◆六日目・後編◇
◆六日目・後編◇
持田は最後のばつ印へ向かう道すがら、親に連絡を入れた。
一人ではいられない。
親の安否を考えると、不安に押しつぶされそうな気持ちになっていた。
電話に出た母親は、今は旅行中で、自宅にはいないと言っていた。
楽しそうに父と過ごす様子が電話口から伝わった。
母の声が暗く沈んだ気持ちを、日の差す明るい場所へ持ち上げてくれた。
最後のばつ印は神社だった。
印の横には『裏へ』と書かれていた。
持田は神社で手を合わせて、どうにか落ち着こうと努めた。
神社に人気はなく閑散としていた。地図が示す裏へと向かい、目的の場所へ着く。
そこは暗く、誰かが潜んでいるようだった。
あの大男が現れたらと考えると足がすくんで、一歩も前に進めなくなる。
しばらく神社の裏を見つめて時が流れた。
一、二分経った頃だろうか、神社の裏から何かがこちらへ向かって来るのが見えた。
やがてそれが何か分かる。
ドローンだ。
ドローンは何かを持っていた。
ビニールテープでぐるぐる巻きにされた黒い箱。
ドローンはジリジリと持田に近づき、やがて目の前で空中停止した。
そして、持っている物を渡したそうに揺れていた。
持田は思わず両手を差し出し、それを受け取った。
ズシリとした重みがある黒い箱だった。
そして、ドローンは元来たルートを戻って、神社の裏へと消えた。
持田は黒い箱を持ったまま、それをどうすればいいか考えた。
ビニールテープがびっしりと巻かれていて、とても素手では開けられない。
箱の中には確実に何かが入っているような重みがあった。
テープでぐるぐる巻きにして隠す意味。
誰にも知らせるなという犯人からのメッセージのようだった。
バッグの奥へ黒い箱を押し込んで、自宅で中身を確認することにした。
帰宅する道中、周囲が気になって仕方がなかった。
このまま警察へ駆け込みたい気持ちを抑えて、両親の安否を優先した。
重い気持ちを奮い立たせながら、淡々と歩いた。
自室へ繋がる廊下に出ると、玄関の前に、また置き配があった。
その追い討ちに心が壊れそうになる。
誰にも頼れない孤独感が強くなる。
同じマンションに住むあの大男の存在が、持田を不安と恐怖の深淵へと突き落としていた。
どうすれば、この恐ろしい状況から逃れられるのか……。
玄関を抜けて黒い箱をテーブルの上に置き、睨むように見つめながら対応を考えた。
警察へ助けを求めれば、ずっと見ていると言っていた犯人に両親をどうされるかを考えると、手の打ちようがなかった。
絶望の中、新たに置き配されていた箱を開けた。
中から首を吊った元彼の顔の拡大写真が出てきた。
死ぬ前に苦しんだことが伝わってくるような表情。
持田は思わず悲鳴を上げて気絶しそうになり、腰が砕けたようにしゃがみ込んだ。
写真にショックを受けながら、床を見つめて考えた。
ここ数日、自分のことばかり考えていた。
恥ずかしい写真や動画が他人に見られることを恐れて、神社に一人で向かってしまった。
だが、現実はどうだ。
何も解決することなく、あの駐車場で見た動画の通り、自分に関わった人間が命を落としている。
床に裏返って落ちている写真が視界に入った。
その裏面に文字が書かれていた。
『この男は、あなたとの行為動画を無修正でネットで売っていた』
電気が走るような気持ちが身体を駆け抜けた。
同情のしようがない、卑劣な男。
それでもこの惨たらしい最期は、とても自分で望むような結果ではない。
殺してやりたい気持ちになるのは認めるが、本当に殺すなんてあり得ない。
曲がりなりにも、同じ時を過ごした相手の凄惨な最期。
はっきりと写る元彼の酷い表情が脳裏に焼きついた。
持田は命の重みを感じずにはいられなかった。
涙と怒りが同時に溢れ出た。
こんな複雑な感情になったことは一度もない。
腕を伸ばしてテーブルの上の黒い箱を手に取り、台所の引き出しからキッチン鋏を取り出し、ガリガリと擦るようにして強引にテープを剥がした。
時折涙を拭う……。
出てきた箱は想像と違っていた。
現れたのは、ダンボール箱ではなく、なんの継ぎ目もない真っ黒のプラスチックの箱。
底の四隅が家庭にはないような、特殊な器具を使って、頑丈にねじ止めされていた。
この中に恥ずかしい写真や、動画に繋がるコードが入っているとは到底思えなかった。
その異様な形状から『爆弾』という二文字が浮かんだが、ドローンから受け取ってから時間が経過し過ぎていた。
耳に近づけても時を刻むような音はしていない。
上下左右、全面を見てもカウントを示すような表示はない。
音もなく、静かで冷たい黒い箱。
ドラマや映画で見た爆弾のイメージとは程遠い。
自分を殺す目的の爆弾なら、とっくに爆発して、もう死んでいるはず。
犯人が起爆させるような物なら、いつだってできたはずだ。
持田は決断した。もう保身を優先するのはやめよう。
犯人は簡単に人の命を奪う凶悪犯。
警察に助けを求めよう。
すぐに警察に駆け込めば良かった。
仮にこれが爆弾だったとしても、このまま持っていても何も進展させることはできない。
『宛先を覚えているか』――この箱の正体は、警察に任せるしかない。
コンビニで働く自分では、この問題を解決することはできない。
両親に電話をかけ、事態を説明し、すぐに警察に保護されるように伝えた。
正しい手順をすんなり思いつくような日々ではなかった。
後から考えれば馬鹿な行動をしていたと分かる。
人生で、ここまで追い詰められる犯罪に巻き込まれたことはない。
後悔の念が持田の心に押し寄せていた。
読んでいただきありがとうございました。
(全9話、完結まで予約投稿済みです)
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