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事故物件に住もう!

「大阪、難波か梅田。駅近でオートロック付き。トイレバス別。出来たら築浅。ワンフロアでいいので月三万……いや、四万五千円ぐらいの物件はありませんかっ!?」


小さな不動産屋に私の声が響き渡る。

私を担当してくれた眼鏡のオジさんは笑顔のまま、こめかみがピクピクと引きつっている。

その後ろでパソコンに向かって作業していたお兄さんも、キーを打つ手が止まった。


あぁ。私のせいで窓ガラスから燦々と入ってくる暖かな光が、この部屋の空気を寒々しくさせてしまったのは理解している。

私はちょっぴり気まずくなり、リクルートスーツを着た体を小さく揺らしてみる。ついでに、切り揃えたばかりのボブカットの首筋をさすってみる。


そして椅子の上に縮こまりながら『そんな物件ねぇよ』と言う冷たい空気にも対抗してみた。


「む、無茶なのは分かっているんです。大手の不動産検索で私がいま言った物件なんか出てこなかったですし。だから地元で長く経営されている、『ナンバ・ニコニコ不動産』様なら、そんな物件あるかなぁ、なんて」


えへへと、空笑い。

おじさんは眼鏡のブリッジを押し上げてから、苦々しい口を開いた。


「そ、そうですねぇ。(きざはし)(みや)さん。来月京都からこちら、大阪に出て来る予定。現在、お仕事も求職中ですよね?」


「はい。今も面接に行ってきた帰りで……ちょっと家の事情で、実家の京都を離れたくて……」


現在、二十二歳。

実家はそこそこ由緒ある神社。観光名所の西本願寺が近いおかげで小さいながら、インバウンド需要の恩恵も受けて神社の参拝は多かった。

そこで家族経営ではあるが、事務員の正社員として働いていた。彼氏も出来ず、実家暮らしが板に着いてしまったのは自覚している。


そんなとき突然、お見合いの話が浮上した。

しかも相手は宗教だか怪しいサークルをしている人でナントカ、カントカ。

そんな怪しい人物は断固拒否。男運の無さで彼氏いない歴二十二年。だからと言って、そんな人とお見合いは出来ない。

ということで、実家にいてはマズイと思い、こうして大阪に出て来ようとしていたのだった。

 

「でしたら、京都で物件を探して大阪に働きに来るとか。京都と大阪の中間、葛葉や高槻とかの方が家賃は難波、梅田よりは安くてエエとは思いますけど」


「仰る通りなんですけど……」


両親や見合い話を持って来た人に、見栄を張って『都会の大阪で仕事をして、キャリアウーマンを目指すからお見合いも、結婚もしません』と言ってしまったのだ。


キャリアウーマンはさておき。

私も一応、いつまでも実家暮らしをしていると、居心地が良すぎて、体に馴染み過ぎて、ダメになってしまう気がしていた。

なのでせめて大阪に住みたかった。関西を飛び出す勇気はまだちょっと出なくて、まずは都会大阪で一人暮らしを頑張ってみたかった。


だから、この機会にもがいていた。みたいな。


あと、神社に生まれたから、どうかわからないけど私にはちょっとした強みがあった。

人にはあんまり言えない特技というか──ある意味、霊能力? みたいな……。


それを思い切って、言おうとすると後ろにいたお兄さんが、おじさんの顔色を窺いながら、こそっと近づき、耳打ちし出した。


「ほら……アレはどうですか……漆喰(しっくい)さんの物件を紹介するとか……」


「アホッ。漆喰さんのヤツは本物で……危ない」


何やらコソコソ話をする二人。

シックイさんの物件ってなんだろう。いやそれよりも二人のただならぬ表情からして、もしかして──事故物件!?


事故物件なんて、そんなの……大歓迎!!

私は思わず立ち上がって「私、事故物件大歓迎です!!」と言ったとき。


不動産屋の分厚いガラス扉がきいっと開き。

そこにとんでもない、高身長のイケメンの男性が入って来て──見惚れてしまった。


まず目を引いたのがオリーブグリーンの瞳。人形めいた輝き。

一切の無駄がないシャープな輪郭。

完璧な顎のライン。

真っ直ぐに通った高い鼻筋。

なのに、どこか宝塚の男役のような優雅さとミステリアスな色気さえ感じる。


艶々の黒髪の髪型もセンターパートで襟足を刈り上げてスッキリさせたスタイル。前髪が少し長めで、バランスが素晴らしい。

服装もネイビーのスーツ、ブラウンのネクタイ。腕に付けたシルバーの時計。手に持ったビジネスバッグがいかにも都会的。

ピカピカの黒革の靴は汚れの一つもない。


頭のてっぺんから足のつま先まで、まじまじと徹底的に見てしまった。


この人、芸能人かモデルさんか何か?


その姿からどこかの御曹司、若社長なのかと勘繰っているとそのイケメンと目が合った。


柔和に微笑まれた。それは観客に向かって微笑む、舞台俳優のような甘い表情だった。


「っ!」


いつも外国人やお年寄りを相手にしている私には、イケメンの極上スマイルは、あまりにも刺激が強すぎてワタワタしてしまう。

すると、おじさんが「漆喰さん!」と叫んで、私と同じくバッとその場に立ち上がった。


イケメンはおじさんに「こんにちは」と頭を下げた。


「しっくいさんって……この人?」


おじさんの言葉のイントネーションから、シックイという漢字はやはり、漆喰職人とか、漆喰壁とかの漆喰なのだろうと思った。

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