我々は悪役令嬢である
よろしくお願いします。
我々は広義の意味で悪役令嬢、狭義の意味では取り巻きと呼ばれる者。
平民落ちが確定している、ざまぁ要員だ。
その名は、マリリン、ローザ、リコリーである。
前世の記憶を持ち、乙女ゲーム転生をした私、リコリーは長いものに巻かれる主義。
その主義と、人よりものんびりした性格のおかげで、転生知識を生かして『ざまぁ回避』をするわけでもなく、きっちりかっちり、ざまぁに向かって邁進中だ。
そして今日、我々はざまぁの決定打を起こす。
学園の旧校舎そばの庭園で、悪役令嬢であるアンジェリカ様を中心に私たちは顔を突き合わせている。
冬空はどんよりと雲が厚く、日が出ていなくて寒い。
「マリリン、毒薬は用意したわね?」
「もちろんですわ」
「ローザ、あの女のカップに仕込みなさい」
「アンジェリカ様のためですもの。お任せください」
「リコリー、きちんと連れてくるのよ」
「はい〜。リコリー、がんばります〜」
アンジェリカ様は、私に胡乱げな目を向ける。
「アンジェリカ様は〜、大船に乗ったつもりでいてくれたらいいんです〜。リコリーに、お任せなのですよ〜」
冷たい指先をこすり合わせながら、へらりと笑えば、白い息が漏れた。
「リコリー、もう少し緊張感をお持ちなさい」
「はい〜」
返事をしつつ、キリッとした顔をすれば、ため息をつかれてしまう。
アンジェリカ様の気持ちは分かる。けれど、この口調はどうやっても直らないのだ。
ゲーム画面越しで「早しゃべらんかいっ!」と前世では言っていたが、現実は世知辛い。
「リコリーには、難しいんじゃないかしら」
「やはり、私が……」
マリリンとローザに不安げに見られ、私はゆっくりと首を横に振る。
「仲間外れは、嫌です〜」
このあと、ざまぁされて平民になる運命共同体なのだ。仲良くしたい。
というか、うっかり私だけ貴族界隈に残されたら、周りからの視線に耐えられる自信がない。
何より、私の話し口調は人をイライラさせることも多く、仲間に入れてくれたのは、アンジェリカ様たちだけ。
彼女たちがいなくなったら、私は一人ぼっちだ。
「悪の道、一緒に転げ落ちさせてください〜」
懇願すれば、アンジェリカ様たちは渋い顔をした。
「悪の道とはどういうことかしら?」
「そうよ。私たちは、あの女に身の程を教えてあげるだけだわ」
「私の婚約者に近づくのが悪いんですのよ!」
うんうん。たしかに、人様の婚約者に近づきすぎるのは良くないよね。
けれど──。
「死なない程度の毒でも〜、仕込んだ時点で犯罪です〜。最悪、一家取り潰し〜。良くても、リコリーたちの貴族籍を剥奪じゃないですかね〜」
私の言葉にアンジェリカ様たちは息をのむ。
「平民落ちしたら、リコリーが養ってあげます〜。安心して、みんなで落ちましょ〜」
平民に落ちたが最後、アンジェリカ様たちは生きていく術を知らないだろう。
そうなったら、前世の知識を持ち、細やかな刺繍が得意な、稼ぐということを知る私を頼るしかなくなる。
私が命綱となり、みんな永遠に一緒にいられるのだ。
なんて、素敵なんだろう。
「がんばるぞ〜。えいえい、お〜!」
誰一人として握りこぶしをあげてくれない。
それどころか、様子がおかしい。
「どうしたんですか〜?」
下を向いてしまったアンジェリカ様たちの顔を覗き込めば、さっと視線を逸らされる。
「いくらなんでも、犯罪ってことはないんじゃないかしら?」
「そうですか〜? そもそも毒の所持だけでも罪ですからね〜」
「で、でもバレなければ平気よね?」
「それなら、入手元を潰さないとですよ〜。できるんですか〜?」
たしか、闇社会の大物を頼っていたはず。
潰すなんて、無理だろう。
計画を立て、毒を入手した時点で、後戻りはできないのだ。
あぁ、アンジェリカ様が震えている。
分かります。風が冷たいですものね。
アンジェリカ様が風邪を引く前に、さっさとヒロインに毒を飲ませないと!
