね? ってお話ししたのよ」
余計なお世話だと、ぐっと言葉を飲み込む。
「それから、宮ちゃんがお正月にお手伝いしている、巫女姿の画像を見せたら途端にお相手の方が凄い興味を持ってね。なんかキツネがどうしたとか、こうしたとか」
「──キツネ?」
「んふふっ。なんか難しいこと言っていて、オバチャン忘れちゃった。とにかく、えぇと、三日後に京都ロイヤルホテルで顔合わせでいいわよね? 大丈夫よぉ。オバチャンが全部面倒を見てあげるからっ」
まずい。
これはもう、はっきりと言わないと断れないヤツだと思った。
「あの、実は大変申し訳ないのですが。近々、私は大阪に引っ越して、そちらで働くことに今日、決まったんですっ」
まぁ、と言ったのは遠巻きに見ていたお母さん。
オバチャンは「またまたぁ」と、口を動かし始めたので、早口に告げる。
「しかも、イケメンの彼氏まで見つけてしまって、桜ノ宮での同棲が急遽電光石火のごとく、今日! 決まったんですっ。私もびっくり! もう、彼ってば凄い情熱的で、その場で私と一緒に住もうって言ってくれて……!」
口から出まかせを並べる。
言ったことは嘘だが、内容は概ねあっているだろう。
オバチャンは一瞬言葉に詰まって「またまたまたぁ」と否定しようとしたので、これしかないと思って「本当なんですっ」と、スマホのメッセージ画面をばっと前に出した。
『気を付けて帰って下さい。今日は、ひとまずゆっくりと考えて。では、今後もよろしくお願いします』
漆喰という名前は指で隠した。
どうかこれで引いてくれと、思ったらお母さんがいつの間にか近寄っていて、私とオバチャンの間に入った。
「ほんと、いつも町内会全体のことやこうして個人の面倒まで、見ていただいてありがとうございます。私達も良縁であればと最初お受けしましたが、先ほども話した通り、宮は自分で物事を決めたようなので、今回ひとまず親としては、それを応援したいと思います」
スラスラと喋るお母さんに、今度はオバチャンがタジタジになった。
「折角のお話をすみません。お相手様には本当に申し訳ないです。こちらからも、後日お詫び申し上げたいと思う次第です。なので本日は誠に申し訳ございませんが、お見合いの話は、これで終わりということで。ほら、宮ちゃんもちゃんと御礼を言いなさい」
お母さんが私の方に向かって、目をパチパチさせて来た。
「ほら。こんな風に、面倒見てくれる方はそうそういないんだから」
これは今、お母さんの言葉に乗っかりなさいという合図だと思ってがばっと頭を下げた。
「は、はいっ。オバチャン。心配してくれて、ありがとうございます。でも私は大阪で働いて、大阪の彼氏と幸せになるので、心配しないでくださいっ」
そして、お母さんが「すみません」と言った。
そろっと顔を上げるとオバチャンはワタワタしていた。
「そ、そう? 大阪に彼氏出来たら仕方ないわね? もうっ、宮ちゃんてば油断できないんだからっ」
そのまま、じゃあお相手の方にはよろしく言っておいて下さいねぇと、笑いながらオバチャンはやっとその場を去って行くのだった。
完全にオバチャンの姿が見えなくなってから、お母さんがふうぅとため息をついて私を見た。
家の前に静けさがやっと戻って来た。
さわりと風が吹く。
「お見合いの話。あの方がドンドンと一人で盛り上がってしまって、お母さんも止められなかったとはいえ……悪い人ではないけどお節介が玉に瑕と言うか。まぁ、上手くお見合い断れて良かったわね、宮ちゃん」
「う、うん」
「で。大阪で彼氏と同棲、大阪で働くって本当? ちゃんと今から説明しなさい」
「……はい」
ですよねと思った。
その後。両親とおばあちゃんも交えた、一家大会議が行われた。
私は事故物件だとか。私に白狐が付いてるとか。ややこしいことは伏せて、漆喰さんこと、イケメン青年実業家が私に一目惚れをしたと言う、ミラクルストーリーをでっち上げた。
ちなみに家族には漆喰さんのことは彼氏っぽく「神楽さんっていう人でぇ」と、名前呼びして上の名字は言わないでいた。




