第5話 悪くない。でも、それだけだった午後
土曜日の午後。
待ち合わせの駅前は、人が多すぎて落ち着かなかった。
少し早めに着いて、
スマホを何度も確認する。
服は、無難なワンピース。
頑張りすぎていない、つもり。
——ちゃんと見えるかな。
——変じゃないかな。
もう、考え始めると止まらない。
「……佐倉さん、ですか?」
声をかけられて、振り向く。
写真で見た通りの人だった。
背も、顔も、雰囲気も。
良くも悪くも、想像の範囲内。
少しだけ、ほっとする。
カフェは、駅から少し離れた静かな場所だった。
土曜なのに、騒がしくない。
向かいに座った彼は、
写真より少しだけ緊張しているように見えた。
それが、悪くなかった。
会話は、途切れない。
仕事の話。
休日の過ごし方。
最近観た映画。
どれも、無難。
どれも、安心。
変な沈黙もないし、
嫌なところもない。
でも。
心臓は、静かなままだった。
笑うタイミングも、
相槌の回数も、
全部ちょうどいいのに。
“楽しい”というより、
“問題がない”。
彼がトイレに立った隙に、
私はアイスコーヒーを一口飲む。
冷たい。
頭の中で、
もう一人の自分が言う。
「贅沢言いすぎじゃない?」
こんなにちゃんとした人、
そうそういないかもしれない。
でも、
“ちゃんとしている”と
“一緒にいたい”は、
同じじゃない。
そのことに気づいてしまうと、
罪悪感みたいなものが湧いてくる。
会計は、彼が払ってくれた。
「今日はありがとうございました」
そう言われて、
ちゃんとお礼を言う。
歩きながら、
次の約束の話は出なかった。
それが、答えのような気もして、
でも、まだ決めきれなくて。
駅で別れる。
「気をつけて帰ってください」
その言葉に、
特別な意味はなかった。
帰りの電車。
窓に映る自分の顔は、
少し疲れていた。
悪くなかった。
でも、何かが足りなかった。
その“何か”が何なのか、
自分でも分からないのが、一番つらい。
スマホを見る。
アプリを消す理由も、
続ける理由も、
まだ、どちらもあった。
私は、
何も結論を出さないまま、
家に帰った。
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