「こ……、今回はやめておくことにしましょう」
「そそそそうですわね。もう少し穏便な方法でわからせるのがいいと思いますわ」
「平民落ちが怖いとかではないですが、それがいいですね」
…………へ? どういうこと?
「何言ってるんですか〜? 皆でやりましょうよ〜」
ヒクリと顔を引きつらせ、まるで異質な者を見るかのような視線を向けられる。
「やりたければ、リコリーが一人でやるといいわ。マリリン、リコリーに毒薬を差し上げてちょうだい」
私の真っ白な柔らかい手に、マリリンは毒薬を握らせる。
親指ほどの大きさの小瓶が、氷のように冷たい。
「私たちは、毒薬など知らない。マリリン、ローザ、そうですわよね?」
「「もちろんですわ」」
えっと……、何が起きているの?
私たちは仲間で、悪役令嬢のはず。
なのに、どうして毒薬が私だけのものになったの?
「ねぇ、リコリー? あなたは私のことが好きよね? なら、その毒をどうしたらいいか、分かるでしょう?」
その言葉に頷けば、アンジェリカ様は見たことのない笑みを浮かべる。
「いい子ね」
何故だろう。小瓶がやけに重たい。
アンジェリカ様たちの声が遠い。
「さ、参りましょう」
アンジェリカ様たちは、私に背を向けた。
慌てて、追いかける。
けれど、私の歩くスピードでは、距離が開くばかりだ。
「もう、リコリーは仕方ないわね」
いつもなら、そう言ってくれる。
待ってくれる。
なのに、振り返ることも、立ち止まることもない。
「…………待って! 置いてかないで!」
叫んだ声に、足が止まった。
冬の地面の冷たさが、私の体を這い上がっていく。
なんで?
どんなに直そうとしても直らなかったのに……。
「…………ストーリーが変わった?」
ひうっと吸った息が音を立てる。
どんなに吸っても苦しくて、白い息が吐き出されることなく、吸う速度だけが加速していく。
「ぃ……ゃ…………」
私はリコリーであり、リコリーでなくなった。
間延びした口調も、のんびりとしか歩けないマイペースさも、アンジェリカ様たちと共に失った。
手に残るのは、小瓶だけ。
我々は悪役令嬢であったはず。
それはストーリーの構造上、不可侵だったはずなのに……。
どのくらい経ったのだろうか。
空からはちらちらと雪が降り始めた。
「一人ぼっちは、いや……」
小瓶を握りしめ、私はあの女と呼ばれたヒロインの元へと足を踏み出す。
「ライラさん〜」
リコリーの口調を意識して、桃色の髪をした彼女の腕にギュッと抱きつく。
すると、春のような柔らかで優しい香りに包まれる。
「ライラのそばに寄るな」
王子に首根っこを掴まれ引き離され、側近候補たちに睨まれる。
「皆さん、やめてください。リコリー様、どうされたんですか?」
無垢な瞳が私を見る。
あぁ、彼女なら私を仲間外れになんてしないだろう。
きっと守ってくれる。
だって、ヒロインだもの。
「アンジェリカ様たちに、これをライラさんに飲ませるようにって渡されたんです〜。私、怖くって〜」
さめざめと泣けば、王子たちの纏う雰囲気は鋭利なものへと変わる。
この毒の出所を調べれば、アンジェリカ様たちを断罪する口実は整うだろう。
これで、アンジェリカ様たちの未来は私が閉じた。
でも、時が経ち、彼女たちが窮地に陥ったら助けに行かないと。
それまでは、ヒロインのそばで、つかぬ間の安らぎを堪能しようかな。
ねぇ。アンジェリカ様、マリリン、ローザ?
我々は悪役令嬢。
いつかまた、その形に戻りましょう。
その時まで、私のいない平民生活を楽しんでくださいね。
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