◆七日目・警察へ・エピローグ◇
◆七日目・警察へ◇
持田はその日、夜勤のアルバイトに無理を言ってシフトを変わってもらい、朝一で警察署へと向かった。
警察へ向かう途中、妙に周囲に違和感があった。
誰かに見られているような、尾けられているような。
突然、後ろを振り返って見渡した。
他人が見たら、おかしな動きをしていると思われるだろうが、それよりもその違和感が気になった。
警察署まではその違和感以外は特に何事もなくたどり着いた。
受付を済ませ、椅子に腰を下ろして静かに呼ばれるのを待った。
違和感が拭えず、落ち着きなく周囲をキョロキョロと見回してしまう。
すると、目の前に常連の老人がトボトボと一人で現れた。
手に見覚えのある箱を持っていた。
老人は顔見知りの持田を見つけてお辞儀をした。
持田の横に座り、周囲に警戒しながら、サッと、その箱を椅子の下に忍ばせた。
そして、持田に向かって、口に人差し指を当て、「シー」と言った。
持田は顔が引き攣った。
『シー』の意味。
なんとか自然な笑顔を心がけて会釈した。
老人は『シー』の手を口から離し、手を握って拳を作り、今度は小声で『バン!』と言って、目を大きくして手を開き、少し止まってから軽く頭を下げ、それ以外は何もせずに警察を出ていった。
奇妙な光景だった。
持田は自然と箱に目が行き、そこに置かれた箱が爆弾なんじゃないかと疑った。
自分の生活が『置き配』に狂わされている現実だった。
ただ、そこに置かれているだけの荷物。目にしただけで、置き配に対して抱く被害妄想。
深く精神が侵されている。
一刻も早く、この状況から逃れたい。
これ以上新しい箱に関わりたくない。
持田は誰かが気づくことに期待して、見なかったことにした。
担当の刑事が現れて、奥の部屋へ案内された。
椅子から立ち上がってお辞儀をし、部屋まで歩き出すと、窓の外を何かが一瞬横切ったように見えた。
違和感の正体。
持田はカラスかと思ったと同時に、ドローンを思い出していた。
一瞬のことだった。
追いかけようもなく、諦めるしかなかった。
持田は部屋へ入って、刑事に挨拶を済ませた。
見た目はただの中年にしか見えないが、人の良さそうな刑事だった。
刑事は名刺を出して名乗った。
「どうぞ、おかけ下さい。はじめまして、捜査一課の『丸茂一徳』と言います。今日は担当が出払ってまして、私が承ります。何度か相談に来ていただいているようで、今日はどうされましたか?」
丸茂刑事は椅子に座るときに、足を庇ってさすりながら座った。
持田はすぐに本題に入った。
元彼の写真を先に見せると、一気に刑事の表情が強張った。
矢継ぎ早に『黒い箱』を差し出した。
話をしながら、奥の部屋へ案内される時に感じた『窓の外の違和感』がフラッシュバックした。
また、一瞬だけ窓の外を何かが通ったように見えた。
そう何度もカラスが窓を横切るだろうか……。
その時だった。
黒い箱がブゥーンと低く鳴り、僅かに振動した。
カッチ、カッチ、カッチ。
急に時計が針を刻むような音が黒い箱から鳴り始め、緊張が走った。
丸茂と持田の表情が険しくなる。
堰を切ったように話す持田に、丸茂刑事が冷静な声で質問した。
「持田さん、この黒い箱は、ずっとこの音がしているんですか?」
身の毛がよだつようだった。
持田は去年起こったマンションでの爆発事件を思い出した。
カッチ、カッチ、カッチ。
全住人が警察に誘導されて全員避難したことや、警察の聞き取り調査に協力したこと。
テレビのコメンテーターが真剣な表情で、爆発事件を社会問題として扱っていたこと。
カッチ、カッチ、カッチ。
テレビ中継のリポーターの背後に流れる黒煙が脳裏に蘇った。
カッチ、カッチ、カッチ。
持田は刑事に訊かれてすぐに答えた。
「いえ、こんな音は……」
持田がそう言いかけると、黒い箱は大爆発を起こした。
同時刻、警察署一階の椅子の下で爆発が起こり、署内は騒然となった。
――警察署をビルの屋上から男が眺めていた。
二メートルはある巨体で、ニット帽に黒いパーカー、服の上からも分かるほどの筋肉質。
すぐそこで上がる黒煙に、男は満足そうな笑みを浮かべている。
「大成功のようですね。持田さん、配達、お疲れ様でした」
男はスマートフォンを取り出して電話をかけた。しばらく鳴らしていると、やがて相手が電話に出た。
「ああ、鴉磨敦史さんですか?今度の計画が次の段階に入りました。今、警察は混乱の真っ只中です。ネットで集めた『ヤミフレ』と共に、計画を実行してください。あ……お兄さんのような間抜けな死に方、絶対にしないでくださいね」
◆エピローグ◇
老人が男の部屋のインターホンを鳴らした。
先日、偶然にも愚痴を聞いてくれたお礼に来ていた。
老人は一人で抱えた不満に、少しだけ気が紛らっていた。
手土産は駄洒落を意識して選んだ。
インターホンから声が聞こえた。
老人が喋ろうとすると、訪問者よりも先に男が喋り出した。
「あら、ご老人、ニュース見ましたか?コンビニから受けていたイジメ、どんなに訴えても相手にしなかった警察が、ついに報いを受けたようですよ」
老人は訪ねていったのに、先に話し始めた男にペースを握られ何も言えない。
「網本さん、あの、ニュース見ました。驚きました。その件であの……」
その男、網本はお構いなしに続けた。
「金のことしか考えないで、発注を調整する意地汚いコンビニの女はもういません。良かったですね!おじいさん」
老人が答えようと喋り始めると、『ガチャ』と、インターホンの接続が切れる音がした。
そのまま用件を喋ったが返事はなく、しばらくして、網本はもうそこにはいないという空気が漂った。
老人は手に持っていた、一緒に食べようと思っていた『ちらし寿司』を扉の前にそっと置いた。
トボトボと隣の自分の部屋へと帰って行った。
通路の奥で同じ階の住人が、置き配の荷物を持って立っている姿を横目にして帰宅した。
自室に戻り、腰を下ろして思いついた。
『そうだ。ちらし寿司を買ってお隣の網本さんと食べよう』——嬉々とした表情で、商店街へと出かけて行った。
身寄りのない老人の病に気づいたのは、網本だけだった。
――マンションにはいくつも置き配の荷物が置かれていた。
『どこかのあなた』が玄関先を見ると、間違って置かれている荷物があった。
あなたは、宛先の近所の住人に正しく荷物を届けるために、その荷物を手に持って歩き出した。
遠くで緊急事態を知らせる車両のサイレンが、いくつも鳴っていた。
この物語の続きは、あなたの玄関に届けられた、新たな置き配から始まるかもしれない……。
「お次の人体実験に参りましょうか。人を操るって、最高に気持ちいい……さあ、そこのあなた!次はあなたに配達行為をして頂きますよ」
網本の口角が冷たく釣り上がった。
見開いた目は濁った硝子玉のようだった。
――《了》
最後まで読んでいただきありがとうございました。
本作はこれで完結となります。
(全9話、完結まで予約投稿済みでした)
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